始まる地獄
終学の門をくぐる。
そこに待っているのは、教員とは到底思えない柄の悪い大人たちだった。
髪を染め、鋭い目付きで生徒を睨みつける。
まるで教師ではない。
街を歩けば誰もが道を譲るような連中ばかりだ。
そして、その一人が怒鳴り声を上げる。
「オラァ!! てめぇ!! 何ちんたら歩いてやがる!!」
「さっさと校舎に向かえ!!」
別にゆっくり歩いていたわけじゃない。
だが、そんなことは関係ない。
奴らは理由を探しているわけではない。
ただ威圧したいだけだ。
ただ支配したいだけだ。
気に入らなければ怒鳴る。
気に入らなければ殴る。
気に入らなければ蹴る。
そこに理由なんて存在しない。
教育という言葉を使うのもおこがましい。
ただの暴力だった。
もちろん反抗する生徒もいる。
だが、その末路は決まっていた。
数人の教員に囲まれ。
殴られ。
蹴られ。
地面に転がされる。
そして反抗する気力が完全になくなるまで罵声を浴びせ続けられる。
「お前みたいなゴミが逆らうな」
「社会の底辺が調子に乗るな」
「お前なんか一生負け犬だ」
そうして奴らは生徒の心を削る。
自信を奪う。
誇りを奪う。
人としての尊厳を奪う。
そして支配する。
ここで教えられるのは勉強ではない。
上には絶対に逆らうな。
理不尽にも従え。
力を持つ者には頭を下げろ。
そんな歪んだ縦社会だけだった。
まるで軍隊。
いや、軍隊の方がまだ規律がある。
ここで行われているのは教育ではない。
洗脳だ。
それも最低最悪の形で行われる洗脳だった。
だが――。
ここまでならまだ平等だった。
終学に通う生徒全員が同じ目に遭う。
全員が理不尽を味わう。
全員が暴力に怯える。
だからある意味では平等だ。
だが、俺の地獄はここから始まる。
この終学ですら。
俺は最底辺だったのだから。
教室に足を踏み入れる。
そこには、もうすでに格差が存在していた。
教師と生徒の格差ではない。
生徒同士の格差だ。
この学園には階級がある。
力のある者。
力のない者。
そして、その最下層。
俺はそこにいた。
だから教室に入ると最初にやることがある。
一人一人に挨拶をすることだ。
同級生全員に。
まるで目上の相手に接するように。
俺は頭を下げる。
「おはようございます」
「本日も何卒よろしくお願いします」
普通に聞けば、社会人の挨拶だろう。
だが違う。
相手は俺と同じ年齢の生徒だ。
同じ一年生。
同じ学生。
本来なら対等であるはずの存在だった。
だが、この場所では違う。
「ぁあ!? 聞こえねぇなぁ!!」
「てめぇ、なめてんのかぁ!!」
怒鳴り声が飛ぶ。
次の瞬間。
腹に衝撃が走った。
ドゴッ――。
蹴られた。
思わず床に膝をつく。
「すみません!!」
「ごめんなさい!!」
必死に謝る。
だが、謝罪に意味などない。
「おい。次からもっとでけぇ声で挨拶しろよ?」
「わかったか?」
「は、はい!!」
「わかりました!!」
震える声で返事をする。
そして次の生徒の前へ。
今度は言われた通り大きな声で。
「本日もよろしくお願いします!!」
すると。
「ぁあ!? うるせぇぞ!!」
また腹に蹴りが入る。
「俺はでけぇ声が嫌いなんだよ!!」
「喧嘩売ってんのか!?」
「なぁ!?」
再び蹴られる。
何度も。
何度も。
何度も。
そう。
答えなんて最初から存在しない。
大きな声でも駄目。
小さな声でも駄目。
丁寧でも駄目。
雑でも駄目。
結局。
俺が悪いことになる。
それがこの場所のルールだった。
周囲の生徒たちは誰も助けない。
見て見ぬふりをする。
当たり前だ。
助ければ次は自分だから。
だから誰も俺を見ない。
誰も俺を助けない。
誰も俺に興味を持たない。
俺はこの学園に入学して一ヶ月。
たった一ヶ月。
それなのに体中は痣だらけだった。
腕。
背中。
腹。
足。
服で隠れているだけで、人には見せられない。
顔も何度も腫れ上がった。
そして、その顔を見て笑われる。
教師にも。
生徒にも。
誰からも。
終学では毎年のように自殺者が出る。
それも一人や二人ではない。
両手の指では足りないほどだ。
だが問題にはならない。
ニュースにもならない。
世間も興味を示さない。
なぜなら。
終学に通う人間だから。
それだけで終わる。
誰も悲しまない。
誰も怒らない。
誰も助けない。
それが当たり前だった。
俺も最初は違うと思っていた。
頑張れば変わると思っていた。
耐えれば終わると思っていた。
だが違った。
何も変わらない。
明日も。
明後日も。
来週も。
来月も。
ずっと続く。
そして、いつか壊れる。
みんなそうだった。
みんな壊れていった。
だから俺も理解していた。
もうすぐだと。
遠くない未来。
必ずその日は来るのだと。
そして、その時。
俺は理解する。
ああ――。
俺は、生きていてはいけない人間なんだ。
そう思い込まされてしまう日が。




