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俺解釈三国志  作者: じる
十一話 崩御(中平六年/189)
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3 元会(中平六年/189)


 年が空けた。諸葛瑾は今日も石碑の林の中をさ迷っていた。


 西に尚書、周易、春秋公羊伝の二十八基。南に礼記の十五基。東に論語の三基。合計四十六枚の石碑。

 ここにあるのはかの大儒蔡邕が細心の校正を行なったものである。読んだことのある書物であっても、記憶と比べながら改めて読み直さざるを得ない。読んでも読んでも終わりが来ない気がした。


「でも、違うんだよな」


 都の名高い石経を読めている、ということで知的には満足しなければならないところだが、わざわざ都へ遊学に来たのである。然るべき師に付いて五経の解釈の講義を受けたり、士太夫の人脈を紹介してもらったり。そういう将来への布石を打ちたかったのである。


 だが、劉表はそういった事への援助は一切してくれない。知人に会った時も党錮の恩人の子、という紹介しか。


(多分、景升様は私が都で出世できる顔だと思っていないんだ……)


 まだ世に出てもいないのに、出世の道が閉じているのを知った諸葛瑾は軽い絶望を覚えた。


***


 北宮、徳陽殿には百官が、夷狄の使いが、郡国から来た上計吏らが、謁者に率いられ予定の席に整列させられつつあった。


 これから始まるのは年始に帝に拝謁し宴を下賜いただく元会の儀である。上計吏はこの後、郎に抜擢される事が内定している為、皆育ちのよさそうな若者で、初めての晴れやかな場所に頬を上気させていた。


 百官の一角に、西園八校尉として曹操と袁紹は並んでいた。何進は大将軍でありなにより外戚としてずっと前の方に居る。


 まだ帝が入場されるには間がありそうだ。


 袁紹が小声でつぶやいた。


「頼むよ孟徳。手を貸してくれ。人手が足りんのだ」


 こんな場所で宦官殲滅の話か?曹操は袁紹の正気を疑った。


「俺が居て困るのは本初の方だろう」


 ぼかして答えた。


 宦官殲滅の企みに、宦官の孫が混じっては袁紹の方が志操を疑われるぞ、というほのめかしである。地方官としてそれなりの実績を積んだ今でも、未だに曹操を宦官の孫、七光りと陰で罵るものは居る。残念な事だが、父曹嵩が太尉になって以降、逆風は強くなった気がする。

 袁紹は理解したのかその一言で沈黙した。


 袁紹の考えは理解できる。何進を旗印に宦官を殲滅したいのである。竇武を旗印にした陳蕃が果たせなかった事を成功させたいのである。

 曹操が理解するに、陳蕃と竇武が失敗したのは、帝の身柄を確保できなかったことと、五営の兵が大将軍の威光より宦官を選んでしまった事である。

 袁紹が「来るべき日」に備え、各地の太守に連絡を取っているのは知っている。右扶風の董卓の行状を不問にさせたのもその一環であることも。宦官と利害を持たない地方の軍を洛陽に侵攻させたいのである。そしてその指揮を自分に取らせたいのである。


 だが、それは曹操の思い描く解決策とはかけ離れている。


 そもそも、宦官殲滅など必要ではないのだ。帝が寵愛した宦官に利権や権力を与えるのがいけないのだ。そこが正されれば、宦官なぞ後宮の下働きに過ぎない。


 そして──曹操の見たところ──今上は蓋勲との出会い以降、常識を得られつつある。言い替えると段々まともになってきた。そう聞いている。


 先日の事である。今上は『百姓たみの生活が見たい』と仰せられ、永安宮の候台やぐらに登ろうとなされた。洛陽宮の中には幾つも宮殿があるが、どれもが中央部に集中してて外壁……洛陽の街とは離れている。永安宮だけが洛陽宮の外壁に隣接している。洛陽北宮の端にあるそこからなら、洛陽の市街を一望できるのである。


 慌てたのは宦官達である。


 帝が外出なさる際は馳道を通る。馳道は大道の中央にある皇族専用の道である。逆にいうと帝は馳道以外を通ることはない。それを利用し、宦官達は帝から見えない立地を選んで第宅を建てているのである。

 もし永安宮の候台に今上が登られたら、宦官達の豪華な第宅を一望なさり、大いに驚かれたに違いない。そこには宦官共が将作大匠に命令し宮殿用に用意された材で作らせた、宮殿よりも美々しく立派な彼らの高楼が林立していたのだから。


 残念ながらこのご希望は果たされなかった。宦官は誰の知恵を借りたのか、怪しげな緯書まで引っ張りだし『天子高きに登るは不当。高きに登れば百姓は虚散す』との文言をお見せしたのである。学問を愛される今上はこういう言に弱い。百姓の気が散るようなことはすまい、と断念なされた。


 だが、曹操はその話に少し安堵を覚えた。少しづつであるが今上は天下や百姓の事を意識なさるようになっている。


(帝に足りない所があるのなら、教え諭し導きさしあげる事だけが唯一の策だろうに)


 天の子である帝に正しく政をしていただかなければ天下は調和しないのだから。


(……本当にそうかな?)


 分かつ権力が帝におありなのがいけないのではないか?


 ちかり、と浮かんだ疑問と答えは曹操の心に刺さり、一瞬で消えていった。


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