7 官を売る
「あなたが程中常侍ね……いえ、程大人って呼んだほうがいいかしら?」
永樂宮。帝の母、董太后の住う宮である。董太后にわざわざ呼びつけられ、程璜は平伏したまま、用件が切り出されるのを待った。
帝、劉宏は実母の董太后を故郷から呼び付けると竇太后の住んでいた長樂宮ではなく、南宮嘉徳殿に住わせた。
董太后を贈られた時、嘉徳殿は永樂宮と名を変えられた。通例通りの長樂宮でないのは劉宏の父、董太后の夫である孝仁皇劉萇の諱を避ける為である。
(永樂宮に入れてしまうのも善し悪しだな)
庶民であれば皇太后に対面する事もかなわなかったろうに。
そんな感慨は、続いて皇太后の口からすべりでてきた言葉に吹き飛んだ。
「あなた、なんでも官爵を商いの種にしているそうね……」
程璜は、聞いた瞬間、床に頭を叩きつけはじめた。謝罪を示そうとしながら、心は残念さでいっぱいだった。義息の陽球が尚書令となり、これからは偽勅のし放題。この商売はさらなる躍進が約束されていた。打ちつける額の痛みより、官爵の商いを諦める方が痛かった。
「叩頭をおやめ。話ができないわ。妾が知りたいのは、その商いのやり方と、その相場の作り方」
程璜は、床に叩きつけていた頭を止めた。額はじんじんと熱をもっていた。
***
母親の自慢げな声に、皇帝劉宏は愛想笑いで応じた。
母の元を退出した後、劉宏は博士の李儒を呼び出させた。
「官爵を売って国庫の費えにする、という皇太后陛下のご意向。意味はあるか?」
今回皇太后が息子の為に考えた売官対象は、関内侯、虎賁、羽林。
「どれも希望は多うございましょう。国庫は満たされるかと」
李儒は理念ばかりの儒者の中にあって、意外に計数に強く、大司農府から頭角を現して来た男である。だが、劉宏は知っている。李儒は聞いた事には答えるが、気をきかさないので大事なことを言わない事がある。聞き方に工夫がいるのだ。だから重ねて聞いた。
「将来的な懸念はあるか?」
「関内侯に長生きされると赤字がかさみます。また虎賁、羽林は脆弱化しましょう」
関内侯は一代限りの名誉称号である。領地は持たないが毎年金銭が授与される。将来的に関内侯に支給される金額が関内侯の売価を超える可能性がある。
また、虎賁、羽林は帝をお護りする名誉在る武官だが、金で地位を買ったものが強いとは限らない。定数上世襲や西涼からの選抜が割りを食う事になるので、兵力として脆弱になる可能性があった。
「当面は問題ないのだな」
「はい」
「では尚書台に回してよろしい……母上が考えてくれた事だ」
天下に号令する、という事に関し、母が面白さを感じているというのは良く判る。自分も天下に号令するのは楽しいからだ。
劉宏は母の政治関与を否定的には捉えていない。多少難のある政策でも、そのまま通すのが親孝行だと思っている。
(代々の皇帝が皆ご立派なわけでもないし)
愚かさも皇帝の特権である。……だから、孫に手を掛けているであろう母の事も許している。怖いのだろう。自分の死後に権力を失うのが。
鴻都門の傍らにある西邸が売買の場として開放された。多くの金持ちが列を成し、結果国庫は銭に満ちた。




