6 廃后(光和元年/178)
嫌らしい顔が、嫌らしい口調で、嫌な事を言っている。
宋皇后はうんざり顔で王甫の告発を聞き終えた。
「つまり、私が嫉妬のあまり左道呪詛とやらを使って帝と貴人達を呪った、と?」
王甫がしたり顔で頷く。
「帝はそんなの信じたの?あ、いいわ、信じたから来たのよね」
「はい。貴方を皇后位から廃せよ、との詔でございます」
はぁーー。
大きなため息をついた。
「八年もほったらかしてこれ?」
吐き捨ててから王甫を睨んで告げる。
「良かったわね、王甫。これでもう怯える必要はないわよ」
七年前。今上が即位して間もない頃の話である。先の帝、桓帝には弟が居た。渤海王劉悝である。普通に考えれば帝を継ぐのは彼であったろう。だが、桓帝の妻竇太后は彼ではなく今上──解瀆亭侯の少年を選んだ。
陳竇の変と党錮で不安定な劉宏政権にとって渤海王は危険な存在であった。立て直しに奔走する曹節は彼を危険視した。また、王甫は渤海王が約束の賄賂を踏み倒した事に激怒していた。
二人は渤海王に謀反の意ありと誣告した。結果渤海王は自殺し、妃妾が十一人、子女が七十人、妓女が二十四人殺された。その中に宋皇后の伯母がいたのである。
それ以後、王甫はいつも宋皇后からの復讐に怯えていたのである。
(そんな事するわけないのに)
今上は私に何の関心もない。あったら七年前に伯母を特赦してくれていただろう。
今更皇后を廃された原因も想像がついた。
(あの子か……他の誰かの子が皇太子になれるだけ成長したのかな?)
自分は廃され、ここで死ぬのだろう。喪が開けた頃、新しい皇后が立つのだろう。あの子ならいいな。そう思った。
「じゃぁ私、先例にならって暴室に入るわ。それでいい?」
暴室。先蚕礼で育てた蚕から取った糸を漂白の為に曝す為の場所である。普段使わない場所のため、過去皇后を幽閉するのに使われていた。
宋廃后は自分の足で暴室に入り、幽閉される事を選んだ。
彼女は独り、曝し作業の時に座る枰に正座するとそっと目を閉じた。
九月、初冬のひんやりした暴室は、長く人が住む様にはできていない。だが彼女はうっすらと笑みを浮かべていた。
ずっと望んでいた通り、皇后の座から降りる事ができた。……八年も放置されて、やっと。
(でも案外悔しいな)
それが素直な感想だった。
間もなく彼女は世を去った。既に廃されていた彼女は大葬の対象にはならなかった。縁者も皆、誅されていたので遺体を引き取る者もいなかった。哀れんだ宦官達が金を持ち寄り、彼女を葬ってやった。




