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俺解釈三国志  作者: じる
幕間12 雌伏と雄飛(中平四年/187)
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4 境を越える

 孫堅は瞬く間に郡内の県城を取り返していった。桓階を酷使して良吏を選び、取り返した県城を立て直して行く。


 そして役人たちにこんな布告をした。


「善良なる者は謹んで遇するように。官曹は文書を用いそれに循って治める様に。盗賊は太守に送ること」


 善を奨励し恣意の対応と私刑を禁止した。乱に紛れて官吏が便乗しないよう、釘を刺したのである。


 孫堅の長沙兵は数を増やしながら西へ向かい、次々と區星の手勢を駆逐していった。ついに残党は長沙郡に居場所が無くなり、西の零陵郡に逃げ込んだ。


「明府。ここからは零陵郡です。管轄外かと」


 桓階は止めた。太守の権限は絶大だがそれはその郡に限られたものである。そして郡の外に出ることは許されない──のだが。


「ですよね」


 孫堅が零陵郡に長沙兵をなだれ込ませた時、桓階はため息と共にそう言った。


(どのみちこの件を裁くのは荊州刺史だ。荊州の為にはなったんだから功で相殺されるだろう)


 そういう諦観の上に桓階は居た。


 零陵の中央、州治所の泉陵を占領していたのは賊徒、周朝の一味。包囲か、強襲か。孫堅はためらわなかった。本隊が城門に敵を引き付け、迂回した孫堅が先頭に立って城壁をよじ登った。墨子の力を持たない賊徒はひとたまりもなかった。


 韓當が牢に閉じ込められていた郡の役人達を解放した。


「このご恩、生涯忘れません」


 黄公覆という若い郡吏が涙ながらに感謝していた。だが孫堅は泉陵に長居はしなかった。零陵から桂陽への境界を占拠して平天将軍を自称していた觀鵠という賊を斬ると、孫堅は南の桂陽郡に突入した。桂陽から郭石の一味を撃破した。


 三郡から賊徒を一掃し、臨湘に凱旋してきた孫堅の元にやってきたのは意外な急報だった。


「宜春?」


 東に逃げた區星の残党が宜春県で乱暴狼籍を働いている、なんとかしろ!という宜春の県令からの苦情である。


 宜春県は長沙郡の東に隣接する豫章郡の西端にあり長沙との境に近い。問題はその豫章郡は楊州に属する事である。


「さすがにこれは!」


 桓階は必死に止めた。今度は州が違うのである。楊州刺史の一言で孫堅の首が飛ぶのである。もちろん孫堅は聞かなかった。


「俺は文だの徳だので太守になったわけじゃない。征伐の功のおかげで今がある。州境越えて攻め討って他所を助けて罪に問われたとしても、何を海内に恥じることがある?」


 そう言って平然と東へ軍を進めた。


 長沙兵は楊州の境を越え、宜春に到着した。戦闘にはならなかった。州境を越えて逃げる、という程度では孫堅の追及を逃れることができない。それを理解した賊が更に東に逃げだしたからである。


「お前達が不始末をして賊を追い込んできたのだ。解囲したからといって何の償いにもならんわ!刺史に申し上げ、厳罰を与えて頂く!」


 宜春の県令は助けられて尚ギャンギャンと喚いていた。孫堅の顔にあからさまに「面倒臭」という文字が書かれているようだった。


「斬っちゃうかな?」

「さすがにしないだろ?」


 韓當と程普の会話に桓階ははらはらが止まらなかった。


 県令は呉郡の名家、陸家の人間であった。同じ呉郡の人間である孫堅が斬れば、あとあと面倒な事になることは間違い無い。だが、孫堅がなにをどうするのか、桓階は予測できるとは思っていなかった。


 孫堅は剣を履き直すと言った。


「我らは賊を追いますので、これで」


 逃げた區星の残党を、まだ追おう、というのである。それはそれで桓階は困る。


「明府、あまり東に行くと補給が」


 州境にある宜春だから長沙から持たせた兵糧だけでなんとかできるのである。ここから東に行くなら輜重の編成が必要になる。孫堅は一瞬困った顔になったが、


「行けるとこまでは行ってみよう」


 その一言で決断は終わった。主簿の桓階は帰りの食事を心配しながら東へと向かう羽目になった。


 だが孫堅の東行はすぐに終わりとなった。


「楊州従事の朱君理と申します。ここからは我々が討伐いたします。御助力に感謝を」

 楊州刺史の派遣した軍勢に遭遇したのである。


***


「功曹がいなくなると寂しくなるな」


 別れの宴で孫堅はそう言って杯を干した。桓階は孫堅を丸め込み、自分を孝廉に推挙させることに成功したのである。今日は洛陽へ向かおうとする桓階の為の祝宴なのである。


 桓階がご機嫌だったのは酒のせいだけではない。


「俺はどうやら太守を続けるらしい。しばしのお別れだな」


 孫堅は區星らの討伐が終わるまでの暫定的な太守、との認識でやって来た。だが、征伐の功が認められ烏程侯の爵位まで拝領していた。いまさら太守を罷免されることはないだろう。


「実の所、遠征続きだったから、故郷でのんびりしたかったんだが……」


 孫堅は黄巾の乱よりこちら遠征続きで家族と会えていない。黄巾勢力が不穏な動きをする徐州下邳 から楊州の州治所の壽春に疎開させたからである。


「そうか、もう四年にもなるか……末っ子なんぞまだ腹の中だったから顔も見ちゃいねぇ」


 桓階は孫堅に親心があると知って意外だった。戦闘の事しか考えていないと思っていたからである。


「お呼びになっては如何です?」

「よせやい、ここは反乱の終わったばかりのところだぜ?」


 そういって孫堅は杯に酒を注ぎ直した。


「任期終わるまで我慢してから大手を振って帰るさ」


 そうはならなかった。孫堅が長沙で三年を過ごし終える前に、戦乱の時代がやってくる。


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