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俺解釈三国志  作者: じる
第九話 涼州動乱(光和七年/184)
141/173

12 大乱再び(中平四年/186)

「はい、賊共は金城に留まっており、それ以外の州は何事もつつがなく治まっております」


 程球ていきゅうの報告に、涼州刺史の耿鄙こうひはいつものように頷いた。程球は内心ほくそ笑んだ。


(馬鹿で助かる)


 実際には金城は邊章韓遂に続いてあらたに王國が合衆将軍を名乗って独立。隴西は北宮伯玉、宋建も解決しておらず、北地先零羌の李文侯も健在。州内の交通は脅かされ治安は最悪という状況は全く解決できていない。

 新しく涼州刺史になった耿鄙は経歴の箔付けに来ただけの無能で、怠惰にも統治は治中の自分任せ。利にも疎いので涼州刺史という旨味のある立場を自分に譲るも同然になっている。


 実のところ程球が最初に行ったのは、こういった事に口うるさく介入してくる蓋勳というやっかいものを辞めさせる事であった。しかし蓋勳は当地に存在するだけで役所へ影響力があった。そこで都で蓋勳のよい評判を流させ、新しい官職である「討虜校尉」をわざわざ新設させ異民族問題の専門家として都に召喚させた。位打ちにはできなくとも、涼州から退去させるだけで自分には充分だった。


(あとは傅燮の奴だけなんだが……)


 程球は軍資を横領し軍を飢えさせ、畝を過大に数えて多く取った税から更に横取りし、法にかこつけて恣意で罰し、それを梃に脅して金を奪い、討伐と賞して州兵で無害で中立な羌族からも強奪した──漢陽の外で。

 さすがに傅燮の行政範囲でそれをする度胸は無かったのである。


(ま、太守は郡の外に出られないから、安心だが)


 同じ漢陽でも太守が居るのは郡治の冀県。刺史が居るのは州治である隴県。気を付けていれば会う機会は少ないのである。


 程球は安心して州を貪った。そして耿鄙の無能に安心しすぎたのである。


***


 耿鄙が突然それを言い出したのは年が中平四年に変った春の日である。


「六郡から兵を集めてくれ。そろそろ賊を退治しよう」


 程球は自分が耿鄙の性質を見誤っていた事を知った。


「だって賊共はおとなしく、州はつつがなく治まっているんだろう?相手は弱くてこちらは強いって事だ。それなのに何もしないなんて、刺史として恥ずかしいだろう?」


 口をぱくぱくしている程球の肩を耿鄙は叩いて言った。


「球よ。余は英雄になるぞ」


***


 程球は、それはもう目まぐるしく働いた。不都合な報告をしなかった事でやる気になってしまった耿鄙を止められなくなったからである。


 横領で貯えた私財で、兵糧を買った。武器を整えた。兵に補給もした。だが兵の視線は冷たかった。


 戦争準備を各郡に布告するやいなや傅燮が隴県に飛んで来た。じろり、と程球を睨んでから、耿鄙を諌めた。


「使君が州を統治しはじめてからまだ日も浅く、訓練も行き届いておりません。孔子曰く『教えざる人で戦うは、戦を捨てると同じ』とか。今、訓練の行き届いていない兵を率いても、大隴山のなんしょを越えるだけで十挙に十危が伴いましょう」


 傅燮の説得に程球はぶんぶんと首を縦に振る。


「聞きますに賊は大軍。必ず万人が心を一つにして来ましょう。邊章の兵に勇士多くそのきっさきは当たるに難い。こちらの兵は上下を知らず万一内部に変があれば悔やむとも及ばぬことになります。もし軍を御徳で養わないのであれば、まずは賞は明らかにし、罰は必ず与えてください。賊への寛容を梃にすれば必ず敵は我が方が怯えていると侮るでしょう。さすれば悪人同士で争い合い、彼らは離散していくはずです。しかる後に訓練の済んだ兵で討てば、功は座して待つだけです」


 自分の説得に我が意を得たりという顔になっている程球を、一瞬だけ不思議なものをみるような顔になってから傅燮は続けた。


「今万全の体勢でない以上、必ず禍いの危うきがあるでしょう。使君はこの方法を取られませんように」


 傅燮の説得が終わるや耿鄙は言った。


「恐ろしいなら兵だけ寄こせばよい。漢陽はここを守っておれ」


 ここに出兵は確定したのである。


 程球は更に忙しくなった。先鋒を命じられたのである。自分の命が掛かっている。全力で兵を増強することにした。怠っていた募兵も開始させた。

 だが戦さをするには将が足りない。普段は行かない市に出、片っ端から強そうな男に声を掛けた。


***


 その男は大きかった。身長は八尺を超え、見上げるのに程球は首が痛いと思う程だった。それだけではない。身幅は広大にして胸の厚みも尋常ではなかった。その恐ろしく太い右腕で、太い丸太を担いでいた。更に顔が違った。鼻柱は太く高く盛り上がり、漢人の相ではない。


「おい、そこの羌!」


 程球の声に、大男は丸太が周囲を傷つけないよう、慎重にそっとそっと降ろしてから答えた。


「自分は羌じゃないす。壽成じゅせいいいます」


 言葉もたどたどしかった。


「なかなか強そうじゃないか。ついて来い!」


 そういうとさっさと城内に入っていく。役人にこういう態度をされて逆らえる庶民は居ない。大男はおろおろと程球の後ろをついていく。


「お前は今日から兵を率いて賊と戦うのだ」


 前を歩く程球の命令に男は驚き、わめいた。


「自分はただの樵夫きこりでさぁ!そんな事とても、とても!」


 馬騰ばとう、字は壽成。丸太を切り出して運び、市で切り刻んで薪を売る事で糊口をしのいでいる男である。


「お前は顔が怖い。きりっと厳めしい顔をして黙って立ってろ。太鼓が聴こえたら前に出て、鉦が聴こえたら後ずされ。それ以上は期待しとらん」」


 程球は修兵場へ着くと、周囲に命令した。


「こいつの鎧を作ってやれ!」


 馬騰はますます驚いて叫んだ。


「自分は戻って薪を売らないと妻と子が食えないんです!帰してください!」


 程球は笑った。


官秩きゅうりょうはちゃんと呉れてやる。今日からここへ住め」


 馬騰は市場では温厚な青年として知られていた。が、兵としてみたら実に優秀だった。体が大きく顔が怖い。それが重い鉞を振り回してのしのしと向かってくるのである。試しに使った近郊の小規模の賊退治では、賊共は戦わぬ内に戦意を失い降伏した、そう程球は報告を受けた。

 程球は馬騰を軍司馬に昇格させ、自分の先鋒として切り込ませることに決めた。


 かくて中平四年三月。


 程球を先鋒に耿鄙の指揮する州軍が隴県から出陣した。


 隊列は西へ向かい、傅燮の治める冀県を通り過ぎた。傅燮は悼ましいものを見る目で隊を見送った。そして更に西へ。隴西郡に入った。隴西郡を北上すれば邊章、韓遂のいる金城郡にたどり着く。


「何事もなくここまで来れたな」


 程球はここまでの数日の旅でようやく緊張が解けて来た。誰一人妨害する賊も出ず、順調である。車の脇には屈強な馬騰が巨大な鉞を担いで護衛してくれている。


「羌よ、お前はこの辺の生まれだったな」

「自分は漢人す。先祖は名のある将軍って父に聞いたことあるす。なんだっけ?ふくはなんちゃらとか言ったっけ?確かに母は羌だけど……」


 程球は思わず吹き出した。


「伏波将軍がこんな田舎に子孫を残す筈がなかろうが!かの一族はいまも有名な儒者として知られておるわ」


 伏波将軍馬援は光武帝の御世の名将である。実際この隴西の地に居た事もある。だが、今馬援の一族として知られているのはかの大儒、馬融である。この田舎の樵夫あがりが子孫を名乗るとは……。


「はは、ははははは」


 程球が声をあげて笑ったので馬騰はしょんぼりとしょげかえった。


***


 李文侯が馬で駆けて来た。


「よう、ひさしぶりだな」


 並み足に戻しながら左手を挙げ、これも馬上の北宮伯玉と韓遂に挨拶する。允吾城外での二年振りの会合である。三人は馬を同じ方向に歩ませた。李文侯が左右を見回すと聞いた。


「邊章は?」


 邊章も、韓遂も、変名をひろめる為にあえて字でなく名で呼ばせている。


「病いでな。城内で伏せっている」


 韓遂の返答に、邊章を気遣うふうでなく、李文侯は話題を変えた。


「凄い数だな」


 城外の平原には恐ろしい数の漢人、異民族が集合していた。


「十万、と号することにした。それだけ程球への不満が多い、ということだ」


 程球の悪政に不満を持つ諸部族が助力を申し出ていた。それが二万。二万は北宮伯玉の私兵。二万は李文侯の率いる先零羌である。


「張溫の動静は聞いているか?」


 韓遂は李文侯に尋ねた。征西軍の中核である董卓が李文侯に通じているのは三人の間ではもはや秘密のうちには入っていなかった。


「こちらの動きを察知してはおらん様だ。そもそも耿鄙と呼応する気配すらない。俺達を鎮圧するのは涼州刺史の役目と思っている節がある」


 韓遂は作戦方針を確認した。


「程球と耿鄙はまぁ──ぶっ殺すとして」


 二人が頷いたので韓遂は続けて提案した。


「せっかく十万の兵が集まったんだ。その後はどうする?長安は無理としても漢陽までは攻め取りたい」

「程球殺したら俺は帰るぜ。放牧にいい季節なんだ」と北宮伯玉。


 思案を続ける李文侯に韓遂は答えを促す。李文侯はようやく答えた。


「あいつに手柄を立てさせるにはちと条件が足りねぇなぁ。今回は見送りかな」


 韓遂はくすりと笑った。


「同族食わせてまであの男を出世させなきゃならんのかね?」


 李文侯は悪びれもしなかった。


「ま、友は友だからな。こっちに利もあるし」

 

 次の瞬間、李文侯の腹に短戟が突き立った。


「お?」


 李文侯はきょとんと短戟を眺めた。視線は短戟を辿り、その先に居る韓遂と目が合った。


 韓遂は両足で馬の胴を強く挟んで体を固定し直し、片手でたずなを引いて馬を李文侯の側へ寄せた。


「がぁぁ!」


 李文侯の悲鳴が上がる。鎧ではなく、乗馬の楽ないつもの羌の服だった為、韓遂の短戟はずぶずぶとその腹にもぐりこんでいく。


「そんなのとつるんでるなら俺らを巻き込むなよ!」


 韓遂は馬から崩れ落ちる李文侯に吐き捨てた。


 実のところ、邊章はこの直前に死んでいた。漢朝を裏切ったことを気に病んでの衰弱死だった。


 視線の隅で北宮伯玉が部下達によって馬から引きずり下ろされ、首を斬られるのを見てから、周囲を埋める賊徒に吠えた。


「今日から俺がお前らの主人だ!文句が有るなら殺しに来い!いつだって構わんぞ!」


 周囲のどよめきの中で突然韓遂は気付いた。


(俺は今、誰の下にもついてねぇ。俺の上には誰も居ねぇ。俺は多分、国家てんしなんぞより自由だ!)


 突然、叫びだしたい気持ちに襲われ、韓遂は笑った。大声で、大声で笑った。十万の賊徒のまんなかで。


***


 耿鄙の軍勢は隴西郡を北上し、隴西郡の中央、郡治所である狄道てきどう県にたどり着いた。


 隴西郡の太守、李相如りそうじょに程球は命じた。


「使君の寝所を用意なさい。城内の最も良い場所を、です」

「城内は手狭でして、使君をお入れしても兵が泊まる場所がございませんが……」

「兵共は城外で野営させておけばいい。食糧の提供を」


 李相如は自分の家族を館から追い出し、自宅を明け渡して耿鄙に提供した。程球は耿鄙の房の前に陣取った。自分を通さない勝手な報告が耿鄙に届くのは困るからである。


「羌。その門から誰も通すなよ」


 馬騰はその警護に門前で寝ることを命じられた。


 翌朝。


 兵を連れた李相如が館にずかずかと入ってきた事で馬騰は起こされた。


「通してくれ。使君に面会したい」

「通すと程治中に怒られるんで」 


 押し問答となった。騒ぎに起きた程球がやってきて、ものものしい李相如の武装に気付いた。


「李隴西。何があった?」

「賊の大軍に城を包囲された。敵の数およそ十万」

「多いな……。なぜ気付かなかった?」


 李相如は無言だった。責任回避だろうと考えた程球は尋ねた。


「だがこちらにも負けないだけの軍勢は居る筈……籠城し長安へ救援を願おう」

「いや無理だ。多勢に無勢。あんたらは死ぬ」


 李相如の笑顔に程球は知った。


「裏切ったな!」


 州軍の大部分は城内に入れず、外に野営している。城内に入れた兵で言えば、李隴西の方が圧倒的に優勢。


「羌。絶対に門を通すな!」


 馬騰は圧倒的だった。


 重い鉞を振り回せば兵士はおびえ、門に近付けない。

 そして無限に膂力があるのでは?と思える程に鉞が回転し続ける。


 たった一人の防衛で李相如の手勢は自分の館を取り返せない。


(館ごと焼くか?いや延焼したら困る)


 三人だけの籠城は昼になっても続いていた。


 さすがに疲れの見える馬騰の前へ、一人の漢人がやってきた。


「まだやってたのかね?外はもう終わったよ」

「韓約!」


 程球が叫んだ。言わずと知られた西涼の有名人である。


「か、ん、す、い」


 韓遂はゆっくりと訂正してから、馬騰に相い対した。


「馬壽成殿ですな。お噂は予々《かねがね》」

「え?自分は田舎の樵夫だよ?」


 馬騰は素直に驚いた。あの西涼の有名人が自分の事を知っているとは。


「市で噂になる程の人物は頭に入れておくものです」


 そんなもんかな?と馬騰は思った。自分にはできそうもない。


 その時、程球はこの窮地をしのぐ方法を見付けた。賊の首魁が目の前に居て、その目の前に部下が鉞をぶら下げて立っている。


「羌!そいつは賞金首だぞ!千戸侯だぞ!殺せ!殺せ!」


 韓遂はわめく程球を無視し、馬騰に話し続けた。


「たとえ私があなたを知らないとしても、この辺の羌族は皆あなたの母を知っていますよ」


 馬騰の目がまんまるに開かれた。


 韓遂は大仰なしぐさで両手を広げてからゆっくり折り畳み、両のてのひらを自分に向けた。


「私は漢人で、でもこっちがわに居る」


 両てのひらを馬騰に向け、尋ねた。


「兄弟、あなたは?」


 馬騰はゆっくり考えてから答えた。


「自分も漢人で」


 鉞を両手で握り直した。


「そっちがわ、だな」


 くるりと程球の方に振り向いた。


***


 隴西太守李相如が反乱し涼州太守耿鄙、討ち死。全軍壊滅するも馬騰なる軍司馬が残兵を掌握し、そのまま反乱。そして十万の賊軍が漢陽めがけて進撃中。


 この報告は全涼州に衝撃を与えた。


 漢陽郡の誰もが恐怖し、そしてあきらめていた。郡に残った兵では十万の大軍に対抗できないのは明らかだったから。耿鄙の遠征があった為に兵も、食糧も、残されたものは少ないのだ。


 そして誰もが考えた。


(太守様をお逃ししないと!) 


 皆が傅燮にそれだけの恩義を感じており、そして傅燮は逃げたりせず死ぬまで戦うだろうと思っていたのである。


 賊軍は漢陽に侵入し、ついに傅燮の居る冀県を包囲した。皆の思っていた通り、傅燮は籠城を選択した。


 北から数千騎の胡が来襲した。城の北側を埋め尽くす数だった。


 攻撃に備えていた傅燮に、胡が声を掛けた。


「府君、お話がございます。お目通りをお願いします」


 城壁の上に傅燮は立った。


 それを見た数千の胡は、馬から降りて一斉に平服した。そして頭を地面に叩き付けはじめた。


 傅燮が唖然としていると、胡の一人が叫んだ。


「故郷へお帰り下さい!わたくし供が北地まで安全にお送りします!」


 故郷である北地郡の胡で、傅燮に恩を感じている連中であった。


 十三になる息子の傅幹ふかんが城壁の父の元へやってきた。


国家へいかは昏く乱れ、大人ちちうえを朝廷から追放しました。今、周囲は背き、兵は守るにも足りません。北地の羌はご恩に報いようと、父上が県令を辞め故郷に帰る事を望んでおります。まずは故郷へ戻り、そこで義徒を率い、有道の者を輔け、以て天下を清まし」

別成べっせい


 傅燮は息子を幼名で呼び遮った。


「人はいつか死ぬものだぞ。貴いのは節義を達成する事だが、節義を守るはそれに次ぐという。殷の紂王の横暴の時伯夷は周の粟を食わずに餓死したが、孔子はそれを賢なるかなと讃えた。今の朝廷は紂王ほどではないし、私の徳も伯夷には及ばない。世が乱れて志を通せなくなったとしても、禄を食んでおいて難を避けるなどできようか。私はここでしなければならないことをして死ぬのだ。お前には才智がある。勉みなさい勉みなさい。主簿の楊會ようかいがお前の程嬰ていえいになってくれるだろう」


 程嬰は我が子を犠牲にしてまで趙氏の子を守り抜いた春秋時代の食客である。傅幹は嗚咽でもう言葉を続けることはできなくなり、周囲で泣かぬ人はいなかった。


 しばらくして、包囲網に見知った顔がやって来た。元酒泉太守であった黄衍こうえんである。


「結果なんてもう判っておいででしょう?先例として上には覇王の行があり、下には伊尹呂尚の勲がある。天下はもう漢には戻らないのです。なぜ府君はこちらに属されないのです?」


 傅燮は怒りもあらわに叫んだ。


「太守だった身で賊の為に邪を説くか!」


 黄衍は、賊の一人、王國の依頼で降伏を勧告しに来たのである。

 

 傅燮は決意した。


「出撃する。開聞せよ」


 降伏などまっ平である。だからといって籠城を続ければ、最後は皆と共に城を枕に討ち死にする事になる。


 ──自分が死ねば節義は守れ、そして県城は降伏できるだろう。


 そう結論が出たからだ。


「「お供させてください」」


 何十人かの兵士が志願し、城門に整列した。


「やめておけ、これは私の節義を通すためだけの、自己満足に過ぎんぞ」

「府君と最期を共にする自己満足の機会をわたしどもにも賜わりたく」


 刀を抜いて門が開くのを待つ。


 ゆっくりと門扉が動き出すのを見ながら人生を振り返った。


(南宮括を慕った私だが、言葉を大事にしただろうか?)


 南宮括は口から出る言葉は慎重であれと自戒した人である。


(いや、言わないでいい事ばかり言っていたな)


 孔子は南宮括を「邦に道有れば廃れず、邦に道無くとも刑戮を免れる」と評した。それに比べ、自分は宦官を弾劾し、涼州放棄を止めさせ、降伏勧告を跳ね付けて、今部下に死地に向かわせようとしている。


(だが口から出た言葉に恥じない行いはしたぞ!)


 門が開いて視界が光に満ちた。


***


 十万の羌胡が、州軍を撃破し刺史を殺し、ついには漢陽を攻め落し太守を殺した。漢陽を攻めた賊軍はそこで解散したものの、王國が三輔に侵入し略奪を行った。


 この知らせに朝廷は、財政難で停滞させていた征西軍の再建を許可した。


 その再建の中で太尉張溫は、思い出した。皇甫嵩が烏桓突騎三千を幽州から招こうとしていた事を。


「烏桓突騎編成の要請を」


 それが別の大乱を呼ぶきっかけになるとも知らず。


(了)



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