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いのちのパン屋さん〜二回目の光〜  作者: 地野千塩


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タラントとコインパン(3)

 希衣が住む穂麦市は、比較的静かな場所だった。駅前や学校近辺が、新しいマンションや商業施設もあり騒がしいが、一歩住宅街に入ると、老人や主婦を多く見かける。そんな住宅街に福音ベーカリーは、あるようだった。


 スマートフォンで地図を見ながら歩いたが、方向音痴の希衣は少し迷う。家の近所と行っても、普段はあまり行かない地区にあった。


「うーん、面接ダメだったぁ。もう食いっぱぐれのない看護師にでもなろうかなー」


 スーツを着た就活らしき若い女性とすれ違う。どこかに電話をかけているようだが、疲れきった声を聞いていると希衣もいい気分はしなかった。ぱっと優等生風の学生でも、就活は厳しいのかと思うと、憂鬱になってくる。果たしてイラストレーターの夢を追いかけていいのか、希衣はよくわからなかった。クリエイターが保険として医療従事者になるものも珍しくない事も思い出し、良い気分はしない。


 そんな憂鬱さを抱えながら、どうにか福音ベーカリーの前まで辿り着く。赤い屋根の可愛らしい雰囲気のパン屋だった。パン屋からは、確かに良い香りがする。甘いクリームのような優しい香りに、さっきまで抱えてた気分が少しよくなってきた。


 しかも目の前には、柴犬がいた。店の前にあるベンチに座り、目を細めていた。あまり大きくはない犬だが、いかにも大人しそうで優しい性格のようだった。希衣が近づいても吠えない。


 店の前には、黒板状の看板も出ていた。パンと神様らしき人の絵が描かれていた。神様らしき人の絵の横には吹き出しもあり、「とって食べなさい。これは私の身体です」という台詞もある。コミカルタッチの絵で描かれていたので、思わずクスッと笑う。絵の技術は高くはなさそうだが、店の絵としては素朴でじゅうぶんだった。


 どう見てもクリスチャンがやっているパン屋だろう。福音ベーカリーという名前もそうだし、ここで神様の絵を描くなんて、一般人には思いつかない。


 そっと店の窓をのぞく。店員は二人いるみたおだ。どちらも若い男性で、一人は接客専門のようだ。もう一人は、厨房を行き来していたので、パン作りが専門かもしれない。窓は薄いカーテンがあるので、よく見えないが。


 どちらかがSNSをやっていて、いいね!や投げ銭をくれたと思うと、少しドキドキしてきたが、思い切って店にはいる。ドアベルがついているようで、チリンチリンと鈴がなる。


 店内は想像通り大きくなかったが、イートインスペースもあった。甘い香りに、思わず頬が緩む。中央にある大きなテーブルには、あんぱん、カレーパン、アップルパイなどの定番商品が全面に推されていた。他にはベーグルも多いが、見た事もないクラッカーみたいなパンもあった。


「いらっしゃいませ!」


 そこにトレイとトングを持った店員が側にやってきた。まだ二十歳しこそこの若い男性だった。さっき見た接客専門の店員のようだった。コックコートを着ていて、胸元に刺繍がされていた。知村柊という名前らしい。


 柊は、花粉症か寝不足かわからないが、目の周りが赤くなっていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 思わず心配になって聞くと、こくんと頷いていた。まだ幼い雰囲気で、もしかしたら同じ歳ぐらいかもしれない。まだ接客なども慣れていないのかも。そういえば腰に巻いた若草色のエプロンが似合っている。巣立ちしたばかりの雛鳥のような印象だった。


「きみ、優しいね。そうだ、今日は僕が奢ってあげるよ。イートインスペースで一緒に食べよう?」

「えー?」


 思わず、大きな声が出てしまう。パン屋でこんな事を言われたのは、初めてだった。柊はなぜか全く色気は無いので、ナンパとかセクハラみたいなものでは無いのは、よくわかるが。


「あっちの店員さんに怒られない?」

「いいの、いいの。お兄ちゃんとは、ちょっと喧嘩中だから」


 子供のように柊は口を膨らませていた。その仕草がコミカルで、希衣は思わず吹き出してしまった。チェーン店のパン屋だったらあり得ない状況だが、ここは比較的のんびりした住宅街にあるパン屋だ。こういう展開でも良いのかもしれない。


 こうして希衣は、柊と一緒にイートインスペースに座っていた。

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