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俺解釈三国志  作者: じる
十六話 盟を結ぶ(永漢元年十一月/189)
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5 結盟

 兗州の西端。黄河のほとりで司隷に接する酸棗県。


 この郡境に兵が続々と集まって来ている。臧洪の説得が功を奏したのである。


 酸棗の県城、その城壁で張超はその様子を兄と並んで眺めていた。


「壮観だな」


 指揮官毎に整然と区画を作り兵が駐屯している。炊事の煙が幾条も上がっている。張超は自分の決断──発案ではなくとも──がこの事態を呼んだ事に軽い感動を覚えていた。

 ぐるりと見回すと、東からまだまだ増援がやってきている。


「兄上、あれは?」


 張超は隣の兄に尋ねた。その指先は南からの車列を指していた。張邈は答えた。


「軍実《しょくりょう》だ。各郡が供出したものを黄河、汳水、沙水を使って運ばせた。兵だけでは戦えんからな」


 本格的な戦闘準備が着々と勧められていた。


***


 帝の前でもふんぞり返って座っていた董卓が、帝の退出し終わるのを待たずに立ち上がり、退出する。のしのしと、堂々と帯剣したまま、歩きだす。後ろに呂布が続く。小走りを忘れているが咎めるものは居ない。


 分厚い董卓と硬い呂布。この二人が朝堂を出て行く様は山が動いているようだった。


 荀攸は黄門侍郎である。帝に親近する地位であり、帝を擁する董卓を視界に入れる機会は多い。


(これは無理だな)


 荀攸は表情ひとつ変えずに董卓暗殺の成否を計っていた。


(邪魔だな。邪魔すぎる)


 荀攸が荊軻の様に匕首を持ち込んだとして、董卓の剣にはおそらく勝てない。暗殺には撃剣の勝負に持ち込ませず奇襲で殺すしかない。だがそれには呂布が邪魔すぎる。おそらく素手で軽く荀攸を阻止してしまうだろう。


 荀攸は自分の手で董卓を暗殺する事を諦めた。更に、現在の状況で暗殺を実行することも諦めた。


(──機を待とう)


 何喰わぬ顔で近侍していれば、何か機会が得られるかもしれないのだから。


 荀攸はそういった思索を上辺には出さず、無表情なまま残念を噛みしめた。


***


 蓋勲は肩を落し、とぼとぼと皇甫嵩の宿衛を去った。


 肩を落しているのは蓋勲だが、騎上なのでとぼとぼと歩いているのは蓋勲の馬である。蓋勲の気落ちが馬に伝わってそう歩かせているのである。


 河南尹の蓋勲は職分を越え、皇甫嵩にその三万の精兵で董卓の征伐をする様、再度の説得に行ったのである。


(だめだ、あれは)


 何度説得しても、まったく聞く耳を持ってくれたない。


 洛陽を攻める、という意味では皇甫嵩の三万は不足である。なにしろ大都市である。十万いてもどうか、という所ではある。だが、董卓の方だって万に満たない兵しか居ない筈なのだ。


(おそらく、五千未満)


 大都市である。外郭を守ることはできまい。いいところ南宮か北宮を守備できる程度だろう。洛陽南北宮は壮麗ではあるが籠城できる設備ではない。長期戦にはならない筈だ。もし董卓が戦術眼を持っているなら、洛陽を捨て逃げるの一手だろう。蓋勲が見るに皇甫嵩はただ蜂起するだけで勝利できるのである。


 だが、皇甫嵩は漢家の将として叛旗を翻す事を全力で拒否した。


(そんなに悪名が嫌か!外聞が気になるのか!)


 蓋勲は自分の憎しみが皇甫嵩の方へ向きそうになったので考えるのを止めた。そして皇甫嵩の兵を以て洛陽を攻めるという案も放棄した。


 となれば、河南尹として長安に居る事にもはや意味はない。理由をあれこれ付けて引き延ばしてきた議郎としての洛陽召喚命令に従う事にした。


(洛陽でなら、まだ何かできるかもしれん)

 

 蓋勲の馬はいつの間にか速足になっていた。


***


 衛茲の後ろで曹操はぎゅっと唇を噛んだ。悔しさを耐える為である。


 曹操の目前で、五人の士大夫が会していた。


 兗州刺史の劉岱、豫州刺史の孔伷、東郡太守の橋瑁、陳留太守の張邈、廣陵太守の張超。この五名である。


 濟北相の鮑信、山陽太守の袁遺も参加が決まっていたが、兵の手当てが完了しておらず、正月の決起には間に合わないことが確定していた。


 張超の功曹である臧洪が座を仕切っている。これからの方針を改めて話し合うのである。


 ここでの曹操の立場は衛茲の配下としての陪席である。衛茲は張邈の臣として後ろに控えていた。


(どうして俺はこっちにいる?)


 都で悪臣が帝をほしいままにした。諸侯が蜂起し義兵を以てこれを討つ。人生で二度は起きないであろう痛快事である。


 今、その快事の場に自分は居る──その他大勢の側として。人生にこれほど残念な事があるだろうか?憤死、というのがあるとしたら、今、自分に起きていないのが不思議であった。


 ──なんでこうなった。


(兵が居ないからだ。それに尽きる)


 この中では張超も兵を持たないが、臧洪という懐刀がその存在感を保障していた。自分には何もない。


(親父が逃げ出したせいだ)


 曹嵩の財力を以て譙で旗上げできれば、一大勢力になれた筈なのだ。だが、その妄想の身勝手さに曹操は気付いた。


(……いや、違う。俺は自分の力で勝負せず、ただ状況に流されて来たからここに居るんだ)


 曹操は三十五になって初めて自分が甘ったれだった事に気付いたのである。


(偉業を達成するには状況を自分で作らねば駄目だ)


 だが、今この場ではただ歯噛みするしかないのが曹操の現実だった。


 中央ではこの会合の盟主をどうするか、についての議論が始まっていた。


 まず張邈が主張した。


「ここにはいないが、袁本初を盟主と仰ぎたい。本初にはそれだけの人望がある」


 劉岱、孔伷が同意する。だが橋瑁が疑問を呈した事で皆黙りこんだ。


「袁本初な、あいつ……盟主になることを了解したのか?」


 劉岱は気まずそうに答えた。


「本初への要請だが、結論から言うと連絡がつかなかった。韓冀州が握り潰した上で、叱責の文を送って来た」


 主従の道を説き、武装蜂起を諌められたという。


「あれは気が小さいから義挙の決意ができなかったんだろうな」


 韓馥を知らない張超と臧洪を除く全員が頷く。


 橋瑁は劉岱に、そして皆に、再度確認した。

 

「袁本初だが、あいつは本当に盟主になりたがっているのか?あいつがそれを迷惑に思わないと確信できるのか?どうだ?」


 皆が考え込んだ。皆の脳裏に浮かび上がっていたのは同じ出来事についてである。


 袁紹は董卓が洛陽へ入城した時、なんら争わずに逃げだした。


 そのことを皆が思い出してしまったのである。


 袁紹は本当に董卓と戦う気があるのか?


 その疑問が消えないのである。


 その結果、


「本初を担ぐのは、本人の許しを得てからにしよう」


 結論としてはそうなった。


「では、誰が盟主に?」


 連合軍を編成するにも、士気を高めるにも、盟は必要である。なにより、我々は烏合の衆ではないと董卓に力を見せつけるのには盟を結んで見せるのは必須条件なのである。


 だが。


 臧洪は困惑した。誰も盟主になろうとしないのである。


「私が盟主になると本初がやりにくかろう」

「同じく」


 劉岱と張邈は袁紹の為に遠慮した。兄すら辞したことで、張超は自分が盟主になるなど思い付きもしなかった。孔伷は自分は武人ではなくその任に耐えないと辞した。橋瑁は仲の悪い劉岱を率いる立場になるのが嫌、という顔をしていた。


 結局、お互いが譲り合いになり、誰も盟主になりたがらなかった。


(くそっ!なんて奴らだ。やる気がないなら替われよ!)


 曹操は飛び出して行きたい気持ちをぎりぎりで我慢した。恥をかくだけなのは見えていたからである。


「子源殿ではどうか?」

「確かに。我らは誰もが子源殿に誘われてここに来たのだし」

「子源殿なら文句はない」


 結局、皆が盟主に推したのは臧洪であった。


***


 十余万の兵が見守る前を、兵の一団が一頭の牛を引きずって来た。


 この日の為に盛土された祭壇の前の傾斜まで牛を運ぶと、兵達は牛が暴れて貴人を傷つけない様、背骨を打ち砕いた。そして動かなくなった牛を壇上に引きずり上げると中央に配置し、退散した。


 六人の男が壇上に昇った。牛を中心に、中央に臧洪。右に二人の刺史、劉岱と孔伷、左に三人の太守、張邈と橋瑁と張超である。


 臧洪は牛の耳をつまむと刀で切り落した。


 切られた頭の側から一条の血が迸った。臧洪はその血を青銅の皿に受ける。皿に音を立てて赤い血が溜っていく。盟、という漢字に皿が含まれているのはこの皿の故である。


 臧洪はその血を音を立てて皿から啜った。臧洪の口が赤く染まった。皿は順に回され、劉岱、孔伷、張邈、橋瑁、最後に張超の唇が赤く染まった。


 しん、と静まりかえった兵の前で、赤くなった口で臧洪は宣言した。


「漢室は不幸にして皇綱《きはん》を失統し、賊臣董卓にその隙を衝かれ欲しいままにされました」


 大声であった。天に、そして兵に聞かせるのである。


「禍いは至尊に及び、百姓まで虐げられています。社稷が滅亡し四海が転覆することを大いに懼れます」


 大声は美徳であり、大軍を率いるには必須の技能でもある。兵達は臧洪の立派な姿、声に感動した。


「兗州刺史岱、豫州刺史伷、陳留太守邈、東郡太守瑁、廣陵太守超等は義兵を糾合し、並んで国難に赴きます。およそ我らが同盟は心を一つにし、臣としての節を守り、たとえ首を失って死すとも二志を抱きません。もし盟に違う事があればたちまち命を失い、子孫が育まれる事はないでしょう。皇天后土よ!祖先の明霊よ!我らを見守りたまえ!」


 臧洪の言葉は熱を帯び、その熱狂は五人に、そして兵に感染した。


 牛の心臓に刀が差し込まれた。天に捧げる為である。牛は動けないまま絶命した。兵達の喚声の中、結盟の儀式は終了した。


 その熱気の中で冷めていた人間が二人居た。一人は曹操である。


「孟徳。お前難しい顔をしてるぞ」


 心配した夏侯惇が声を掛けた。喚声の中である。他人に聞かれる心配より、声が届くかを心配した。曹操は問いに質問で返した。


「元讓。臧洪の結盟の差配、どう思った?」

「いや、立派だっただと思うが……兵も皆、感動しているぞ」


 曹操は夏侯惇の耳もとに口を寄せ、囁いた。


「宣誓の中に臧洪の名が含まれていないのに気付いたか?」

「え?そうだったか?」

「臧洪は結盟の儀式を差配したが、盟主になることを拒んだ。盟主の居ない同盟は危ういな」


 曹操はこの同盟の行く末を危ぶんだ。


 ではもう一人は。


 熱気の余韻も冷めぬまま、壇を降りた張超は気付いた。最後に降りて来た臧洪が──先程の熱狂を生み出した男が──どういうわけか絶望の貌を浮かべている事に。


「どうした、子源!?」


 問いに対する答えは張超の想定外だった。


「明府。今日限り、お暇をいただきとうございます」


 張超は自分に不始末があって臧洪が絶望したのかと思い返した。思い当たることしかなかった。


「俺に不満があるんだな。なんでも言ってくれ!」

「いえ、違うのです」

 

 臧洪は疲れた顔で笑った。


「この同盟は無責任で出来ていて、既に腐っています。事態を打開する為に私はここを去ろうと思うのです」

「いったいどこへ行くというんだ?」

「北へ。袁本初に会おうと思います」


 答える臧洪の姿の小ささに


(もしかすると、これが子源を見る最後になるのかもしれない)


 張超は嫌な予感に小さく震えた。


(了)

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