ACT5 ポイズングランオーク
一般的にオークという生き物は、平均的な男性の体型よりもがっしりとしており、棍棒を持っているとされる。衣服は布、鎧、とオークの種類によりまちまちだが、このレアモンスターである紫色のオークは素っ裸で、申し訳程度に股間にボロ布を纏っている。
額には大きな目がついており、ぎょろりぎょろりと初見のプレイヤーを怯えさせるほど過敏にプレイヤーの動きに反応する。VRになってから、オークは何度か見かけたが、グランドオーク自体が初めてなので少し新鮮だ。また、額の1つ目からそのモンスターの体色にあった属性攻撃を発生させる。
オークの場合、それは3つのみだ。赤であれば炎、黄色であれば雷、そして紫であれば――毒だ。
「ケンセイ! 下手にくらうんじゃねーぞ! 毒消しは持ってねえからな!」
「ポイズングランオークか〜! レベルは44だってよ!」
「この道にこのレベルのレアモブたあ、アッツい展開だな……! 」
VRにも慣れてきて、釣りに精を出すぐらいには暇であったので、思わずこぼれ出る笑みを抑えきれず、ニッと不敵に笑い、ヘイトをこちらに向けさせる為に挑発効果を含んだ打数の多いスキル・スラッシュウェーブを放つ。
スラッシュウェーブにはあまりスキルポイントを振っていないが、雑魚を一掃するとき、足止めをするとき、またヘイトをこちらに向けさせる連打数の多さから、攻撃力こそ高くないが非常に便利なスキルである。無論、このスキルにポイントをもっと振れば、波のように地面を駆けていく斬撃は、地を割るほどになり攻撃力もガクンと上がるのだが、そこまで強化するのはもっとレベルが上がってからが良い、との経験則で振っていない。課金で恐らくスキルの振り直しなんかも可能だろうが、せめて次の転職をして、上級職になってから、改めて振り直した方がずっといい。
リューンタウンを拠点にした周辺のマップに、高難易度ダンジョンというものが一つある。オープンワールドなヴィーナスではあるが、恐らく中堅程度の街には高難易度ダンジョンを作って、武器の発掘や、少し面倒な連戦への練習を兼ねさせているのだろう、とまあこれも推察ではあるが、次に進めない俺とケンセイはレベリングにと何度かダンジョンに潜っていた。
そしてそこのクリアの報酬である、宝箱で引き当てた武器は、強化に強化を重ねているので、俺のスキルはさておき武器はそれなりに強い。とはいえ、武器自体が使用可能レベル30の物なので、40レベルの武器ならそんなにレアリティが高いやつじゃあなくても強化すれば同じぐらいの攻撃力は出るだろう、ぐらいのものであるが、なんせ次の街に進めていないのだ。これ以上は言うまい。
俺の攻撃を受けて、ポイズングランオークは女性二人からこちらにぐるりと視点を変えた。
無事に横取りは成功と言ったところだろう。
ポイズングランドオークはこん棒を振り上げる。同時に、カッと瞳が光り、瞬いた。
「ケンセイ!」
レベルが40を越えている属性持ちの攻撃といえば、推測できるのはおおよそ、5つに限られる。
というのも、魔法攻撃であるポイズン系統のスキルはそんなに多くない。毒師という職業を選んだプレイヤーのレベル40までのスキルをなぞればいいだけの話だ。今のところ、他のモンスターではそういった、プレイヤーのスキル=モンスターのスキル、という前知識は覆されていないし、おそらくヴィーナスの根底にはそれがあるだろう。予告なしのスキル連打攻撃、まるでモンスターにプレイヤーが宿っているかのような、高難易度ダンジョンでのボスの動きは、これはまた、ケンセイと俺の予測でしかないが、AIにプレイヤーと同様のスキルのプラグラムを埋め込んでいるのでは無いだろうか。
今までよりも確かにボスの動きは人間味があり、学習もするし強くもなる。
しかし一定のルールを決めなければ、運営が首を締めていく状況になりかねない――最も、ヴィーナスのエンドコンテンツであったドラゴン討伐だとかは、全く別の話になるが。
話が逸れたが。ポイズングランオークのスキルが発動されるとして、最初からアクションを起こしておかなければならないのは、5のスキルのうち、2つだ。
1つ目が毒霧、2つ目が毒沼である。毒霧であれば瞳が光ってからすぐにシュウウと音を立て、紫の煙が立ち込めるはずなので、今回は毒沼の方だろう。
さほどレベルは高くないものの、このポイズングランオークは毒沼にそれなりにレベルを裂いていたらしく、気づいた瞬間に、武器を薙ぎ払ってからその反対へと跳躍する緊急回避のスキルで逃れたものの、タゲを取られていなかったからと油断していたケンセイが、どうやら毒沼に触れたらしい。
「うわ! うわ! やべ!」
「お前何引っかかってんだよ!」
「いや毒沼にスキルポイント振りすぎだろ! 普通オークといえば毒霧だろ!」
普通、とケンセイが喚いているのは、旧ヴィーナスの頃の話である。既に、高難易度ダンジョンで、モンスターのスキルレベルには個体差がある、と話していたのをすっかり忘れているようだ。さっきの俺の忠告とは?耳付いてるのかこいつは。
状態異常:毒 を付与されたケンセイは、死ぬ前に殺す、と野蛮な言葉を口走ったあと、連続してバフをかけていく。俺も便乗するようにPTメンバーに対するバフと、己自身にかけるバフを重ねる。
攻撃力向上、速度向上、スキル使用時のMP減少、15秒間のスーパーアーマー、とそこまで重ねてすぐに、間近に迫ってきた、ポイズングランオークのこん棒を、横に転んで避ける緊急回避で逃れ、三連撃のスラッシュのスキルを放つ。
「ソードブラッストオオオオ!!!」
別に言わなくてもスキルは発動する。発動するが、近接戦闘職は雰囲気が大事である。疲れ果てた周回レベリングの中なら恐らくケンセイも無言だろうが、今は気迫が大事である。
俺もケンセイに便乗するようにソードブラストを放つ。双剣から繰り出されるものと、俺の大剣から繰り出されるものとでは、少しばかりスキルの出方が異なるが、おおよそ同じスキルだ。
レベル40で習得できる比較的強いスキルなので、見るからにポイズングランオークが怯む。
「っらああ!!」
そこからケンセイがスキルと通常攻撃を組み合わせた連打攻撃を行う。間隔を開けずに、攻撃を重ねると、コンボ数が加算され、乗算の方式で攻撃力がわずかにだが向上するのだ。俺もケンセイが与えた攻撃の方向とは反対側から、ポイズングランオークにコンボを重ねていく。視界には見る見るうちに減っていく、ケンセイの体力。毒を食らうと、激しく動くほどに、体力が減っていくのだ。俺はそれを見てみぬ振りをする。この場にヒーラーが居て、ヒーラーが浄化の魔法を使うか、それか毒消しを持ったやつが毒消しを投げつけるか。この二択しかないが、どちらも望めないのだ。毒が体を蝕む間隔は、VRにだと結構堪えるらしい。しかし俺は見なかったことにした。どうしようもないしな。
ポイズングランオークがけたたましい鳴き声を上げる。
「グギャオオオオオオッ!!!」
興奮状態である。これはもうHPが僅かという証だ。ちなみに、ケンセイのHPも僅かだ。
肩で息をしている。プレイヤーがそういった状態になるのも、HPが僅かな時だけである。
「………浄化!」
「へっ?」
すると、ケンセイの後方から、透き通った声がした。唱えた呪文は、浄化――ケンセイが光の粒子に包まれ、状態異常がなくなっていく。
俺とケンセイの他に、この場に居るプレイヤーといえば、最初に襲われていた女性二人だけだ
「「まさか……プリーストか!!!!!」」
これはとんだ掘り出し物である。