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俺解釈三国志  作者: じる
第九話 涼州動乱(光和七年/184)
132/173

3 涼州刺史

 邊章と韓遂という二人が北宮伯玉の軍に加わった、というバカバカしい話に蓋勳はため息をついた。だが邊允と韓約の二人は西涼で知られた著名人である。この二人が羌族の力を背景に交渉すれば気の弱い県令であれば降伏してしまうかもしれない。それはこの阿陽への圧力が増す、という事を意味していた。

 既に何回かの羌族の攻撃を跳ね除けていた蓋勳だが、今後も耐え続けられる保証はない。正直に言うと、反乱は既に涼州に広がっていてもはや州の兵力でどうにかできる状況ではない。


 従事がさも嫌そうに木の板を運んで来た。


「左涼州の檄です」


 蓋勳が黙って読んでいると、従事が言った。


「赴くべきではありません」


 左昌はさすがに重い腰を上げ、軍を編成し西の冀県に移動していた。州治の隴に居たままでは怠慢を糾弾されてしまうからである。だが左昌とその兵は冀県で羌族に包囲されているという。檄の内容は蓋勳に対する救援要請であった。

 阿陽で死地に置かれ、何回も命掛けで羌族を撃退する羽目になった従事らは、今更左昌を助ける必要があるのか?そういう顔であった。


 蓋勳は怒気を放った。


「昔、齊の監軍莊賈が遅刻しただけで司馬穰苴は処刑した。今、従事きみはいにしえの監軍の話を重く見ないのか!」


 きちんと役目を果たさねば殺すぞ、と脅したのである。従事達は震え上がった。


 蓋勳が僅かな兵を連れて西に走った。阿陽を空にするわけにはいかないからである。


 数日後、冀県の城壁に蓋勳が立っていた。包囲を突破し、左昌の元へたどり着いたのである。


 城壁上から、蓋勳は包囲する羌族をとがめた。


「邊章とやらにつき従い、背叛の罪を犯すとはなにごとか!」


 城を囲む羌族は答えた。


「左使君が早くからあなたの言葉に従って兵を出して臨んでいれば我々も改めたかもしれない……だがもう遅い。罪は重く、いまさら降伏などできない」


 そういって包囲を解いて帰っていった。彼らとて阿陽で幾多の防衛戦を繰り広げた蓋勳の実力は知っているのだ。

 

***


 涼州の反乱は胡、羌の諸族によって勃発したが、官軍がそれを鎮圧できない、と知ると他の諸族も暴れ始めた。つまり、好き勝手に襲い、奪い、殺しはじめたのである。


 漢陽から武威へ向かう街道では、白昼堂々と弁髮の遊牧民、氐の一団が漢人の一行を虐殺していた。


「助けて!助けて!」


 押え込まれた漢人が泣きわめくが、氐は気にする様子もなく身ぐるみを剥いでゆく。そして下帯だけになった貧相な漢人の背中にのし掛かると容赦なく喉を斬り裂いた。


 既に数十人が殺され、血の海の中にいくつもの白い背中が浮かんでいた。周囲には噎せ返るような血の匂いが漂っている。

 最後に残された漢人は命乞いをしなかった。無言のまま裸にされ、無言のまま背中にのし掛かられた。首に小刀が突き付けらるその瞬間、漢人は口を開いた。


「自分は段公の外孫だ」


 のしかかった男の腕の力がびくりとして緩む。


 涼州三明の中でもっとも苛烈な戦をした段熲の名は涼州の異民族の間では恐怖とともに今も語られている。目の前の漢人は直系ではないにせよその孫だという。


(なんだコイツ?)

(死地にもこの落ち着き、本当かもしれん)


 氐達が母語でひそひそと話をする。


「私のことは丁重に埋めてくれ。さすれば我が家は君達を厚く贖うだろう」


(怖えぇよ)


 真偽の判らない話である。都合のよい嘘くさくもあるし、同時にまことなのかもという雰囲気も漢人は漂わせていた。


 段熲は酷吏の陽球に処刑され既にこの世にないが、その一族に手を出したらなんらかの報復があってもおかしくはない。

 漢人ひとりを殺して荷物を奪う代償が族滅なんぞだったら割に合わない。


(コイツはやめとこう)

(だな)


 喉元の小刀が引っ込むと、立ち上がった漢人は服を着ながら涼しげな顔で言った。


「道中物騒だ。姑臧まで送ってくれないか?」


 氐達が驚きに目を見合わせた。


 武威郡姑臧県といえばこの街道の行きつく先であり、段熲の故郷である。そしてこの漢人、実際には段熲とは縁もゆかりもない青年、賈詡 《かく》文和ぶんわの故郷でもあった。


***


 結局、左昌は軍資金の横領を罪に問われ涼州刺史を解任された。後任に送られて来たのが宋梟そうきょうである。


 宋梟は前任の左昌に比べ、圧倒的に清廉な士太夫であった。


「反乱が多すぎる。涼州の県と言う県が襲われ、奪われ、焼かれている。何故彼らはこうも反乱するのだ?」


 舐められている。それ以外にあるか?蓋勳は思ったが口にはしなかった。漢朝が東の黄巾賊の対応で手が回らないだろう、と軽く見られているのである。


「涼州は学のあるものがすくない。だから暴れるんだろうな」


 蓋勳は「はぁ!?」と声を荒げなかった自分に驚いた。


「孝経を写そう。そして配ろう。それを各自が家で学べば、彼らも義というものを理解するだろう」


 蓋勳は汚職に耽る刺史には慣れていたが、この手合いはどうしたらいいのか考え込む羽目になった。そんな馬鹿が許される状況ではない。止めねば。


「昔、太公望の封じられた齊では崔杼が主君を殺しました。伯禽が侯となった魯は慶父が簒奪しました。この二国は学が足りなかったのでしょうか?今、この難局に常識外れな事をしていては、怨みを州から買うだけでなく、朝廷での笑い者になりましょう。わたしにはわかりかねます」


 宋梟は聞かなかった。実際に孝経を取り寄せて配ったのである。もちろん事態は好転せず、宋梟は詰問の為に都に呼び戻された。


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