革命反旗 Ⅴ
「ご報告します、陛下。敵のハーロルド率いる反乱軍はすでにこの帝都に迫りつつあります」
「……そうか。ならば残った兵力をこの城に集めよ」
「了解いたしました!」
皇帝の言葉に兵士は胸を叩く敬礼を返して答えるとその場を離れていく。外から聞こえてくるのは戦場でよく耳にする音。その音がこの王の間に轟く程の近くから聞こえて来ていた。
(……この俺がここまで追い詰められるとはな……)
皇帝の息子にして第一王子ハーロルド。そんな彼が率いる反乱軍がすでにそこまで差し迫っていた。歴代の皇帝よりもずば抜けた指揮能力があるベルンハルトである。だというのにその息子にここまで追い詰められていた。
(……これは奴の実力か、それとも仲間のお陰か……どちらにしても奴の成した事に変わりはないか……)
今まで戦を回避していたからハーロルドのその実力は分からなかった。いや、後方を任せていた時点でその片鱗は見えていたのかもしれない。
「そうなれば……奴に……」
そう一人呟く皇帝は急に苦しそうな表情を見せると咳き込む。当てた手のひらには血が付着していた。
「これはあ奴のせいだが……まぁいい。それより俺が死ぬのが先か、それとも貴様が俺を殺すのが先か……どちらが先に訪れるだろうか?」
血に映る皇帝の表情はとても面白そうな笑みであった……。
◇◇◇◇◇
ハーロルドの起こした反乱ももうすぐ終わりを告げようとしていた。すでに帝都は陥落、残すは皇帝の居る城だけだ。ここまで来るのにとても早かった。それというのも彼の実力もあったかもしれないが、彼の立てた作戦を実行する仲間たちの活躍もあったからだろう。
シキによる諜報活動、ヴァルターという歴戦の将校による助言と指揮能力、まだ幼いがその能力は秘めているヘルフリート、そして……ハーロルドを神と慕う魔法使いサロモン。
サロモンという存在が一番この軍にとって影響を与えた存在だろう。何せ彼の扱うのは魔法だ。今やこの世界で一番となった大魔法使いである彼を、この魔法などまったく知らない帝国兵が止められる訳がない。
「……もう、あいつ一人で十分じゃない?」
遠くに見える城を前に、そんな事をハーロルドことハルが呟く。
「親父をぶっ倒す為に呼んだはいいが……練りに練った作戦達の殆どをあいつにぶち壊されたんだけど……」
ハルはどうやらサロモンの実力を低く見ていたようだ。実際にはそれを上回るほどの力を見せてくれおり、予定よりも早くにこの地にたどり着くことが出来た。
「まぁ、いいじゃないか。俺達が楽できたと思えばさ。それにその魔法を効果的に使えるように作戦を立てたのはお前だろ? あ、一部俺も考えた事を忘れるなよ?」
調子のいいことを隣で言うのは近衛兵であるギルだ。そんな彼もまたハルを支えてきた仲間の一人である。
「分かっている。それより状況を報告しろ」
「へいへい、了解いたしました。……皇帝は相変わらず城の玉座に座ったまま動かないそうです。こちらの降伏勧告にも応じません」
「そうか……ならば直接乗り込みにいくとしよう。転移はせずに歩くぞ。それまでの道中の掃除をするように」
「了解しました。では、新たな皇帝が歩むに相応しい道をお作りいたしましょう」
ハルの言葉にギルは答えると、彼の望むように各部隊への伝令を飛ばしていく。
「さぁて……親父をぶっ倒しに行くとするか……」
ハルは遠くの城を城下から見上げる。その城に居るはずの自身の気に食わない父親の姿を睨むように……。
◇◇◇◇◇
城内の中にいた兵士達はすでに戦うことを放棄したのか、その場で手を上げて座り込んでいた。そんな中をハルは構わず進んでいく。久々に歩く王の城というには質素な城内を迷うこと無くとある場所に向けて。
着いた場所はとても大きな両扉のある前。相も変わらず無骨なその黒い扉を兵士達が開け放つのをハルは見ていた。
ゆっくりと開かれた扉の先。赤い絨毯がまっすぐ伸びるその先には、この城で唯一価値のある物かもしれない豪奢な玉座に座る一人の男。黒い軍服に白髪、そして自身と同じ赤い瞳。
「……よぉ、久しぶりだな親父」
グランツラント皇帝、ベルンハルト。ハルの父親がその先にいた。
「…………見ない内にずいぶんと変わったようだな、ハーロルド」
約半年ぶりに見た息子は随分と変わっていた。見た目こそ、そうは変わらないが纏う雰囲気が変わりすぎている。
「……何がそんなに貴様を変えたのやら……」
「俺は二周目だからな。まぁ、そんなことより……」
ハルは一歩前へ出る。普段であれば頭を下げて跪いていた相手を見上げ、その顔を睨む。
「その椅子を俺に渡せ、もうお前に座る権利はない」
すでに皇帝側の軍は降伏している。残ったのは皇帝のみ。そんな状況ではもうこの目の前の男は皇帝を名乗る権利はないのかもしれない。
そんな味方など誰一人居なく、窮地に立たされているというのに皇帝は笑う。笑みを見せながら、皇帝はハルを見下す。
「……この椅子がそんなに欲しいか? この皇帝というこの椅子がどれだけ重いものか知らぬくせに」
この椅子の重さが、皇帝という責務が、どれだけの重荷かを皇帝は知っていた。そしてその重荷がそう簡単に背負えるものではないことも……。だからこそ、その責務をその重圧から、目の前の少年は果たして耐えられるだろうか?
「貴様にこの椅子の重さを背負えるか? 耐えられるか? 今まで逃げてきた貴様に……」
皇帝の重い言葉は場を支配するほどに響く。後ろに控えるハルの仲間たちが心配する中、ハルは静かに口を開いた。
「――あぁ、そうだな。親父の言う通り俺は今まで逃げてきた。……でもそれはあんたも同じだ。あの時苦しむ母さんから逃げていたあんたにそれを言われたくない!」
その言葉に皇帝は顔を歪ませる。確かに皇帝はあの時逃げていた。そんな様子を見せる父親にズカズカと進み歩きながら畳み掛けるようにハルは言う。
「……俺はもう逃げない。だから全部俺が貰う! その地位もその責務もこの国が背負う苦しみも全て――俺のだ!」
段差を踏みしめ、玉座の置かれたその場所に立ち、目の前に座る皇帝を見下した。
「――だから全て一つ残らず俺に寄越しやがれ! このクソ親父!」
こちらを睨む赤き瞳。今まで見たこともない光を宿したその瞳は自身のそれよりも強く、しかしただ恐れさせるだけでなく正しく導こうとする日の光かのようなものも混じって見えた。
「ずいぶんと強欲な者だな。全てを背負って、全てを導くか。それが出来ると思っているのか? 我が出来なかった事を、お前にできるか?」
「戦うことでしか解決出来ないあんたとは違う。俺は俺のやり方でやってみせるさ」
そう自信たっぷりに豪語するのはすでに自分の知らない程に成長した息子であった。
「ならば……やってみせるがいい。どうせ貴様の席にその内なっていたがな」
そう言って皇帝は――ベルンハルトはあっさりとその席から立ち上がり、ベルンハルトは周りの目を気にすることなく玉座から離れていった。
「待てよ! 親父!」
「お待ち下さい、父上!」
王の間の入り口を出た所でベルンハルトを呼び止める声が二つ。振り返ると息子の二人が駆け寄ってきた。
「なんで、そんなあっさり俺に席を譲った!」
「そうですよ! どうして……皇帝という座に未練などないのですか!?」
そんな事を息子たちが聞いてきた。ベルンハルトはそんな彼らを不思議そうに見ながら答える。
「……俺にはその席は合わんかった。それだけさ」
ベルンハルトには分かっていた。あの席は自分が座るに値するものではないと。その地位に相応しいように振る舞うもその全てにおいて自分が恨めしいほどにから回っていた。しかし彼にはその席を譲るに相応しい相手は居なかった。その息子たちもあまりこの席を譲るに値しない。
(……だがハーロルド。お前は違ったようだな)
ベルンハルトは黙ったままにハルを見る。あまり人の見る目がない彼でも分かっているつもりだ。
「ハーロルド、今のお前ならば善き――」
「――あら、まさか生きていたとは」
ベルンハルトの声に被さるようにその冷たい声は聞こえて来た。三人が反応するよりも早く、廊下の柱の影から伸びてきたのは――銀の光。
それをなんとか後ろにかわしたベルンハルトの目の前、丁度ハルたちとの間に一人の女が現れた。
「なぜ、殺さない? 前皇帝のしかも悪政を強いていた王など不要というものですよ」
突き刺す氷の棘のような声がその場に響いた。銀の髪を揺らし、ナイフを手に美しくも冷たく笑う美女。
「母上……」
ヘルフリートの母にして、第二皇妃マルグリットがそこにいた。
「……マルグリット、やはりお前は俺の事を……」
「ええ、一日足りとて忘れたことなどありません」
その青い瞳は絶えずベルンハルトを睨んでいた。憎しみの込められた何十年もの間溶けることのなかったものだ。
そんな中、この廊下の辺りには騒ぎを駆けつけた者たちが集まるが――
「貴様らは手を出すな! これは俺が引き起こしたことよ、後始末も俺がする!」
ベルンハルトの有無を言わさない声に皇妃を除いた誰もが動かなくなった。その中心に立つ皇妃は周りの者達が目に入っていないのか、ベルンハルトを睨んだまま発狂に近い声を上げる。
「私は許さない……! 私の国を滅ぼした貴方を私はずっと恨んできた! 私の母も父も殺して私だけを生かした貴方を……許すわけがない!」
「そうか……ならば俺を殺せばいい。それでお前の気が済むならばな」
ベルンハルトの言葉にその場に居た誰もが驚いた。だが皇妃はその言葉に驚くこと無く、変わらぬ表情のままに言う。
「……確かに私は貴方を許しません。ですから……私がされて嫌だったことを、貴方がされて嫌なことをしたいと思います」
「……何を……まさか!?」
驚きに満ちた表情をするベルンハルトから皇妃は素早く振り返った。振り返ったその先、手に持つナイフの切っ先が向かうのは――
「……なっ!?」
憎しみに狂う皇妃が見つめたのは――ハルであった。
「兄上!」
「ハルっ!」
まさか自分が標的にされるとは思いもしなかったハルの耳に、弟とギルの焦る声が聞こえてくる。だが目線は目の前の近づいてくる皇妃から、鋭いナイフから離れなかった。あまりにも急過ぎる事でハルの身体は動けず、その場に立ちすくむ。
「貴方の大事な者を奪って――ッ!?」
皇妃の銀の髪が揺れ手に持つ銀色のナイフは目の前の者に突き刺さり、血が地面に滴り落ちる。
誰もが息を止め、その光景を見つめるのみ。
「…………」
そんな光景を――ハルもまた見ていた。
皇妃がそのすぐ近くまで迫っていたのは覚えている。その寸前に何者かが間に滑り込んできたのだ。目の前には自身を守るかのような大きな背が見えていた。
「馬鹿者が……こいつは関係ないだろう。俺を憎むならば俺一人を狙えばいいものを……」
間に入ったのは他でもない、ベルンハルトであった。自身の腹に突き刺さるナイフをそのままに彼は目の前で驚きの表情をしている皇妃に話しかける。
「……私の家族を奪ったからよ。だから貴方にも同じ思いをさせてやりたかっただけだわ……」
「だがそれでもこいつは……いや息子どもは関係ないだろう。まったく、俺に毒を盛っていたのは俺を殺したかったからではないのか?」
「なっ……き、気付いていたの!?」
「この俺が気づかぬと思うか?」
皇妃はさらに驚くのをベルンハルトは苦痛を紛らわすように笑ってみていた。だがそこで彼は倒れていく。それに合わせて動くことが出来なかったハルは動き出した。
「……マルグリットを捕らえよ! それから親父を一刻も早く治療しろ!」
「は……ハッ! 了解いたしました!」
周りにいた兵士達が命令通り皇妃を捕まえる。皇妃は困惑した表情で倒れたベルンハルトを見たままに大人しく連れられていく。それを近くに立っていたヘルフリートがどこか呆然とした顔で見ていた。
「……親父、まだ喋られるよな?」
倒れた父親の近くにしゃがみ込んでハルが聞く。
「……なんであんたは……マルグリットの家族を殺して彼女を娶ったんだ。俺の母さんの事もあっただろうに……」
荒い息を吐いて脂汗が顔から出ているがまだ意識のあるベルンハルトはハルを見上げた。そしてハルだけに聞こえる声で言う。
「…………そうしなければならなかった、それだけだ」
そう言った所でベルンハルトは怪我の治療のために兵士達に運ばれていった。
―― こうしてハーロルドの引き起こした反乱は終わりを告げる。
父親の為した事に関して詳細を彼が知ることはなかった。マルグリットは変わらずベルンハルトが家族を殺したと言い、ベルンハルト本人もそうであると言う始末である。
だが一つ言えるのは、ベルンハルトの行動の全てに悪意はないことだろうか。
「……本当、あのクソ親父め。面倒事ばかり起こしては押し付けるな」
後にその息子がそんな愚痴を言ったようだが、誰にも聞かれることはなかったという。
◇◇◇◇◇
時は少しばかり進む。
グランツラント帝国は現在、とある重大な式の真っ最中であった。それは前皇帝を退けた、第一王子ハーロルド。そんな彼の戴冠式が行われたのだ。
式には沢山の者が参列した。その中には祝福する者が多いがその胸の内は皆複雑であっただろう。前皇帝の息子、争いを持って地位を奪った者、若い年齢、今までいい噂があまりなかった者。色々と先行きが不安な者が新たな皇帝となろうとしていたのだから。
「……本当、陛下の風当たりがキツイですね」
王の間にそんな茶化す声が響く。それは隣歩く長年の付き合いのある近衛兵からであった。午前中に行われた戴冠式には多くの者が集まっていたこの王の間には、今は数人の者達しか居ない。
「まぁこれから見返してやるさ」
玉座の前に列なる階段を登る黒髪の少年が自信たっぷりにそう言う。
「そうでなくては困ります」
そんな彼の背を見つめ、厳しく言うのは今日は礼服に身を包んだ紫髪の青年。玉座に座った黒髪の少年はそんな彼を見下ろしながら言う。
「大丈夫だ、シキ。俺は歴代のようにはならんさ」
「ぜひそうしてくれよ。もしお前がダメだったら俺が王にならなきゃならんのだからな」
相変わらずふざけたことを言うのは玉座の隣に控えるように立った近衛兵のギルバート。
「そのような場合になったら、ぜひ私も協力いたしましょうギルバート様」
シキと呼ばれた青年が同意するように言うと、隣に立っていた者が異を唱える。
「……何を言っているんですか? もし次の皇帝が必要ならばこの私がなるはずですよ?」
「確かにヘルフリート様でしょう。……だがどいつもこいつも頼りにならん小僧どもだ、貴様らに任せるくらいならば私がなってやろう」
「なっ!? ヴァルター、本気ですか!?」
銀髪の少年ヘルフリートが驚くようにヴァルターと呼んだ軍人貴族を見る。
「まったくなんという不届き者たちでしょう! この世に現れし現人神である貴方様が皇帝だというのに!」
そんな物騒な事を言う彼らをどこか怒ったように睨むのは、緑髪の魔法使いサロモン。
「まぁなんだ、せいぜい後ろには気をつけておけよ――ハーロルド陛下?」
「……言われなくても分かっている」
どうして自分の臣下達はこんな奴らばかりなのだろうか? と疑問に思いながらグランツラントの新たな皇帝、ハーロルドは玉座に座りながらため息をつくのであった。
革命反旗 完
ハルがどのようにして皇帝になったかのお話でした。
ちなみにハルの実力だけでは父親には絶対に勝てません。シキやサロモンというチートじみた人達がいて初めて勝てる相手でした。




