第30話 思っていたより、ずっと
就業時間が終わると、私は会社の裏手へ向かった。
休み時間に、この場所で待っていると桐生さんへメッセージを送ってある。
土岐くんと出かけることはきちんと伝えておきたかった。変な誤解をさせたくないし、曖昧なままにするのも嫌だったから。
会社の裏手は人目が少なく話をするには都合がいい。彼と落ち合うのも、いつもここだった。
肌寒い風が体を撫で、私は小さく肩をすくめる。日はすでに沈みかけ、あたりは薄暗い。
街灯が足元をぼんやり照らしていて、その明かりを見つめていると、ふっと寂しい気持ちになった。
「ごめん! お待たせ」
息を切らした桐生さんがこちらへ駆け寄ってくる。
その表情はどこか嬉しそうだった。
「すみません。忙しいのに、呼び出してしまって」
小さく頭を下げると、目の前に立った桐生さんがやわらかく笑う。
「ううん、いいんだ。っていうか嬉しかった」
え? どういう意味?
目を丸くして見つめると彼は少し視線を外して続けた。
「いや、あれ以来なかなか話す機会がなくてさ。いろいろ考えちゃって……。よかった」
大きく息を吐いて、また微笑む。
「嫌われたのかと思って焦った。なんだか避けられてる気がして。
どうにか話したかったのにうまくできなくて。このまま自然消滅するのは嫌だなって思ってたから。
だから、呼び出してくれて……本当に嬉しかったんだ」
にこっと笑ったその顔は、まるで少年みたいで。無邪気な光につい見惚れてしまう。
そんなふうに思ってくれていたなんて。どうしよう。すごく嬉しい。
「……そんな。私のほうこそ、嫌われたのかなって思ってました」
「なんでだよ! 君を嫌うわけないだろ。
ずっと好きだったんだから――」
しまった、という顔で桐生さんは急に口をつぐむ。
「ずっと、って?」
意味がわからなくて、私は目を瞬かせた。
「あ、いや……その、なんだ。
実は俺、今の部署に配属される前から、望月さんのことを知ってたんだ」
えええ!? は、初耳なんですけど。
「それ、どういうことですか?」
問い返すと、彼は恥ずかしそうに頬を染めながら話し始めた。
営業部にいた頃、社内で私を見かけて気になったこと。何度か姿を追ううちに、少しずつ想いが膨らんでいったこと。
異動したのも私に近づきたかったから。営業部から企画開発部へ来たのは、偶然じゃなかったという。
私はぽかんと口を開けたまま、彼の話に耳を傾けていた。
「けっこう大変だったんだ。異動願い、なかなか認められなくてさ。
だから、これでもかってくらい頑張った。誰にも文句を言わせないくらいの成績を出して、それから改めて願い出たんだ」
少し肩をすくめるようにして、彼は続ける。
「もちろん引き留められたよ。けど、頑として譲らなかった。上も相当ごねてたけど、最後は俺の意志を尊重してくれた」
可笑しそうに笑って、
「まあ、俺に根負けしたって感じだね」
と付け加えた。
そ、そんな理由だったなんて。まったく知らなかった。
……っていうか前から私のことが好きだった?
そっちのほうが、衝撃なんですけど。
どうして? なんで?
疑問ばかりが次々と浮かんで頭が追いつかない。
熱を帯びた視線を向けられて、胸が高鳴る。
「君の近くにいたかった。そして、いつか想いを告げるって決めてた」
桐生さんが一歩近づき、私を引き寄せた。
大きくてあたたかな体温に包まれ、彼の鼓動が確かに伝わってくる。
「どれだけ君を好きか、知らないだろ。
俺のほうが、ずっと前から君に惹かれてたんだから」
真剣な瞳に見つめられて、逃げ場がなくなる。
鼓動が早まり、息の仕方までわからなくなった。
そんなの、知らない。知るわけないし、想像だってできない。
彼が……私を?
私のほうが好きで振り回されて、いつか嫌われて捨てられるんじゃないかって思ってたのに。
こんな展開、誰が想像できるだろう。
「俺は君の虜だから。何も心配しないで。
ごめん、いろいろ不安にさせてしまって」
彼は少し照れたようにはにかんだ。
「……こういうの初めてでさ。心から好きだって思う女の子の前では、こんなに不器用になるんだって。こんな自分、知らなかった」
視線を落として、それからゆっくりとこちらを見る。
「君が、はじめてだよ」
見つめ合う。その瞳に、吸い込まれてしまいそう。
嬉しい。嬉しいけど……もうわけがわからない。
見つめ返すことしかできない。
そのまま、優しい口づけがそっと落ちた。
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