9 出撃
「公偉殿!ご一緒させていただきますぞ!」
割れる様な大声である。朱儁は耳が痺れ、眉を一瞬顰めた。
振り向けば大男がドスドスと歩いて来る。北中郎将に任命された盧植である。かの馬融に師事した学者であり、蔡邕が行方不明になって以来、東観の主となっていた。ちっとも学者に見えないこの男が追い付くのを朱儁は待った。
「子幹殿……行き先は河東でよろしいですな?」
「当然!」
楊太尉の立てた戦略ではまずは三河で兵を徴募する事になっている。であれば一番遠い河東から始め、河内、河南尹と兵を増やして行くのが理に叶う。
道すがら朱儁が尋ねる。
「幕僚はもう選ばれましたか?」
朱儁は自身が勇猛果敢な武人である、などと過信していない。適材が適所に居ればいいと思っている。
盧植の答えは予想した通りだった。
「烏合の衆が相手よ。私自身で当たれば一蹴できよう」
「子幹殿……忠告致します。帝に気に入られている誰かを引き込みなさい。宦官共の讒言があってもなんとかできる準備をしておくことです。自分は張子並をつれて行きます。」
張超、字は子並。帝と同じ冀州河間の出であり、最新流行である草書の達人でもある。朱儁は万一の場合のとりなしをさせる為に彼を使う気でいた。
「一蹴で終わるゆえ讒言の届く暇など無いさ!」
朱儁は盧植の剛毅な所を好ましくは思ったが、同時に心配にも思った。
(こういった心配をしてしまうのは、俺が小心者だからだろうか?)
***
(……張郎中が?)
着々と洛陽を挙げた出撃準備が続く中で、郎中の張鈞が下獄死した、という噂を聞いた中常侍呂強は、驚きを隠すのが精いっぱいだった。
呂強が知る限り、郎中の張鈞は清廉な士太夫である。宦官の呂強には話しかけてこなかったが、宦官の害について憂いていた人物の筈。呂強はきな臭いものを感じた。
残念ながら呂強は張鈞が獄につながれた経緯を知らない。それを知る宦官の多くは呂強と対立していたので、調査は難航を極めた。たまたまその場に居た中黄門を見つけ出し、金で釣ってあらましが判るまで数日を要する羽目になった。
話は張鈞が上書した事から起きた。
その日、帝劉宏は上書を一読後、張讓ら宦官に示した。
「お前達、どう思う?」
宦官達は受け取ってそれを読んだ。
「──窺い思いますに、張角が兵乱を興し、それに随うものが万人に登りますその原因は、十常侍皆が父兄・子弟・婚親・賓客の多数を州郡に放ち、そこで財利を貪り百姓を侵掠するからであります。百姓はそれを告訴したくともする先が無い為に不軌を謀り盗賊となるのです。宜しく十常侍を斬ってその首を南郊に晒し、百姓への謝罪とする事を使者により天下に布告すれば、軍を出さなくとも禍いは自ずと消えましょう」
中常侍達はほんの一瞬、さらりと目を合わせると、全員で揃って宦官を示す長い冠を脱ぎ、頭頂を晒した。そして靴を脱いで裸足になり、帝に頓首した。これは罪を認めた、という姿勢である。張讓が涙ながらに申し上げた。
「私ども全員を洛陽獄に入れその罪を問うてください。また私供の私財を、ささやかながら全て国に献上いたします。なにとぞ軍費の足しにしていただきたく存じます……」
「もうよい、そのような事を申すな……」
帝劉宏は涙ぐみながら彼らを許した。そしてその怒りは張鈞に向いた。
「この真狂子めが!十常侍に一人の善人もいないとはよく言えたものだな!」
しばらくして張鈞は、廷尉と侍御史により告発された。
「張鈞は黄巾の信者であります。張角に対する出兵を阻止すべく、上書を繰り返しておりました」
そして張鈞は北寺獄へ送られ、生きては出て来なかったのである。
(張讓め。廷尉達を買収したな!)
廷尉や侍御史は太平道の信者を摘発する為に動いている。それを利用されるとは。
だが、結局の所、張讓の言い逃れを信じたのは帝であり、廷尉の嘘を信じたのも帝である。
(あの時の英邁な帝はどこに行かれたのだ?)
今まで意見を省みられる事もなかったくらいでは折れる事のなかった呂強の忠義に、暗い陰が差したのはこの瞬間からであった。
***
豫州の州治である沛国譙県は、周囲の激動の中、例外的に静かであった。数年前、沛相だった王吉が処刑に次ぐ処刑で反乱の芽を摘んだのが功を奏したのかもしれない。
現在の豫州刺史は太原の人、王允。字は子師である。
「帝から勅命が下った。出撃の準備を!」
うれしそうに尺一の竹簡を振りかざす王允に、従事の二人は困って顔を見合わせた。
「勅は州郡に兵器の修理と訓練を求めているが、出撃までは求めとらんぞ」
荀爽が答えた。荀爽、字は慈明。高名な儒者で、党錮を逃れて転々としていたが、党人の大赦により帰郷し、王允に辟されたばかりである。
「そもそも刺史にそこまでの兵権はありません」
と孔融。党錮の際張儉を匿って名を知られた孔子の子孫は三十二才の青年になっていた。
「刺史が州内の悪人ばらを成敗せずしてどうする!兵を集めて出撃するぞ!」
荀爽と孔融はまたも顔を見合わせた。二人して辞しようかと目と目で語る。どう考えても自分達は軍事向きではないからだ。
だが王允はその目線を許さなかった。二人の肩をがっちりと掴んで言った。
「武芸も士太夫の嗜みぞ」
若い頃から経伝の朗読と並んで朝夕の騎射の練習を欠かさなかった并州辺境の士太夫は二人を逃さなかった。
かつて、かの名儒郭泰に「王允は一日千里を走り、王佐の才がある」と評された男である。その行動力に逆らえる者はいなかった。
***
「操です」
その申し出に太尉府の主簿は、思わず聞き返した。
「はぁ?」
曹操は繰り返した。
「ですから自分です。勅に『戦陣に明るい者』とありました」
「はぁ……」
主簿は首を傾げて目の前の人物をもう一度眺めた。青年は満面に自信を湛え、左手でとんっと胸を叩いてから言葉を続けた。
「それが自分です」
主簿が曹操の後ろを指して言った。
「……お帰りはあちらです」
主簿の指示した方から太尉府を出た曹操は腕組みをして空を見上げた。
(門前払い、か)
勅の内容を聞いてすぐ、謙譲の心などかなぐり捨てて自分を売り込みに来たのだが、結果はこうである。
(橋公祖様がご存命であれば、推挙してもらえたんだろうな……)
そう思ってしまった事を振り捨てる様に首を振る。人の伝手を頼みに世を渡る期待なんぞ男ではない。
(せっかくの風雲なのに、雲を踏む事もできぬ、か)
同じ議郎の盧植が北中郎将として、節まで与えられ、乱の首謀者を討ちに冀州へ出撃するのである。
(──俺にだって出来るのにな)
なんの実績もないにも関わらず、無闇な自信が曹操を突き動かしていた。
***
草原は青々と広がり、空は広く澄みわたり、一見天下泰平の風を吹かしていた。だがその中を、風雲を背負って馬で駆ける男が居た。
長身である。大男である。身長八尺の威丈夫である。
男は傅燮、字は南容。涼州北地郡の治所、靈州県の出で、孝廉に挙げてくれた郡将が亡くなるや官を捨てて喪に服した人である。
人も通わぬ街道沿いに、土煙を蹴立てて傅燮が馬を駆る。
傅燮が目指す先には、彼が立てるよりも濃い砂煙があった。中原と違う、目の細かい、しかしもうもうとした砂煙である。
当然その砂煙の下には騎馬の一隊がこちらに向かい進んで来ていた。
声の届く距離に近付くやいなや傅燮が叫んだ。
「中郎将!二つ先の駅で替え馬の手配ができました」
馬群の先頭を行くのは左中郎将に除された皇甫嵩、その人である。傅燮は故郷に雌伏しているところを、北地太守の皇甫嵩に見出されたのである。
皇甫嵩は頷くと、馬の速度を上げた。今乗っている馬を使い潰してよくなったからである。傅燮も馬首を返し、皇甫嵩らをやり過ごしてから追随した。
北地から洛陽に向かうには、まず一旦南下し、涼州から長安に入る街道を行くものだ。
だが皇甫嵩らの一行は、涼州から東進し、并州を通って最短距離で裏口から河東郡に到達する道を走っていた。并州もこの辺りになると田舎も田舎で、匈奴も住み着いている場所である。だが、彼ら一行には匈奴ごときを恐れる者は居なかった。
「一刻も早く河東に入って募兵をはじめねばならん」
皇甫嵩の宣言に、傅燮は応じた。
「先に洛陽へ入り、まず帝より印綬と節を頂くべきでは?」
「時間が惜しい。どうせ河南尹でも募兵するのだ。その時に謝罪しよう」
しばらく馬首を揃えて走ってから、傅燮が言った。
「こたびの件、やはり無用の戦です。宦官共を斬り殺せば民の不満は解消し、賊は力を失いましょう。先に洛陽に参上し、それを言上すべきです」
傅燮は持論を述べた。噴懣やる方無い、という表情で。皇甫嵩は微笑して傅燮を窘めた。
「南容殿。うかつな言葉を慎む事だ」
傅燮は赤面し、それ以上反論しなかった。
傅燮の字は元々は幼起と言った。自分で南容に変えたのである。南容を尊敬しての事である。
南容とは孔子の門人である南宮括、字は子容の略である。南宮括は詩にある「白珪の瑕は磨き直せるが、言葉の瑕はそうはいかない」という句を三回繰り返し読んだ。つまり南容は言葉を大切にする事で尊敬された人物である。
(義真殿の同意は得られなかったか……)
だが傅燮は折れたわけではない。
(ちゃんと功績を挙げたら、俺自身が……)
***
「ぐぅっ!!」
馬元義は呻いた。脛に突き立てられた太い青銅の釘が腓にまで貫通したからである。刑吏が三人がかりで太釘を打ち込んでいた。
「がぁぁぁっ!!」
痛みに耐えようと噛みしめた馬元義の奥歯が砕ける。
刑吏はすまなさそうに詫びた。
「手足の骨と骨の間に釘を通すのが規則でね。縄で括っただけだと手首と足首がちぎれるだけで車裂きにならんのだ。だから後三回、ちょっと痛いよ」
馬元義にとって激痛の処置が淡々と続く。
(俺の何が間違っていたのか?)
激痛から意識を逸らすため、馬元義は必死に思索を繰り返す。
馬元義はその潜伏先──洛陽市街の道観──で急襲を受け、身柄を拘束された。憎らしい顔をした宦官から受けた拷問には耐え切ったが、途中で意識が途絶え、気が付けば刑場である。
馬元義は決起自体が失敗した事を既に悟っていた。車裂き、などという見せ物めいた処刑を楽しめる程、洛陽は平和だ、ということだからだ。
彼はようやくその答えを見付けた。
(俺の信心が足りなかったんだ)
敬愛する大賢良師様の采配を疑ってしまった。これはその罰なのだろう。
そう思った瞬間、馬元義は叫んだ。
「大賢良師様、どうかそのお力をお貸しください!」
痛みが紛れた。これも大賢良師様の力かも知れない。
台座に首と胴を縛り付けられ、仰向けの状態で馬元義は運ばれる。ありがたい事に手足の感覚は既にない。
馬元義の頭は固定され、ほとんど空しか見えないが、視界の縁に映るいろいろからかろうじて状況が把握できた。
今居るのは洛陽の──東西南北のどれかは判らなかったが──市場の前の広場である。周囲を観客がぐるりと囲んでいた。他人の死を楽しみに来たのだろう。もしかする仲間が助けに来てくれているのかもしれないが、視界の縁に映る人物はぼんやりしていて人相はわからない。
人垣にすき間があけられ、車が待機している。車からは太い縄がうねうねと伸び、地面に畳んで置かれている。刑吏がその端を持って走って来た。縄を持った刑吏が四方向からやってきて周囲を囲む。空が見えなくなる。刑吏達がその場にしゃがみ、縄を馬元義に打ちつけられた釘に結び、更に手足にぐるぐると巻き付ける。
「ぐぉおっ」
四肢を縛る縄がきりきりと引き絞られ、刺さった釘の激痛を新しくする。
(大賢良師様を信じよう。あの方の力がきっと俺を助けてくれる)
刑吏がなにやら叫んでいるが何を言っているかわからない。自分が痛みの余り絶叫し続けているからだ。どうせ自分の罪状だろう。「大逆」そう聞こえた気がする。最後に、刑吏が片手を挙げた。
車が走り出すのは見えなかったが、振動と音でそれが知れた。ひゅるひゅると鳴る音は畳まれた縄が引き出される音。四方に走り出した車が加速し、縄が一直線に伸びた時。
(大賢良師様が俺を助けてくれないとしたら、それは)
全身の衝撃を最後に、馬元義の思索は途切れた。
これを皮切りに、洛陽で摘発された太平道の信者が次々に処刑されていった。その数はすぐに千を超えた。




