67、沙悟浄と魂の双子
また長くなってしまいました。
沙悟浄が兄弟子達に遅れて牛魔王の前に立ちふさがったとき、沙悟浄よりもはるかに体が大きくなった牛魔王は鼻を鳴らせて、こう言った。
{ぬ!また、沙胡蝶の匂いがする!どうなっているんだ!?}
沙悟浄は牛魔王に捕まった猪八戒を早く助けねばと、自分が愛用してい降魔の宝杖を手にし、巨大化した牛魔王に向かっていく中、沙悟浄の心は牛魔王の言った言葉が渦巻いていた。
やっぱり他人が見ても拙者と沙胡蝶殿は似ているのか……と沙悟浄は考える。沙悟浄も初対面の時から、そう思っていたので、それを聞いても驚きはなかった。同じ髪型に、似ている響きの名前や、沙胡蝶がお土産にくれた野菜も果物も沙悟浄の好物ばかりだった。偶然が重なっただけだとは思うのだが、どうしても沙悟浄は沙胡蝶が他人だと思えないのだ。
あの後、三蔵様一行に誤解され、戦闘が始まってしまい、沙胡蝶を怖がらせてしまったが、実は沙悟浄自身も内緒だけど争い事を苦手だと思っていたので、沙胡蝶を泣かせてしまって、本当に申し訳ないと思っていたし、穏やかな朝餉を共にしているときには既に、沙悟浄は沙胡蝶の兄のような気分になっていた。沙胡蝶が攫われた時は、ものすごく不安になり、それと同時に己の不甲斐なさにも落ち込んだし、沙胡蝶が見つかったときは、今までで一番嬉しいと思った。
顔も体も声だって自分と沙胡蝶は似てはいない。沙悟浄は悪人顔で、沙胡蝶は天使のような愛らしい顔だ。でも牛魔王が沙悟浄のことを沙胡蝶と間違えるのだから、これはもう姿形ではない何かが似ていると思って間違いないだろうと沙悟浄は思い、その理由に思い当たった。
それは沙悟浄が今世に生まれたときのことだった。沙悟浄は実は双子の片割れとして母御の胎内にいたという。もう片方の子は母御の胎内で病になり、出産時に母御と共にそのまま亡くなってしまったと聞かされていた。母御は自分も命の灯火が消えようとしているのに死産だったことを大層嘆き悲しみ、亡くなった兄の亡骸を抱きかかえ、『もしも、また生まれ変わったら、その時は弟に会いに来てやって』と言っていたと、昔、亡き父御から沙悟浄は聞いていた。
……もしかしたら沙胡蝶殿は、拙者の双子の兄者ではないだろうか?と沙悟浄は考える。もしかしたら双子の兄が母御の最後の言葉を叶えるために、転生し拙者の好物を持って尋ねてきてくれたのではないだろうか?双子だからこそ、拙者の顔を見ても少しも怖がらなかったのではないだろうか?だって兄なら弟を怖がるはずがないのだから!きっと沙胡蝶殿は拙者の兄者だったのだ!……沙悟浄は、そう確信し、昨日の出会いが魂の双子の再会だったのだと思うと感動して泣きたくなってきた。牛魔王に捕まえられていた猪八戒が沙悟浄に気づき、今の牛魔王は正体不明の敵に憑依をされていると声を張り上げた。
「悟浄-!こいつは沙胡蝶の貞操を狙う、最低な沙胡蝶の父親だー!今は俺の魅了が効き過ぎて色々おかしいことを口走っているようだけど、気にしないで俺に遠慮せずに殴り倒せ-!」
「何ですと!?」
沙悟浄は猪八戒の言葉に目を見開く。沙悟浄は沙胡蝶が自分の兄の生まれ変わりならば、どうして沙胡蝶が凶運に見舞われているのか、その理由を自分だけは説明が出来ると悟る。沙胡蝶の凶運は、元々前世の沙悟浄が持っていたものだったからだ。
前世の沙悟浄は、天界で没落寸前の名前だけは有名な名家の長男として生を受けた。大祖母と祖母と母、姉が2人に妹が2人の、女ばかりの家で沙悟浄は肩身の狭い思いをして生きていた。
長男なんだから勉強しろ!弟なんだから姉の言うことを聞け!兄なんだから妹の世話は当たり前だろ!息子なんだから家に金を入れろ!孫なんだから年長者を大事にしろ!……と毎日毎日、口うるさい女達に囲まれて沙悟浄は、炊事洗濯裁縫掃除を子どもの時から全部一人でやらされてきた。
沙悟浄の家の女達は金もないのに、朝から晩まで化粧や着物の着替えに忙しいと全く手伝おうともしなかった。沙悟浄が大人になり、天帝の元で働くようになっても、それは変わらなかった。天帝の元でも天帝に会う謁見の前の打ち合わせと称した苦情対応係と護衛の仕事で神経を擦り切れそうな日々を送っていた沙悟浄に、家の女達はどれだけ疲れて帰っても、沙悟浄に家事を押しつけてきた。朝から晩まで働かされてきた沙悟浄は疲れ果て、ある日、とうとう天帝の宝を壊してしまった。家族は、あっさりと沙悟浄を見捨てた。
沙悟浄は天界から落とされ命を失い、前世の記憶を持ったまま川の妖怪に生まれかわったときは辛かった。天界人だった自分が化生となり、妖怪仲間からも怖い顔と恐れられたときは、自暴自棄になって暴れていた時期もあった。でも、その行いを偶然通りかかった観音菩薩に止められて、我に返った沙悟浄は、あることに気づいた。
拙者は、あの悪魔のような女達から離れられたのだ!……と。それに今世は母と兄を失ったものの、父も流砂河の他の川の妖怪達も色んな小動物の化生達も、気が良く優しい者ばかりだった。沙悟浄の顔を見て、怖い顔と最初は逃げるが、よく知り合うと皆、仲良く遊んでくれた。沙悟浄は今世の幸せに気づいてからは、天帝の罰は、実は褒美だったのではないかと思うほど幸せな数百年を過ごしていた。
再会した観音菩薩の誘いに乗ったのは沙悟浄が幸せだったからだ。自分の前世の不幸の種を、母と亡き兄が全部持っていってくれたから、自分は幸せになれたのではないかと沙悟浄は常々思っていた。だから父が亡くなったのを機に、失った家族達を弔いたいと僧籍に入ろうと沙悟浄は思ったのだ。沙悟浄は生まれ変わって、とても幸せだった。だけど沙胡蝶殿が兄者なら、沙胡蝶に降り掛かった不運は自分のせいだと沙悟浄は思い、胸が締め付けられるように痛んだ。
前世では母御の腹の中で病で苦しんで亡くなり、今世では鱗を持たない出来損ないと陰口をたたかれ、しかも実の父親は不道徳な悪者で、沙胡蝶は今までどれだけ苦しかっただろうか?沙胡蝶が旅に出てからの危険の連続を思うと、兄者は来世でも拙者の不幸の種を背負っているとしか思えない。何故前世でも今世でも兄者は苦しまなければならないのだ!?……元は同じ兄弟だったというのに!拙者達は親も生まれも違う、赤の他人だけど、これからは沙胡蝶殿の凶運は半分拙者が背負おう。拙者達は魂が双子なのだから……。そう沙悟浄は心に誓った。
「例え、今は血がつながらなくても、拙者達は兄弟!兄者達の敵は拙者の敵!いざ成敗!」
沙悟浄は林で隠れている大きな貝に目をやるのをこらえて、目の前の敵に向かって行く。大事な兄を守るために……。
前世女系家族の中で、苦労し孤立していた沙悟浄でした。今世でも女性不信(というか女性恐怖症)気味です。




