第41話 言わなくちゃ
食べ終えると、桐生さんは何でもないことのように尋ねてきた。
「で、どうなの? 土岐とは」
「え!」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、むせる。
「ごめん。いや、もう言ったのかなって、気になってさ」
にこりと爽やかな笑顔を向けられ、訝しげに見つめてしまう。
いったい、どんな気持ちで聞いてるんだろう。振られたばかりの相手に、そんなことを。
「ん? どうしたの?」
不思議そうに問われ、はっとする。とりあえず、今は質問に答えないと。
どうせ私には桐生さんの考えなんて読めない。
「いえ……まだです」
正直に答えた。昨日の今日でそんな余裕はない。早く言わなくちゃ、とは思ってるけど。
もじもじしていると、彼がくすりと笑い、少しあきれた顔で言う。
「そっか。まあ早く言ってやってよ、きっと待ってるからさ。
っていうか、ずーっと前からだけど。あいつ、望月さんのこと好きだもんなあ」
あまりにもあっけらかんと言われて、唖然とした。
「え、あの……桐生さんは土岐くんの気持ち、知ってたんですか?」
「うん、気づいてたよ。見てればわかる、土岐ってわかりやすいし」
何かを思い出すように笑う桐生さんを、目を瞬かせながら見つめる。
「土岐はさあ、たぶんだけど。
俺よりずっと前から望月さんのこと、好きだったんじゃないかな。勘だけど」
さらに衝撃的な言葉が飛び出して、さすがの私もそれは信じられなかった。
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「うーん、だってさ。
前の部署にいたとき、俺が君のことを『いいなあ』って話したら、すごく動揺したんだよ。
その反応を見て、ピンときた」
桐生さんがにやりと笑う。
また衝撃の事実が増えた……。ぽかんと口を開けたまま、彼を見つめた。
そっか。二人は同じ部署だった。今は桐生さんが企画開発部だけど、その前は営業。土岐くんと同じだ。
「俺のことは気にしなくていいよ。もう、あきらめるって決めたから」
優しく微笑まれて、どう返せばいいのかわからず口をもごもごさせる。
桐生さんは、そっと私の頭を撫でた。
「そんな顔しないで。
望月さんと土岐は、お似合いだと思うよ……じゃあ」
そう言って、彼は席を立った。
「あ……」
何も言えなかった。
だって今さら、私に何が言える?
最後に向けられた微笑みは、ほんのりと寂しさが混じっていたような気がする。
遠ざかっていく背中を見つめながら、ふとさっきの話を思い返す。
……土岐くんが、そんなに前から私のことを?
でも、それって。
自分の気持ちを隠したまま、相談に乗ってくれて、寄り添って、励ましてくれていたってことだよね。
信じられない。ほんと、お人よしなんだから。
でも、そんな土岐くんが、たまらなく愛おしい。
私は席を立ち、食堂を出て人の少ない場所を探した。
そして息を整え、意を決して電話をかける。
コール音がもどかしい。早くこの気持ちを伝えたくて、しかたがなかった。
『もしもし』
声が耳に届いた瞬間、鼓動が速まった。
「あ、土岐くん? 望月です」
『うん……』
少しかたい声。緊張しているのかな……って、私もドキドキしてるけど。
「話したいことがあるんだ。もしよかったら、今日の夜に会えないかな?」
少しの沈黙のあと、
『わかった』
短い返事が返ってきた。
* * *
帰宅した私は、そわそわしながら土岐くんを待っていた。
そういえば、何時に来るのか約束していなかったな。いつ頃になるんだろう。
ゆっくり話がしたかった。
夜だし、店で話せるような内容でもない。だから、どちらかの家で話すことになった。
さすがに彼の家に行くわけにもいかず、うちに来てもらうことになったんだけど。
緊張する。家に招くのは初めてだし、急いで掃除したけど大丈夫かな。
っていうか、それより、部屋に二人きりなんだよね……。
なに考えてるのよ。彼はそんな変なことしたりしないんだから。とっても優しくて、紳士的なんだから。
それよりも。告白よ、告白。
想いを伝えなくちゃ。それが目的でしょ。
一度、ゆっくり深呼吸する。さっきから何も喉を通らない。気晴らしにお風呂に入りたいけど、土岐くんが来たら困るし。
うーん、電話してみようかな。
そう思ってスマホを手にするけれど、指が小さく震えてしまう。
ど、どうしよう。めちゃくちゃ緊張する。告白って、こんなに大変なことなんだ。
桐生さんも土岐くんも、こんな思いを抱えながら告白してくれたんだよね。
恋のパワーって、すごいなあ。
そんなことを考えていたら、チャイムが鳴った。
き、きた!
インターホンのモニターに目を向けると、土岐くんが映っていた。
私は慌てて玄関へ向かい、扉を開ける。
「ど、どうも……」
照れたように笑うその顔が可愛くて、胸がきゅっとなる。
「う、うん。どうぞ、あがって」
「おじゃまします」
彼はどこかぎこちない動きで、ゆっくりとドアの内側へ入ってくる。
思えば、部屋に男性が来るのは初めてだった。
桐生さんでさえ、まだ来たことなかったな。
男性と部屋にふたりきり。今さらこの事態の重大さを実感する。
もしかして私、めちゃくちゃ大胆なことをしてしまったの?
やばい。心臓がうるさい。
目をくるくるさせていると、土岐くんがふっと笑った。
「安心して。僕のことは、日本一安全な男だと思ってくれていいよ。
君を傷つけるようなことは、絶対にしないから」
優しく微笑みながら、そう諭される。
はは、ぜんぶ見抜かれていた。
そうだよね、彼が何かするわけないじゃない。何を今さら焦ってるんだか。
ふっと緊張が解ける。私が笑うと、彼もふわりと笑った。




