2 征西軍解体
「烏桓突騎が……来ない?」
遠征軍でその報告を最初に受けたのは副将の袁滂である。
「これは無能の誹りを受けてもしかたがあるまいな」
張溫が嘆息した。これは烏桓が脱走したことを指しているわけではない。
張溫が太尉に任じられてから一年経った。だがその征西軍は事実上何も活動していない。事実、先月涼州刺史の耿鄙が韓遂らに討たれた際も征西軍は動けなかった。
これは涼州侵攻の失敗により兵が大きく損耗していたからである。無傷の部隊は董卓の一隊のみ。しかも董卓は右扶風の守備を口実に指揮下を離れ、半ば独立勢力と化している。張溫の握る残存兵力では、事実上何もできないのである。それをなんとか改善する策が烏桓突騎の編入であった。だがこの征西軍再建計画が初手で躓いた事になる。それにより、この一年の無策を挽回する手段が無くなったのである。
覚悟の張溫の元へ追って詔が届いた。
「司隷校尉、か。いや、処罰すら覚悟しておった。温情じゃな」
何苗が滎陽賊の討伐の功で車騎将軍に除された。その結果空席となった司隷校尉を張溫に宛がう形で、太尉から穏便に更迭したのである。
「原因は監督の公孫某にあります。こちらが処罰される謂われはないと思いますが」
袁滂の指摘は正しいが、それを理由に波風を立てるわけにもいかない。薮蛇の可能性もある。張溫は小さくかぶりを振った。
「我々はどうなりますので?」
陶謙が問う。
「ここは董卓に任せ、洛陽に帰還する事になるな」
張溫は答えたが、陶謙の不機嫌な顔から聞きたいことはそれではないと知り、期待しているであろう答えを返す事にした。
「諸君らも都に戻りしかるべき官に就く。悪いようにはしない」
陶謙が鼻息でフン、と応えた。袁滂がその無礼を指摘する前に孫堅が話に割り込んだ。
「幽州から来る兵や武器を董卓に渡すんですかい?」
烏桓突騎と一緒に来る幽州の歩兵や鉄の武器は孫堅、陶謙らに配属される予定だった。烏桓突騎が来なくなっても、歩兵と武器は移動を続けている筈である。それを渡して董卓を強化してよいのか?孫堅はそう問うている。
「渡したくはないが……我々が私できるものではないぞ?」
「奴の部下にされる幽州の連中が可哀想でしょう?いずれ酷い目に遭う」
孫堅の危惧は皆にも納得できるものだった。征西軍の視点では、董卓の部隊は既に涼州蛮族の寄り合い所帯の様にしか見えないのだ。
張溫は袁滂に助けを求めた。
「では、武器と兵は一旦我々で受け取り、董卓に取りに来させましょう。そうすればせめて人足や役人くらいは幽州へ返してやれます」
「よかろう」
張溫は袁滂の策を採り、征西軍はのろのろと撤退の準備を開始した。




