誓いの大樹(後)
フォード湖近くの街で数日過ごした後何ヶ所か名所を回り、ラルドの街にあるランドルフォード家の屋敷に到着したのは旅行に出て7日目だった。あとはラルドの街で3日程過ごし、帰途に就く予定だ。
そして屋敷に到着した翌朝、朝食をとり終えた途端、イゼラクォレルが待ち構えていた様子で迎えに来た。
「さぁて、レイティーシアさん。こちらに来てちょうだい」
「お義母さま……?」
「レイティーシア。母上と準備をお願いします」
「準備って一体……?」
隣に居たオルスロットにも促され、頭の中がハテナで埋め尽くされた。オルスロットを見上げると、どこか悪戯めいた顔で微笑まれる。
「貴女に秘密で準備していたことがあるんです」
「そう、秘密のイベントよ。さぁ、こっちにいらっしゃい」
ウキウキした様子のイゼラクォレルに連れられ入った別室では、幾人もの侍女達に全身を磨き上げられる。常日頃からクセラヴィーラ達に手入れをされ、結婚前とは比べ物にならないくらい肌や髪の状態は良くなっているのだが、今日はさらにピカピカに仕上げられる。夜会に出席するときの比ではない。
朝から念入りに整えられ、ドレスを身に纏い全ての準備が終わった時には、既に太陽は西に傾いていた。
「一体、何があるのですか……?」
いささかぐったりとしながら、こちらも美しく着飾ったイゼラクォレルに問い掛ける。
イゼラクォレルのドレスは、濃い藍色に黒色の刺繍が施されたシックで落ち着いたものだ。装飾品も控えめで、美しい装いであるが、華美にならないようあえて抑えているような印象だ。
一方のレイティーシアが着付けられたドレスは、純白のドレスだった。レースがふんだんに使われ、胸元や大きく広がったスカートの裾の方には金糸で細かな刺繍が施されている。大きく開いた胸元や複雑に結い上げられた髪の毛は、金と青や紫色の宝石があしらわれたアクセサリーで飾られ、さらに頭上には小ぶりのティアラを付けている。
「ふふ。そのティアラは、ランドルフォード家に昔から伝わるものなの。ランドルフォード家で結婚するときは、皆付けるものよ」
「え……?」
「さて、問題ないわね。後はオルスロットに説明してもらいなさい」
そう言って優しく笑ったイゼラクォレルが部屋を出ていくのと入れ違いに、オルスロットが部屋に入って来る。
白を基調とした礼装に身を包んだオルスロットは、レイティーシアの側に来ると手を取り、指先に口付けを落とした。そしてふわりと笑みを零す。
「レイティーシア、とても美しいです」
「あ、ありがとうございます」
あまりにも艶やかなオルスロットの笑みに、どぎまぎとしてしまう。意味もなくドレスのスカートを弄りながら、オルスロットを見上げる。
「オルスロット様も素敵です。それで、これは一体?」
「驚かせてしまってすみません。折角ランドルフォード領に来たので、ランドルフォード領伝統的な結婚式を挙げたいな、と思って。結婚当初はただの利害関係で、結婚証書を提出しただけで済ませてしまったので、かなり今更ですが」
「結婚式!?」
「はい。とは言っても、大体は飲んで騒ぐだけですけど」
そう言って苦笑したオルスロットは、レイティーシアの手を取る。
「レイティーシアを驚かせたくて勝手に準備してしまいましたが、許してくれますか?」
「……このドレスは、一体どうしたんですか?」
「ドレスは、母上が去年の社交シーズンでレイティーシアと会った後、気がついたら用意していたんです。どうやら、こっちで結婚式をやりたかったみたいです」
困った様に笑うオルスロットを見て、レイティーシアは諦めた様に小さく息を吐く。
どうやらこれはイゼラクォレルが主導してやったことみたいだ。それに、ここまで万全に準備されてはもう怒ることも出来ない。
それにレイティーシアとしても、結婚式を夢見なかった訳ではない。ただ、オルスロットとの結婚当初はこんなに仲を深められるとも思っていなかったし、何より王都で結婚式を行った場合は見世物にされること間違いなしだ。それならば何もやらない方がマシと思っていた程度なのだ。
だから、今こうして結婚式の準備をしてくれるのは嬉しかった。
オルスロットに取られている手を軽く握り、笑みを浮かべる。
「とても、嬉しいです。オルスロット様、ありがとうございます」
「レイティーシア……! 良かったです」
満面の笑みを浮かべたオルスロットは、レイティーシアを軽く抱きしめる。そしてそのまま抱き上げ、外へと歩き出す。
「オルスロット様っ!?」
「ランドルフォード家の結婚式では、伝統的な儀式があるんです。このまま移動するからしっかり掴まっていてください」
レイティーシアの重さなど感じていないかのようなしっかりとした足取りで、さっさと進んでしまう。庭から裏手に回り、屋敷を囲むように広がっている森の中を5分程進んだところでやっとオルスロットは止まる。
既に太陽は沈み、薄暗くなっているその場所は、少し森の中で開けた場所だった。そっと降ろされたレイティーシアは、オルスロットに手を取られ、その広場の奥へと進む。
「レイティーシア、見えますか? 奥にある大樹は、”誓いの大樹”と呼ばれているんです」
「”誓いの大樹”?」
「はい。ランドルフォード家の人間は、重要な誓いがある場合は、あの大樹に誓うんです」
そう教えてくれたオルスロットが示すのは、薄闇の中で少し光って見える不思議な大樹だった。高く、高く真っ直ぐ空へ伸びている樹は、とても雄大だ。
何百、何千年という時を感じさせるその大樹は、どこか近付き難い神聖さを感じさせる。
二人でしばらくその大樹を見つめたあと、オルスロットはレイティーシアの足元に跪いた。そしてまっすぐに瞳を見つめ、手を差し出す。
「レイティーシア。今まで、沢山危険な目や辛い目に合わせてしまいました。心配もお掛けしました。これから先も、一切心配を掛けさせない、とは言えません。でも、きっと貴女を幸せにすると誓います。だから、どうか、生涯共に居てくれませんか?」
「オルスロット様……。わたしも、至らないことが沢山あると思います。心配もお掛けしてしまうかもしれもません。でも、オルスロット様とずっと一緒に居たいです。一緒に、居させてください」
微笑みながらオルスロットの手を取ると、立ち上がったオルスロットに力強く抱き締められる。
そのオルスロットの背にレイティーシアも手を回し、強く抱き合う。そして至近距離で見つめ合いながら、囁く。
「レイティーシア、ありがとうございます。どうか、これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
より一層強く抱き合いながら、微笑む。そして深く唇を重ね合わせたのだった。
「嘘つきはだれ?」はこれにて完結です。
人物紹介含めですが、丁度100話で完結に出来て満足です。
途中、全然更新出来ない期間が度々あり、4年強と時間が掛かってしまいましたが、無事完結させることが出来て、本当に良かったです。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。




