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俺解釈三国志  作者: じる
第八話 歳在甲子(光和七年/184)
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5 上書(光和七年三月)

 老宦官が宮殿の廊下を走っていた。


 前傾姿勢で、高い冠が落ちないよう右手で押え、裾から脛を丸出しにして、刀をガチャガチャ言わせながら、あえぎあえぎも、宮殿の出口へ向かい疾走していた。


 呂強、字は漢盛。中常侍である。宦官の中では清忠として知られている。つまり、帝に厳しいことしか言わない人物である。


 三年ほど前、曹節や張讓らがおべっかを繰り返した末に封爵される際、併せて呂強も封爵されそうになった。呂強がした事は固辞とお説教であった。


「曹節らは宦官で帝をお助けする力もなく、人品は卑賎であり、讒言と諂いで主に媚び、侫邪を以て寵を求め、毒を人物に放ち、忠良を嫉妬し、秦の趙高の禍いをもたらしているのに未だ車裂きの誅を受けてもおらず、朝廷の明を覆い、徒党を組んで私欲を満たすものです」


 私腹を肥す宦官達に耳の痛いことを言っているのである。当然、蛇蝎の如く嫌われている。

 だがその批判の時、ついでに「後宮に女が多すぎて金が掛かるからやめろ」だの「故郷を懐かしんで河間国解瀆に館を建てさせるのはやめろ」だの、帝の耳が痛くなるようなことも言ってしまった。結果、帝からも嫌われていた。そう思っていた。


 それが。


(主上が私をお呼びとは!)


 わざわざ名指しで呼び出されたのである。使用人に求められる小走りを超えた全力疾走をしてしまっても仕方ないではないか。


 崇徳殿に入った呂強は、殿中が人払いされていることに気付いた。


(何事?)


 無人の廊下を通り抜け、帝の御座に近付く。


 殿上に座する主上の側で、法服を着た士太夫がこちらを見ていた。明らかに二人は自分を待っている体である。


 陛の下で呂強は平伏した。驚いた事に、呂強が長々と挨拶を始める前に帝から声が掛かった。


「強、挨拶はよい。時間が惜しい。立て。そして近う寄れ」


 呂強がおそるおそる近寄ると、帝は脇の人物に話を振った。


「太尉。説明を」


 なんと太尉の楊賜である。帝、三公と膝を突き合わせて話すなど想像もしていなかった呂強だが、楊賜の顔に厳しいものを感じ、姿勢を正した。


「廣宗県令の唐周が、県を離れ、私の所に上書を届けに来ました」


 聞けば恐ろしい話だった。数日のうちに、洛陽に潜んだ太平道の信者が洛陽宮と市街で反乱を起こす。さらに洛陽外の三州でも太平道の信者が反乱を起こし、万余の軍勢で司隷に攻め昇ろう、というのである。


「なぜわたくしごときにこの話を?」


 呂強はおそれおおくも、問い返さずにはいられなかった。


「洛陽内外の誰が敵か判らん。だがお前が忠であることだけは確実だからな」


 帝、劉宏の答えに、呂強は目が潤んで前が見えなくなりそうなのを、鼻をすすってかろうじて耐えた。


 洛陽後宮では中常侍の封諝、徐奉が反乱に荷担するらしい。彼らをどうやって捕り押えるかが問題だった。太平道の信者でない者を選ぶ必要がある。


 呂強は淀みなく答えた。


「それでしたら鉤盾令の周斌しゅうひんがよろしいかと。母を太平道の符術で喪って以来、彼らを深く怨んでおります」


 鉤盾令は洛陽の池苑の管理者である。それが洛陽内外の太平道を摘発するにあたっては司隷校尉を超える権限が与えられることになった。異例の事態である。


 楊賜が付け加える。


「三府の掾属のうち、太平道がほとんど広まっていない并涼二州の者を周斌の部下として付けましょう」

「賜よ、周斌が馬元義とやらを捕まえれば、それで終わるのか?」

「洛陽内外の太平道の信者を全て捕らえる必要があります。また、教祖である張角も捕縛する必要があります」

「張角は死んだ、そう上書にはあったが?」

「唐周の発言の全てを鵜呑みにはできません。また、太平道を壊滅させるには張角を頂点とした組織として連座させるのがよろしかろうかと存じます」


 ふむ。


 帝、劉宏は少し考えてから言った。


「洛陽内外の信者は周斌の手で足りるか?」

「いえ。潜伏している総数が判りません。馬元義が居なくとも暴発すれば都は大乱となるでしょう。周斌とその部下が太平道の信者を洗いだし、捕縛するには時間が必要かと」

「朕は大乱は望まぬ。なにかよい考えはないか?」


 帝は実に英邁であられる。この国難に、楊太尉の力を借り、忠と信を軸に切りぬけようとされておられる。


 帝劉宏が、後宮に市場を再現し胡服を着て宴会をしたのも、犬に冠と帯をさせ綬を下げさせたのも、馬車を自分で操り走り回ったのもついこの間の事である。呂強はこの帝は暗愚なのかも、という疑いを捨てきれないでいた。帝劉宏の真摯な対応に、呂強の涙腺は決壊寸前だった。


 楊賜は力強く答えた。


「河南尹のお力を借りようと思います」


 河南尹は現在、何皇后の兄である何進である。


「あの男にそんな力があるのか?」


 劉宏は疑問を呈した。士太夫ですらない元肉屋で、実績らしい実績もない男である。


「力量としては何ら。しかしそれが良いのです。河南尹は外戚であられます。それ自体が力なのです」


 楊賜はにっこりと笑った。


 劉宏は楊賜の献策に従い、河南尹の何進を呼び付け大将軍に任じた。


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