飽きられたら終わりの意味
授業が終わる。
休み時間。
だが、俺にとってそれは休憩時間ではない。
次の地獄が始まる時間だった。
「おい」
背後から声が響く。
「てめぇ、面を貸せや」
心臓が跳ね上がる。
わかっている。
自分に向けられた言葉だと。
だが、振り返れない。
もし違ったら。
もし俺じゃなかったら。
そんな僅かな希望に縋りついてしまう。
だが。
「聞こえてんだろ!!」
「おい!! 女みてぇな名前してるてめぇ!!」
その瞬間。
最後の希望も消えた。
しずく。
確かに昔から言われてきた。
女みたいな名前だと。
だから俺以外あり得ない。
教室のあちこちから笑い声が聞こえた。
「ハハハ」
「あいつ調子乗ってるからな」
「問題解けたくらいでよ」
違う。
調子になんて乗っていない。
怖かっただけだ。
必死だっただけだ。
でも。
そんな言い訳に意味がないことくらい知っている。
「は、はい……」
「俺……ですよね……?」
「ぁあ!?」
男が立ち上がる。
「俺だぁ?」
「てめぇ何かっこつけてんだ?」
「女みてぇな名前なんだから『あたし』だろ?」
周囲が爆笑した。
「ほら言えよ」
「優しくしてもらえるかもしれねぇぞ?」
笑い声が響く。
俺は逆らえない。
逆らえばもっと酷くなる。
だから言われた通り口を開く。
「申し訳ございません……」
「あたし……ですか?」
ドゴッ。
腹に蹴りが入った。
息が止まる。
床に崩れ落ちる。
「ギャハハハ!!」
「本当に言ったぞ!!」
「男なのに!!」
笑い声が止まらない。
頭を踏みつけられる。
靴底が髪に食い込む。
「おいてめぇ」
「次の授業でまた問題正解したらわかってるよな?」
心臓が凍りつく。
「そ、そんな……」
「ぁあ?」
踏みつける力が強くなる。
「逆らうのか?」
「い、いえ……」
「わかりました……」
「だから……」
「うっせぇ」
バキッ。
顔面に蹴りが入った。
視界が揺れる。
鼻の奥が熱い。
気付けば血が床に落ちていた。
「おい」
「床汚してんじゃねぇよ」
「あとで先生に見つかったら俺らまで面倒だろうが」
「ご、ごめんなさい……」
「掃除します……」
這いつくばりながら血を拭く。
自分の血を。
自分の手で。
それでも終わらない。
「ぁあ?」
「タオル汚れるだろ?」
何をしても駄目だった。
謝っても。
従っても。
掃除しても。
何一つ正解がない。
ただ理不尽だけが続く。
「おい」
「次なめたことしたら本気で殺すからな?」
なめたことなんてしていない。
最初から一度も。
だが。
俺には反論する権利すらない。
だから頭を下げる。
何度も。
何度も。
ただ今日を終わらせるために。
ただ生き残るために。
そうして水道で血の付いたタオルを洗っていると。
後ろから声が聞こえた。
「最初は面白かったんだけどな」
「最近飽きてきたわ」
「ハハハ」
「飽きられたらお前、本当に終わりだぞ?」
笑い声が響く。
俺は何も答えない。
答えられない。
ただ黙ってタオルを洗い続ける。
それが自分を守る唯一の方法だから。
だけど。
この時の俺は理解していなかった。
飽きられたら終わり。
それが脅しでも冗談でもなく。
本当の意味での終わりを指していたことを。




