1 節義
「陳金城を救いにいくべきです」
そう蓋勳が詰め寄ったので涼州刺史の左昌は露骨に嫌な顔をした。
蓋勳、字は元固。敦煌郡廣至県の人である。
光和七年十月。東方で黄巾賊との死闘が繰り広げられている漢家に、西方でまた一つ頭痛の種が生まれていた。涼州全域で異民族の反乱が発生したのである。
涼州の東、北地郡では先零羌が、西の隴西郡では湟中義従胡が反乱を起こし、州は騒然としている。
隴西の湟中胡は北隣の金城郡に進出すると允悟の県城を囲んだ。允悟は金城郡の治所であり、金城郡の太守、陳懿が居る。允悟が包囲されてはや半月。允悟との連絡は途切れているがまだ落ちたとの報告は聞かない。陳金城が自力で包囲を解く事ができないなら、外から救援する必要がある。
「それだけの兵がすぐには用意できん」
洛陽からは反乱鎮圧の為の銭と備蓄食糧の使用が許可されており、左昌はそれを使って軍備を整え、反乱を鎮圧するよう命令を受けている。州治であるここ漢陽郡の隴県ではようやくゆるゆると軍が整えられつつあった。
「……使君は私財を投じてでも、軍の編成を急がせるべきです」
蓋勳は世間知らずではないし馬鹿でもない。左昌が軍費のうち数千万銭を懐に入れている事を知っている。その為に軍備が進まないことも。
左昌はますます嫌そうな顔になり、ついに命じた。
「蓋元固。君は阿陽で県兵の指揮を取りたまえ。先零羌の南下を防ぐのだ」
阿陽は漢陽郡の北端にあり、東の先零羌が隴県に襲撃するにあたり、必ず通る場所である。蓋勳は無言で礼をすると、阿陽に向けて出立した。
「死ねばいいのに」
左昌のつぶやきは蓋勳には聞こえなかったが、意図は通じていた。先零羌の大軍を僅かな県の兵力で押し留めるなどおよそ不可能である。左昌は邪魔な蓋勳を死地に送ったのである。




