5 到来
「我々は宦官の息の掛かった県令を誅するものである!突き出してもらおう」
県の城門に向かい、胡の騎兵はそう叫んだ。
しばらくして城門がゆっくりと開いた。
すき間から男の頭が突き出した。そしてそのまま門前へ転げ出た。
男の手は縄で後ろに縛られていた。捕縛され、門から蹴り出されたのだ。服装から県令なのは明らかだった。
県令は地元の人間ではなく、中央から派遣された役人である。漢の御法では自分の出身地の県令には成れないからだ。更に、彼らは宦官と癒着しており、横暴であり、吝嗇である。住民に愛される事の少ない存在である。
平時であれば県令は神の如き権力をもっているが、こういった状況では地元民の憎しみを一心に受ける事になり、結果、力を以て放逐された、という事になる。
「やれ」
北宮伯玉が手を挙げると、一騎が門前に走って行く。馬は倒れている県令の背を蹄で踏み抜いた。即死であろう。県城からは喚声さえ上がった。
北宮伯玉が挙げた手を前に倒す。
待機していた兵が県城を強襲する。役人と住人が対立し、責任者を欠いた県はあっさりと落ちた。
***
馬上の北宮伯玉が問う。
「……あいつ、本当に宦官の息の掛かった県令だったんか?」
「知らんよ」
略奪のはじまった県を眺めながら韓遂が答えた。
「しかし、大体どこの県令も宦官と繋がってるものだ」
反宦官。そういう名目があった方が城を落すのが楽になる。それだけのことでしかない。実際には単なる略奪である。だがその実績が、次々と羌族を追随させ軍勢を膨れ上がらせていた。
「官軍は本当に弱っているようだ。こりゃぁ長安まで行けそうだな」
韓遂たちの軍は既に三輔に侵入、当たるを幸いに県を強掠していた。
三輔は河南尹の西端の三郡をいう。西に右扶風。その隣に北に左馮翊、南に京兆尹がある。
京兆尹には古都長安が待っている。都としての整備はもはやされていないが、絹の道を通る東西貿易の一大拠点である。旨味はあった。
奪い、犯し、殺す。しゃぶり尽くしたら次の県へ。韓遂は自分がこの略奪生活に適応している事が不思議だった。
「いや、甘く見すぎだ。黄巾はもう滅んだんだ。官軍はこっちに向かってくる」
邊章がつぶやく。
(適応しきれてないな)
邊章が塞ぎ気味なのは知っている。多分、邊章は自分より常識人なんだろう。
「斥候から報告だ!官軍が来た!」
突然、北宮伯玉が叫んだ。
***
斥候の案内で馬を進めた北宮伯玉らは小高い丘に登った。韓遂、李文侯が後を追う。
右扶風の中央、美陽県。その県城の東側を南北に流れる雍水を堀として軍隊が駐屯している。
「──官軍だ」
「三万は超えてそうだぞ」
官軍の大集団が車を横倒しして並べ、逆茂木を回し、円形に陣取っていた。
「旗印が見えないな」
「風がないからな」
「なんであんな所に陣を?」
「判らん」
韓遂の視力では詳細には見えず、北宮伯玉と李文侯の会話には割り込めなかった。だが韓遂には土地勘があった。
官軍の陣の、その遥か先には長安がある。単に防衛なら長安に籠るのが最適だろう。だが、そうでない理由を韓遂は思い付いた。
「園陵だ。あそこを暴かれたら国家の面子が潰れる」
長安を出て渭水を渡った北の郊外。そこには西漢時代の皇帝達が埋葬された陵が並んでいる。通称園陵。渭水と雍水の合流するここに官軍がわざわざ出張っているならそれしかない。
その時である。一陣の風が荒野を通りすぎた。その風に翩翻とした旗を見て北宮伯玉が叫んだ。
「皇甫!?」
「最悪だ!」
涼州で安定皇甫家を知らないものはいない。皇甫嵩の黄巾相手の活躍は西へも鳴り響いていた。
だが李文侯が鬚を撫でながら言った。
「俺に委せろ」
満面の笑みを浮かべていた。翻る旗の中に「董」の一文字があったからである。




