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俺解釈三国志  作者: じる
第十話 天下は何に苦しむか(中平四年/187)
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7 石門

 雍奴の城門を塩を運ぶ荷車が出入りする。自身の商店の前でその荷車に数量と行き先を書いた木簡を刺すのに田豫は大忙しである。


 彌天将軍張純とやらがこの城を支配してからほぼ一年。田豫の商い量は以前より増えていた。塩は他所と交換しなければ銭にならず、その交換相手は張純の支配地域より広い。

張純は幽州の住人を拐って辺境に集める様な政策を取っていたが、この地域の塩鉄に関しては上がりをかすめる為に以前にまして奨励していた。

 今では烏桓が味方の為、交通の安全が保障されており、商売のやりやすさが段違いではあった。しかし、利益の大部分は張純が持って行くので、田豫としては骨折り損の状況が続いている。


 竹簡の表書きをしながら田豫はため息をつく。


(儲からないからといって販路を絞るわけにもいかないよな)


 田豫は張純の支配がずっと続くとは思っていない。張純が失敗した後も市場を確保しておくためには儲けが無くとも市場を維持しないといけない。それで無益ながんばりを続けているのだ。


 その田豫の側に一人の巨漢の姿があった。関羽である。この一年、どこに田豫が居ても護衛として側にあった。無法の支配下で田豫が無事に過ごせているのはこの関羽の強面のおかげでもあった。

 その長生がピクリと動いた。


「長生さん?」


 田豫は関羽の視線を辿って異変を知った。


 その方向から、店の手代が転がりこんできた。


「大変です田大人!」


 手代は起き上がるのも惜しんで四つん這いのままで叫んだ。


「西から軍隊!西から軍隊が来ます!」


 田豫は竹簡を放り捨た。


「長生さん、城壁に上がります」


そう言って走り出した。


(西から、軍!)


 田豫が待ちに待っていたもの……官軍の襲来に違いない。半ば関羽に抱えられる様にして城壁に駆け上がった田豫が見たものは、横隊でこちらへ進軍する白馬の一団であった。


 田豫は城内に向け叫んだ。


「白馬義従だ!白馬義従が来たぞ!」


 公孫瓚の選抜した白馬に乗った烏桓突騎の義従兵はこの地域ではあまりに高名だった。


(これで終わりだ……予想より長かったな)


 ここ雍奴には治安維持には足りるが戦うには足りない兵しか張純は置いていない。肥如に人を集中しすぎているからだ。白馬義従の精鋭に敵う筈がない。


 張純の手下は逃げ出した。一滴の血も流さずに雍奴は解放された。



「済まないな。一夜の宿と飯だけは頼む」


 そう告げた公孫瓚の前で田豫はぽぅっとなっていた。


 白馬に乗った義従の烏桓族を公孫瓚は雍奴の城内に入れず、外で宿営を準備していた。その公孫瓚に雍奴県の代表として会見に行った田豫は、のぼせたのである。公孫瓚の美貌に見惚れたのである。


(こんな美しい男がこの世に居るのか?)


 美しい上に戦さにも強いと聞く。


「明日朝には出立するから、過度の接待は不要だ。義従には深酔いしない程度の酒を配ってくれるか?」


 更に武人としての態度も清々しい。凄いな……と感心している所で、公孫瓚の重大発言をうっかり聞き流してしまいそうになった自分に気がついた。


「もう出撃なさるのですか?」

「ああ。なにせ解放せねばならん県がいっぱいあるからな」


 ということは、田豫にはもう一つ確認せねばならない事ができた。


「雍奴の守兵は皆殺しにされました。皆様が出立されたら、誰がここを烏桓から守るのでしょうか?」


 公孫瓚は少し困った顔になった。


「すまん。うちの義従は騎兵中心なのでお前達を守るのには不向きなのだ。薊に臨時の役所がある。そこから守備隊を派遣させるから、それまでなんとか持ち応えてくれ」


 公孫瓚はにこりと美しく笑った。


「なに、周辺の烏桓共は駆逐していくから安心せよ」


***


 幽州の新たなる天子、張舉の宮城は遼西郡の肥如県にある。


 そこへ陸路で向かうならば、遼西郡の西にある右北平郡を通らねばならない。その右北平郡の中央に位置する徐無県の西方、二つの川に挟まれた石門峽、という峽谷に十万の大軍がひしめいている。


「来るなら来い。この地形では騎兵は使えまい」


 彌天将軍張純の布いた最終防衛陣である。


 烏桓の南下に対し手をこまねいていた、としか思えなかった公孫瓚が突然牙を剥き、次々と幽州の拠点から張純の配下を追い出していった。このままでは肥如が危ない。そこで住民の家族を人質に兵として動員し、最大戦力でこの難地形に籠ったのである。

 

 兵の錬度は低いが、公孫瓚の兵はせいぜい二万。中核の白馬義従だって千に満たない寡兵である。騎兵の活動しにくい地形に陣を構えた。守備側が敗ける筈が無い。張純はそう考えていた。


「ふん」


 公孫瓚はその布陣を一瞥すると鼻で笑った。美形がそうすると酷く酷薄な顔に映った。公孫瓚の対応は迅速にして単純だった。


 歩兵の前に横に並んでこちらに圧を向けていた白馬義従が一斉に馬首を東に向けた。


「おい!戦えよ!」


 東に走り出して行く白馬義従に張純は吠えたが、白馬義従は戦場から姿を消してしまった。残りの歩兵はそのまま石門の近くに陣取ったままである。これでは必殺の守備陣が空振りに終わってしまう。


「……囲魏救趙ぎをかこんでちょうをすくうの計か」


 張純にもそれは判った。


 公孫瓚が残した歩兵は、我が十万が逆襲し補給を遮断に行く、というのを防ぐ為の後拒。とすれば騎兵の目標は肥如。


 兵力を石門峡に集中したので肥如には人質を拘束する警備兵しか居ない。そこを襲われてはひとたまりもない。


 張純はそれなりに頭が回る男である。この先の展開が読めてしまった。


 張純の手元の歩兵達は公孫瓚の騎兵に追い付けない。肥如が攻められれば張舉は殺されるだろう。そして人質は解放されるだろう。


(人質が解放される?)


 張純は石門峽に所在なげにひしめく十万の兵を見下ろした。この大軍は家族を人質にされたから渋々自分に従っているのである。もし人質が解放される、と知られたら、この十万は自分にその武器を向けるだろう。


 張純は突然立ち上がった。動揺する幕僚を無視して馬車に乗り込んだ。禦者台に立つと自分で馬に鞭を入れる。


(俺が敗けた事を、自分達が解放された事を、奴らが気付く前に!)


 そう、張純は……総大将である彌天将軍は、戦うでもなく真っ先に敵前逃亡したのである。軍を捨て単身で逃げる以上、肥如を救いに戻るなど考えもつかなかった。張舉が殺されるのは仕方ない。肥如に居る妻も子も諦める事にした。


 張純は走った。遥か東の辺境へ、烏桓の丘力居の元へ。


 残された十万の軍は上層部からどんどん脱走が続いた。指揮系が崩壊し、見る見る軍の体裁を為さなくなった。そして公孫瓚の残した歩兵に散々に打ち破られた。


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