6.ツンデレキャラが自身をツンデレでないと証明するのは難しい
村へ入ると同時に、楽器を鳴らしたかのような歓声があがった。
村人たちが俺を英雄を見るような目で見ていた。そして、口々にお礼の言葉を叫んでいる。子供が、大人が、老人が、男女問わずに、俺に感謝していた。
その声の嵐は、無数の石つぶてのように俺の心を打った。
打たれた心は、熱を持った。その熱い滾りは、初めての経験だった。
その熱の正体を、俺は知っていた。
これが達成感だ。充足感だ。
琴線に触れ、矜持を得る現象。終ぞ、俺の人生にはなかったものだ。
騎士たちは剣を構えたまま、黙して、俺とシィに祈りを捧げている。
これが彼らの歓待方法なのだろう。
俺とシィは華々しい歓声の中を進み、案内されるがまま、村で最も大きな屋敷の中へ入っていく。
ただ、最も大きいとはいえ、さほど広い屋敷ではない。俺の世界で言うところの、公民館程度の印象だ。内装も豪華というわけではなく、とても質素だ。
家は木で出来ているが、床は石造りで固い。
固い床を鳴らして奥へ進むと、広い部屋で大きなテーブルを囲んだ大人たちがいた。
どうやら、フレイを含む騎士団の代表者たちや、村の権力者たちが集まっているようだった。
まず、フレイが立ち上がり、全員へ俺たちを紹介する。
「村の皆さん、こちらの方が村を救ってくれた少年イツキです。あと、そちらの方は――」
フレイは初見であるシィを見て、言葉を途切れさせる。
すぐに、シィは察し、頭を下げる。
「も、申し遅れました。私は隣村に住むフィンフィラード家の長女シィです。村をエティンに襲われ、ここまで逃げてきました……」
自己紹介を行い、ここへ助けを求めに来たことを伝える。
それを聞いた大人たちの一人が立ち上がる。
綺麗な白髪を垂らした優しそうなお婆さんだ。
「おぉ、あのシィ・フィンフィラードかい? 大きくなったね……」
「はい、お久しぶりです、おば様。ご健勝そうでなによりです……」
二人は知り合いのようだった。
俺は余所者として、一歩引いて見守る。
「シィちゃん。それで、村のほかの皆は……?」
「…………」
シィは静かに首を振って、希望は少ないことを伝える。
「そうかい。がんばってここまで来たんだね……」
「いえ、運が良かっただけです。旅人のイツキさんが助けてくれたので……」
シィは俺を旅人と呼んだ。
村へ入る前に、俺の素性は別のものを用意したのだ。急に異世界などと言って、話をこじらせるつもりはない。
「この村に襲ってきたエティンを倒したという少年だね。しかし――」
お婆さんは俺へと目をむけ、口ごもる。
うん、良い人だこの人。他のやつと違い、言葉を選ぼうとしてくれている。
流石に、この人を相手に傍若無人キャラを通そうとは思わない。
「無様な格好で申し訳ありません。俺の名前は衛媛一姫。
訳あって女の格好をしていますが男です。間違いなく男です。旅人をしている男です。
見ての通り、シィとは遠縁の親戚です。久しぶりに訪ねてみれば、このような場面に出くわし、運が良かったのか悪かったのか……」
「そ、そうかい。訳は聞かないでおくよ。しかし、よく似ているね。
イツキ君がシィちゃんの親戚なのは間違いないみたいだね」
よし、三回ほど念を押したことで男と認識してもらえたようだ。
いつも、大事なことなので二回言っているのに、信じてもらえないことのほうが多い。
これからは、大事なことは三回繰り返そう。
お婆さんは続けてシィと俺に問いかける。
「それで、隣村はどうなんだい? 取り返しはつきそうなのかい?」
村の状況についてシィは静かに答える。
「絶望的です。何もかも壊され、もう地図から消えたのと同じです」
「そうかい。そこまでかい。なら、エティンの数は……」
「少なくとも百は超えていました……」
シィが淡々と数を告げた瞬間、部屋の中に大きな動揺が走った。
たった一匹に騎士が総出で苦戦していたのだ。それも当然だろう。
「百を超えていたとなると……、一つの村を食ったくらいじゃあ止まらないだろうね……」
「は、はい。この村まで手が伸びる可能性は高いです……」
そして、部屋の中の動揺が恐怖へと転じていく。
今まで無言だった大人たちが、次々と口を開ける。
「百のエティンだと……。そんな、そんな馬鹿な……っ!」
「嘘だ。嘘に決まっている。そんな数のエティンが群れているはずがない」
「しかし、目撃情報はある! 遠めに複数のエティンを見た村人もいるんだ!」
「それにエティンが一匹、この村を襲ったのは事実だ。あれは群れの斥候なのかもしれない!」
「モンスターに斥候なんて役割があるものか! 馬鹿げたことを!」
シィの報告によって、部屋の中は混乱に呑まれていく。
村人たちは死の恐怖によって、正常な会話ができなくなっていた。
俺はシィを後ろに下げ、いつでも出られるように身構える。この場に残っているのは、騎士たちは狂乱することなく静かに座っているからだ。彼らは冷静だ。
騎士の代表として、フレイがお婆さんに話しかける。
「それで、この村はどうするのです? 村長であるあなたの方針をお聞かせ願いたい」
少しだけ喧騒が静かになる。
お婆さんは、ゆっくりと言葉を紡ぐ……。
「村人全員の意見を聞いてからになるが……、おそらく死守することになるだろうね……」
「そうですか……。ならば、我ら騎士団は全力で迎え撃つまでです……」
二人はゆっくりとこれからを確認しあう。
そこに逃げるという文字はないように見えた。
俺は何も言わず、事の成り行きを見守る。
正直に言ってしまえば、この村も騎士団もどうでもいい。
潰れようが全滅しようが、特に気にならない。
俺にとって重要なのはシィだけだ。もう、そう決めてしまったのだ。
「話すべきことは話した。シィ、ここを出よう……」
「え、え? イツキさん……?」
俺はシィの手を引いて、外へ出ようとする。
しかし、それを村人の一人が手を伸ばして、引きとめようとする。
「まてっ! そもそも、おまえらがここへ逃げてきたせいで、エティンが襲ってくるんじゃないのか! どうなんだ!!」
打開案のない恐怖の中、とうとうその矛先が俺たちに向く。
こうなる前に外へ出たかったのだが、間に合わなかったようだ。
「それはありえません。俺たちが来る前に、この村へエティンは来ていました……」
「しかしだ! 第一、隣村は壊滅したというのに、おまえたちだけ生き残っていることがおかしいのではないか!?」
俺は論理的に答えたものの、目の前の大人は話を変えて、俺たちに掴みかかろうとする。その手は近くにいたシィへと伸びかけ、俺はその手が届く前に腕を掴んだ。
「シィに指一本でも触れてみろ……。落とすぞ、その指……」
俺はできうる限りの怒りを込めて睨みつける。
今の俺ならば、このまま掴んだ腕を握り折ることも可能だ。
「ちぃっ」
因縁をつけてきた大人は舌打ちをして、俺の手を振りほどく。
「二人ともよさないか。苛立つのはわかる。しかし、こういうときこそ冷静にならねばならん」
村長のお婆さんが俺たちを咎める。
そして、後ろに控えていた女性に目をやる。
女性は頷き返し、俺たちへと近寄り、小さな声で話しかけてくる。
「お休みできるところへ案内します。こちらへ……」
どうやら、寝床へ案内してくれるようだ。
というよりも、火種になりかねない俺を追い出したいのかもしれない。
俺は無言で頷いて、女性の後ろをついていく。
遠くの離れに案内され、俺たちは安息の時間を得た。
◆◆◆◆◆
俺とシィは小さな部屋のベッドに二人で座り、今後について話し合った。
想像以上に状況は悪く、この村も安全とは言えないからだ。
「明日にでもここを発とう、シィ」
「イツキさん、この村を守らないんですか……?」
しかし、シィは俺の提案に乗り気じゃないようだった。
「駄目だ、シィ。ここは安全とは言えない。頼りにしていた軍隊――、いや騎士団か。
騎士たちが当てにならないのが致命的だ。エティン一匹に手間取っているようでは問題外だ」
「け、けど、村長のおば様は知り合いなんです。寝るところだってくれました」
「知り合いと言っても、親が知り合いだった程度だろう? シィが優しい子なのは知ってる。
けど、そのくらいじゃ、一緒に心中する理由にはならないよ。俺は無駄死なんて許さない」
俺はシィのためにも冷たく現実を突きつける。
「けど……、少しでもこの村の役に……」
それでもシィは食い下がる。
その優しい心が自分たちだけで逃げることを許さない。
そう。あの地下室で、俺を介抱してくれたときと同じだ。
けど、俺はシィに危険な目に遭って欲しくない。
「シィ、君は故郷でもない村のために死ぬのか?」
俺は無慈悲に詰めていく。
ただ、シィのためにと思って、言葉を重ね――
「……すみません、イツキさん。ただの我がままですよね。
もう我がままは言いません、明日、村を出ましょう。もっと安全なところまで逃げましょう」
――その結果、シィの表情を曇らせた。
シィは俺の真剣な物言いを前に、前言を翻した。
それは俺を、とても不快にさせた。
そう追い詰めたのは俺なのに、俺はこの結果を不快に思った。
俺はその不快さを振り払って、シィをベッドの上で横にさせる。
「疲れただろ、シィ。もう寝たほうがいい」
「は、はい……」
「俺は外で冷たい空気に当たってから寝るよ」
そして、逃げるように俺は部屋から出る。
早足で屋外へと出て、村の中をあてどもなく歩く。
夜風に当たって、俺は熱くなった頭を冷やす。
十分なクールダウンのあと、すぐ傍にいるであろうクラウに聞く。
「なあ、クラウ。シィは俺に気を使ったか?」
(そうね。シィちゃんはイツキのために意思を曲げたわ。その美しく優しい純朴な意思を)
クラウは俺の意図を察し、俺の聞きたかった答えを簡潔に述べた。
「なあ、俺は間違ってるか……?」
(間違っていないわ。ただ、綺麗じゃない。シィちゃんと違って、綺麗じゃないわ)
「そうか……」
そして、言って欲しかったことを言葉に変えてくれた。
そうだ。
俺のやろうとしていることは、美しくも、優しくも、綺麗でもない。ただただ醜く、汚い。
第三者の言葉を聴き、俺はその確信を得る。
確信を得た俺は、次にやるべきことを考え――、そこで村の中で見知った顔を見つける。
俺は情報を少しでもたすために声をかける。
「フレイ、話し合いは終わったのか……?」
「あ、王子さ――、イ、イツキか……」
騎士隊長様のフレイは、恐ろしい反応をしてみせた。
俺を見て頬を染めている。
(これ脳内では王子様って呼ばれてるわね、イツキ。ぽろっと零れちゃった感じね、これ)
それをクラウは冷静に分析する。
俺は心の中で震えた声を返す。
(う、うん。なんか、ちょっと怖くなってきたかも……)
(イツキって、でかい口叩くけど、意外と小心者よね……)
心の中でクラウと話している俺を見て、フレイは不思議そうな顔をする。
他人から見たら、ぼうっとしているだけだから当然だ。
俺は気を取り直して質問する。
「話し合いがどうなったか聞いても?」
「ああ、かまわない……。簡潔に言おう。私たち騎士団は、この村に防衛体制を敷き、エティンたちを迎え撃つことになった。援軍が着くまで、どうにか耐えてみせるつもりだ」
フレイは決意を込めた表情で自殺行為を宣言した。
俺はそれが信じられなかった。
「そんな……。勝算はあるんですか? 頭の固い村人なんか相手にしなくても……」
「しかし、我らは騎士だ。一人でも多くの命を助けるのが使命だ。引けんよ、勝ち目が薄いからと引くのは騎士ではない」
「一人でも多くの命を助けたいならっ、なおさら逃げたほうがいい。村にこだわって、心中して全滅するほうが馬鹿らしい――」
「旅人であるイツキにはわからないかもしれないが、村というのは彼らにとって命より大事なのだ。理解できないかもしれないが、村を離れるくらいなら死ぬと思う者は多いんだ……」
村を離れるくらいなら死ぬ……?
何を馬鹿な。
住む場所が変わるだけだ。そんなことに固執して死ぬのか?
俺は村人たちの考え方が理解できなかった。
その程度のことで死のうとするやつを許せなかった。
衛媛一姫ってやつは、住む場所どころか、何もかも奪われても、そこそこ頑張っていたのに……。
まあ、途中で諦めたけど……。
感情が錯綜し、無言になると、フレイは微笑みながら語りかけてきた。
「イツキは優しいんだな……」
意味のわからない評価だった。
傍若無人キャラでいこうと思ってる矢先に、あってはならない評価だった。
「は、はあ? や、優しい? 勘違いはやめてくれっ。俺はくだらない無駄死にを見るのが不快なだけで……っ」
「ツ、ツンデレっ――!? あ、いや、今のは違う!」
そして、あってはならない反応をされてしまう。
恐ろしい言葉を聞き、俺は魂が抜けかけた。
「――と、とにかく、私たちは村に残留するからな。それではな!」
フレイは居たたまれなくなり、恥ずかしそうに去っていく。
余りにも早くて、呼び止める暇もなかった。
いや、あまりにも酷い展開のせいで、俺の身体が固まっていたというのもある。
俺は少しずつ身体を動かし、喉を震わせる。
「なあ、クラウ。俺、すっごい真面目に話してたよね……?」
(ええ、至極、真面目なイツキだったわね)
「なんで、ツンデレとか言われなあかんの……?」
(イツキの不器用な真面目っぷりが萌えポイントだったんでしょうね)
「というか、ツンデレなんて言葉、こっちにもあんのかよ……」
(まあ、異世界とはいえ、近い世界だからね。言語も文化も似てるわ)
「そっかー。似てるかー」
似過ぎで困る。
元の世界のトラウマが蘇っていく。
いくら俺が怒った顔を見せても、「ぷんぷん怒ってるお姫ちゃん、かわいー」とか、「ツンデレかわいすぎだろ……」とか、和やかな反応をされる。
こっちが、どれだけ勘違いするなと言ってもだ……っ。ちくしょう、ちくしょう……。
じわりと、涙が零れそうになる。
俺は涙を拭いながら、ぼそりとクラウに伝える。
「……ちょっと、聖衣とってくる」
(へえ……)
しかし、クラウは驚かない。何もかもわかっているといった様子だ。
「女装したら、本当にエティンの群れは余裕なんだろうな……」
(あの服は生前の私の服だからね。間違いなく、シンクロ率はアップして強くなれるわ。けど、今の状態であそこへ戻れば、死ぬかもしれないけど、いいの?)
「それでも行く」
(ふふーん、やっぱり、誰も死なせたくないんでしょ? ツンデレってるんでしょ?)
「べ、別に村は関係ないっ。俺はシィのために生きると決めた。そのシィが助けたいって言ったんだ。なら、そのために命を賭けるのは当たり前のことなんだよ!」
(ツンデレすぎて、私も鼻血が出そうだわ)
「ツンデレちゃうわ!」
俺は大声で叫び、アイデンティティを保つ。
しかし、俺の中でクラウがニヤニヤと笑っているのがわかる。
この叫び自体もツンデレの一環だと思っているのだろう。まじ許すまじ……。
俺は大きく息を吐いて、冷静さを取り戻す。
そして、考えを正す。
そう。重要なのは俺じゃない。クラウでもない。村人でも、騎士たちでもない。
シィだ。
その考えを言葉にして、クラウへ伝える。
「俺が汚いのはいい。けど、俺の汚さのせいで、シィの純白の想いが汚れるのだけは許されないことだ。俺はシィの美しい心が大好きだから……」
(それは同感。私もよ……)
クラウも同意する。
俺とクラウは似ている。
初めて会ったとき、クラウは俺を『半身』と言った。
つまりはそういうことなのだろう。
俺は歩き出す。
『半身』を連れて、村の外へと向かった。




