第15話 兄妹
「ただいまー」
今日も帰宅してから渚が抱きついてこない。
また僕の部屋に居るのだろうか。
小さく溜息を吐きながら、部屋に入ると、
「んーっ! ふぅ……あ、お兄ちゃん。おかえりー」
僕のベッドに寝転んだままの渚が大きく伸びをした所で、無い胸を逸らした状態で目が合った。
「え? ちょっと、渚!? 何をしているんだ!?」
「ん? お兄ちゃんのベッドで寝てただけだよ?」
渚が寝転がったまま、キョトンとした表情で僕を見つめてくる。
だけど、渚が僕のベッドで寝ているのも、胸を逸らしても全く膨らみが無い事も、短いスカートから水色のパンツが見えている事も、別に構わない。
しかし、しかしだ。
「寝ているだけ……って、どうして、そのヘルメットが枕元にあるの!?」
僕はフォーチュン・オンラインをプレイするための装置は、プレイした後は必ず棚に仕舞う。
ベッドに置きっ放しだなんて事は絶対にしないのに。
「これ? お兄ちゃんが、これを被ると良く眠れるって言ってたから。渚は使っちゃダメなの?」
「え? あ、えーっと、そうだね。良く眠れるけど、お昼寝し過ぎると、夜に寝れなくなっちゃうでしょ?」
「えー。お兄ちゃんも、よくこれを被って眠ってるよー。お兄ちゃんだけズルいー!」
「お兄ちゃんは受験勉強が大変だから、仕方が無いのー。それより、ほら。勉強するから、自分の部屋へ戻って」
ズルいズルいと連呼する渚を部屋から追い出し、僕は早速ベッドにダイブする。
今日からヘルメットはどこかに隠すべきだろうか。
そんな事を考えている間に、視界が水の街へと変わった。
一先ず冒険者ギルドの空間移動サービスを利用して、旅人の街へ戻ると、
「えー。それより、こっちの方が良いよー。ドロップアイテムだって美味しいし」
「いやいや。今は、とにかく数をこなさなきゃいけないから、弱くても湧きが良い、ここだって」
男女の話し声が響いている。
どうやら、どこへ狩りに行くのかを決めているみたいだけど、どこかで聞いた事がある声だ。
「じゃあさ、百歩譲って……」
「ん? どうしたんだ、アオイ。突然黙り込んで……」
「ツバサちゃーんっ! 久しぶりーっ! 会いたかったよー!」
椅子を蹴倒して、大きな胸の女の子が――アオイが僕に飛びつくようにして抱き締めてきた。
ムニムニと大きな胸が顔に押し付けられる。
弾力、弾力が凄い! けど、ちょっと苦しいよっ!
「おいおい、アオイ。ツバサちゃんが苦しんでるぞ」
「あ、ごめんね。大丈夫だった?」
「まったく。ツバサちゃん、ごめんね。無駄に胸だけ大きく育って、考えの足りない妹が……ふげぇっ!」
アオイのお兄さんだという大学生くらいの男性が、アオイのメイスで吹き飛ばされる。
「えっと、確か街の中では攻撃出来ないんじゃなかったっけ?」
「ツバサちゃん、良く知ってるわねー。でも、大丈夫。パーティを組んでいるメンバー同士だと、攻撃も出来るし、ペナルティも受けないから」
「俺が大丈夫じゃねぇよっ! そもそもテニス部で鍛えられたスイングを、メイスに活用させて兄を殴るなよっ!」
あ、なるほど。前にメイスのキレが良いと思ったのは、殴りアコライトじゃなくて、リアルの身体能力のおかげなんだ。
一瞬、大きな胸を揺らし、スコートをチラチラさせながらテニスコートを走るアオイを想像してしまった。いいなぁ、テニス女子。
「あぁーっ! ちょっと待って! ツバサちゃんの名前に音符アイコンが付いてるっ! それって、バードのアイコンだよね? ツバサちゃん、もう一次クラスになっちゃったの!?」
突然、アオイが大きな声を出して、驚かされる。
そう言えば、一次クラスの転職を手伝うって言っていたっけ。
「ごめんね。せっかく手伝ってくれるって言ってくれていたのに」
「ううん。私がログイン出来なかったのが悪い訳だし、気にしないで」
「ふっふっふ。残念だったな。ツバサちゃんは俺の提案でバードに転職したんだ。そして、もちろんこの俺も、ツバサちゃんの転職に一役買って……って、痛いからっ! メイスでグリグリするのやめろよな!」
アオイのお兄さんは、僕の転職を手伝ってくれた人なの?
背が高いお兄さんの顔を見上げると、確かに見覚えがある。そして、背伸びをして名前を見ると、
「あ! コージィさん! あの時はありがとうございました」
「はっはっは。いやいや、ツバサちゃんの為なら、俺はいつでもどこでも何にでも協力……ちょ、アオイ! 地味に足を踏むのはやめてくれって!」
コージィさんの顔が若干歪んでいるけど、二人は仲が良い……よね? 一緒にゲームしているくらいだし。
「ねぇねぇ、ツバサちゃん。今日は、お姉ちゃん時間があるから、一緒に狩りへ行こっか。沢山支援してあげるからねっ!」
「あ、それなら俺も俺も。ツバサちゃんと同じパーティになったら、俺が抱きついてもペナルティは……ごふぅっ!」
「ツバサちゃんは、バードなのねー。だったら、どこが良いかなー」
「アオイ。メイスのフルスイングはやめような。それはもう、ツッコミってレベルを越えて殺意を感じるから……あ、いや、何でもないです。とりあえず、俺も仲間に入れてください」
『アオイ レベル20からパーティへの参加要請が来ています。参加しますか?』
メッセージに応えてパーティに参加すると、二人の体力が表示されるようになったのだけど、
「あ、アオイ! お兄さんの体力が一桁だよっ! 回復してあげてっ!」
アオイのツッコミ? で、コージィさんが瀕死状態になっていた。
「じゃあ、うちのバカ兄ぃが前衛で、私とツバサちゃんが後衛ってトコかな」
「おーい、アオイー。お前の兄ちゃんが死にかけてるぞー。回復しろー」
「作戦は、バカ兄ぃを一人でダンジョンの奥に突っ込ませて、私とツバサちゃんが入口でお喋りして待っているの。私はツバサちゃんにくっつけるし、ツバサちゃんは経験値が入る。Win-Winの関係よね」
「いや、それは俺が即死するから」
「じゃあ行き先はー、モンスターが多い事で有名な、黒の森のダンジョンにしよー」
「だから、回復ぅぅぅーっ!」
偶然だけど、三日ぶりに再会出来たアオイとパーティを組み、僕たちは目的地の近くである、森の中の村という場所へ移動したのだった。
 




