88、駄々をこね、供を散々困らせる三蔵法師
この回の三蔵法師の言葉は、すべて棒読み口調です。
孫悟空、猪八戒の演技力で、何とかそれっぽく見せています。
真っ暗な林の中で、男達が大声で会話をし始める。
「はっかいー!わたしは、もうつかれたー!もういっぽもあるきたくないよー!」
「仕方ないですねぇ。それならばぁ、ここの林の中で休みましょうぅ」
「ごくうー!わたしは、よるのけものがこわいー!はやしのはのおともいやだー!くらいのもいやだー!ねているのをみられるのもいやだー!よぞらがみえないようにしておくれー!だれもわたしのそばにちかづけないようにしておくれー!だれのこえも、わたしにきこえないようにしておくれー!」
「仕方ないですね。それでは3人の化生の供達が、お師匠さんのために結界でも作りましょう」
「悟空の兄貴ぃ。そんなことしたらぁ、天界と地上界と海中界に内緒の密談でもしてるのかとぉ、疑われちまわないですかぁー?俺たちはぁ、三蔵法師様のぉ怖がるのをぉ安心させるためだけにぃ、結界を作るのにぃ、変な勘ぐりをされないですかぁ?」
「大丈夫だよ、猪八戒。俺達は今日、あちこちかけずりまくってクタクタだ!旅で会った沙胡蝶は体を壊して、ここで休んでいるし、子ども一人をここに置いておくのは心配だ。そりゃ、いつもはもっと見通しが良い場所で寝ているが、今日は違う。人間というのは、怖がりなんだ。お師匠さんも、こう言っているし、今日は沙胡蝶とお師匠さんを安心させるためだけに結界を作ろう。何、俺達は、天界の釈迦如来の命で動いてるんだ。例え、三界の重鎮達が俺達を遠見の鏡で観察してようが、俺達は謀反を働こうと企むために結界を作るんじゃないんだから堂々としてろ」
「うわぁ、遠見の鏡で観察してるんですかぁ?それって、さっきの沙胡蝶の父親みたいで、ストーカーっぽくないですかぁ?お偉方が揃いも揃ってストーカーっぽいってドン引きます」
「ごくうー!はっかいー!もうまちくたびれたよ-」
「わかりましたよ、三蔵法師様!あなたを安心させるためだけに結界を作るのであって、三界に何も思うことはないって、三界の重鎮達が疑ったら、ちゃんと説明して下さいよ!」
「そんなしんぱいはいらないだろう。だって、こうきなかたがたが、のぞきなどしないだろうから」
「そうですねぇ。そんなストーカーぽいことをしておいて、後でこうだったろーと我々を責めるわけないですよねぇー」
「そうだな、下手な勘ぐりをして悪かった。なら、お師匠さんの望む結界を作ることにしましょう」
この三文芝居のような玄奘達の会話は、ある者達への牽制の意味が込められている。それは釈迦如来の話を聞いて、三蔵法師一行の動向を時々面白おかしく眺めて楽しむ、高見の見物の三界の高貴な身分の誰か達に対しての牽制であった。そして今、この場に限り、天は三蔵一行に味方をしたようだ。
天界で彼ら一行を見て、楽しむはずだった誰か達は、500年前に行方不明になった春香天女の真実に驚き、慌てて詳細を詳しく調べて、それによっては改めて海の王を処罰せねばならないと、天界中をひっくりかえすような大騒ぎになって走り回っていたので、誰も三蔵一行のことをゆっくり見ることができなくなっていた。
また地上界の誰か達は、確かに今日は三蔵一行は、流砂河から海や芭蕉洞や……水簾洞の中だけは、斉天大聖孫悟空の結界で見えなかったが……歓楽街などと慌ただしくあちこち行っているのを、ずっと目で追いかけて疲れたので、もうすでに眠りについていた。
そして海中界の3つの海の誰か達は、半年以上も前にやっと帰国してくれた、三海を統べる知力も魔力も兼ね備えた蛸族の姫に、三海海神族の長になるように説得するのに忙しかったのだ。今朝、誰かは分からないが、雲に乗って現れた化生の来訪後から、姫は急に機嫌が悪くなり、黒い怒りとともに、魔力が急上昇していく姫の機嫌を戻そうと海神族になれば、遠見の鏡が覗けるようになって面白いですよと姫に見せていた。すると、自分達はあまり興味がない、人間の僧の一行が映った。そこに出てきた、四海竜王の出来損ないと呼ばれている男が孫悟空によって、己の子を妾にして、春香族の香りがする子どもを作ろうとしていたという謀略を暴かれている様子が音声バッチリで鮮明に映像が映っていた。これを見た蛸族の姫は、さらに機嫌が悪くなり、黒い怒りをあふれさせ、生えそろった足の力をフルに使って、大きなオオシャコ貝を蹴飛ばした。機嫌の悪い姫をこのままにしておくと三海が危ないので、遠見の鏡は瞬く間に布をグルグルと巻かれた。
残りの4つの海でも、悠長に鏡など見ていられなかった。東海竜王が幽体の海の王を連れて帰ってきたら、海の国の国民達は怒ったままだし、二海竜王達も腕組みして彼らを待っていた。そこへ竜眼を抜き取ったままの海の王の体の上に、遙か彼方から飛来してきた大きなオオシャコ貝によって下敷きになってしまった。これでは幽体を元の体に戻せないと焦る前に、オオシャコ貝は海の王の幽体と、大きな貝に潰されて、五臓六腑どころか、全ての臓器、骨、脳髄にいたるまで損壊してしまっていた肉体も全て飲み込んでしまった。
『二千年たったら、戻してあげる』と、どこからか女性の声が聞こえてきて、プッ!とオオシャコ貝が海の王の2枚目の逆鱗だけを吐き出すと、オオシャコ貝は、またどこかに飛び立って行ってしまった。オオシャコ貝の行方は、その後、誰にもわからなかった。ずいぶん後になってから海亀族の長が、そう言えばオオシャコ貝が飛んでいった方角には、世界の底と呼ばれる深い海底があったと言い出したが、誰もそれを確かめて見に行こうとはしなかった。ちなみに、ずっとずっと未来の、後の世の人間達によってその海底は、世界で一番深い海底とわかり、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵と名付けられている。
そして釈迦如来の話を聞いて、三蔵法師一行を面白おかしく時々眺めて楽しむ、彼らの視線がないのを第六感で確認した孫悟空は、天界と地上界と海中界という、三つの世界に対しての防音と目隠しと消臭をするための結界を林の中で展開し出した。
本当の報告を仲間にするために。
この三文芝居中、沙悟浄は、あまりの三蔵法師の棒読み口調に、唖然としておりました。遠い海から半年以上振りに海の王に黒い怒りが沸き起こっていた、例のあの彼女は、300年でも生ぬるいと、お仕置きを追加したようです。




