87、大きな真珠貝
檜と楡がいなくなり、辺りはさらに薄暗く傍にいる者の顔でさえわかりにくくなったころ、その林の中には玄奘と孫悟空と猪八戒と沙悟浄、それにグッタリしている様子の沙胡蝶だけが残っていた。
「沙胡蝶殿、拙者が負ぶって差し上げます上、もうしばらく辛抱して下され」
沙悟浄が孫悟空の腕の中でぐったりしている沙胡蝶にそう声をかけると、それまで辛そうだった沙胡蝶がムクッ!と起き上がってきた。
「え!?」
玄奘達が驚く中、ボンッ!と軽い音を立てて、沙胡蝶の姿は消えてしまった。
「あ、これ俺の分身。本物は、あっち」
ただ一人、驚かなかった孫悟空は平然とそう言った後、林の中の真珠貝を指し示した。
「沙胡蝶の調査をしたおかげで、沙胡蝶の言いそうな言葉を言えたので、誰にもばれなくてよかった!」
「○△□☆×~!!」
驚きすぎて声にならない叫びが起こった。沙胡蝶だと思っていた者が、孫悟空の分身が変化していたモノだとわかった皆は孫悟空を責めた。
「仕方ないだろう!沙胡蝶が乗り物酔いで気分を悪くしたのは本当なんだから!」
孫悟空は牛魔王のすぐ後を追っていたので、その様子を最初から見て知っていた。牛魔王が我に返って沙胡蝶を地に落とし、体の点検をした後、牛魔王は海の王に憑依されてしまった。沙胡蝶は乗り物酔いを起こしていて動けない。沙胡蝶の頭に乗せられた真珠は、最凶の敵の気配を察知した途端、光ると同時に大きな真珠貝に変化すると、沙胡蝶を自分の体内に取り込み保護したのだ。
こんなに大きな真珠貝だというのに、海の魔女が強大だからか、それとも中にいる沙胡蝶自身が、名付けの呪いの効力が聞かない体だからか、おかげで海の王も東海竜王も孫悟空が言うまで、その気配に気づくことが一切なかったのである。その真珠貝は、さっき孫悟空が傍に来ても殻を閉じたままだった。ピクリともしない。絶対にあの男に会わせるつもりはないと、無言のまま主張をしてくるようだった。
そこで孫悟空は、この場で真珠の……海の魔女の憂いを取り除いてやろうと思い、自分の分身を一体作ると、それに変化の術を掛けて沙胡蝶そっくりの姿にして、一芝居を打ったということであった。真珠を頭から外した姿で現れたのは、彼らに真珠を外しても、沙胡蝶はこのままの姿なのだと印象づけるためであった。
「例え血を分けた親子でも、会わない方がお互いのためになることもある。親が物言わぬ石だった俺がいうのもなんだけど、長く生きていて色んな生き物達を見てきたからこそ、わかることもあるのさ。だから俺はこれからもずっと沙胡蝶にあの男は近づけさせないって決めたんだ」
孫悟空は林の中の大きな真珠貝を見上げてそう言った。それから視線を自分の師と弟分に移した後、玄奘と八戒にある合図を送った。この合図は、誰にも聞かれたくない話をするときの合図と、彼らの中で決めていた合図だった。三蔵一行の行動は三世界の貴人達にとっては、娯楽と同じものに思えるのか、よく遠見の鏡という神器で覗かれることが度々あるのだが、彼らには聞かれたくない話を孫悟空はしたいのだ。
八戒は、すぐに諾の返事をしたが玄奘は渋い表情となった。八戒は小声で玄奘を励ました。
「お師匠さまぁ、リラックス、リラックスですよぅ。さっきの広場の時みたいに自然にしていてくださいねぇ、大丈夫ですからぁ」
「わ、私は演技ってものをしたことがないんですよ!」
「お師匠さん、沙胡蝶のためです。それと沙悟浄。少しだけ黙っててくれるか?後で事情は話すから」
「承知いたした。沙胡蝶殿のためなら、なんでもいたそう」
こうして三蔵一行の誰に聞かせているのか、不明なお芝居が始まった。
真珠の乗っていない頭の沙胡蝶は、孫悟空の分身でした。片言だったので、お気づきの方もおられたとは思いますが。次回三蔵一行による三文芝居です。




