68、海の王の口上
沙悟浄が猪八戒を助けようと牛魔王の足の脛ばかりを集中して攻撃しているのを見て、孫悟空はニンマリと笑い、自分は地味なボディーブローを喰らわせ続ける。猪八戒は今までの旅の経験から孫悟空の意図に気づいているので、わざと孫悟空が決定的な一打を打たないことに何の心配もしていなかった。
彼らの師である人間の玄奘は、脳筋の戦闘マニアなのだ。だから玄奘に、幽体が憑依した化生という、彼が戦ったことのない珍しい敵と一戦、適度に交えさせることで、玄奘の無意識の願いを叶えさせてやろうと孫悟空は考えているのだと猪八戒は理解していた。だから巨大化した牛魔王の手の中で、懸命に身じろぎしている振りをして、牛魔王の集中力を散漫にさせる手伝いをすることにした。
しばらくして彼らが待っていた玄奘が走ってやってきた。案の定、玄奘の瞳が輝き出し、戦闘モードの顔つきになっていく。玄奘は、5つの宝具を携えた檜と楡や、芭蕉扇を抱えた鉄扇公主、九本の尾を揺らめかせた玉面公主と共に、やっとここまで追いついたのだった。
{また、沙胡蝶の匂いがする?一体、どうなっているんだ?}
巨大化した牛魔王は、玉面公主以外の者達を指さした。
{お前と、お前。人間のお前に、こっちの女!お前達のうちの誰かが私の子の沙胡蝶だな!そっちの女は匂いが違う!今まで戦っていた二人は匂いが薄まってきたから違うのだろう!さては孫悟空が術で誤魔化しているのだろうが、私にはお見通しだ!さぁ観念して、私の真珠を返せ!}
ピクリ!孫悟空の耳が動いた。孫悟空は牛魔王の腹を殴る手を止めた。何かをこらえるように、グッと一度拳を握りしめた後、玄奘のそばに走り寄った。猪八戒も役者が揃ったとわかったので、牛魔王の手からスルリと脱出すると、戸惑っている沙悟浄の袖を引っ張って玄奘の元へ走り寄った。ちなみに匂いが違うと言われた玉面公主は、まだ私臭いの?と地味に傷ついている。ふんぞり返って腕組みした孫悟空が言った。
「さぁ、お師匠さんも来たことだし、お前の下らない口上を聞いてやるよ!」
三蔵法師となった玄奘が、その武術を披露するのは、必ず正当防衛でないとならない。そのためには敵に悪意のある口上をさせる必要がある。
八戒の魔眼の効力が薄れてきたのか、本来の目的を思い出したらしい敵は、その不遜な物言いにはむかついたものの、孫悟空が昔から暴れ猿なのをよく知っているのか、黙って口上を言うことにしたようだった。
{私は沙胡蝶の父、海の王である。沙胡蝶が盗んだ私の真珠を返してもらいに来た!そして罪人の沙胡蝶を連れて海の国に帰り、沙胡蝶を私の妾にする}
ピシリ!皆の体が固まった。次の瞬間、皆が動き出すのがわかっていた孫悟空は片手で皆を制した。まだ三蔵法師となった玄奘が武力行使するには、動機がいささか弱いのだ。さらなる確証を得る言葉を引き出さねばならない。孫悟空はそれを引き出すために口を開く。
「はて、お前の真珠?あれは海の魔女が沙胡蝶に与えたもののはず。盗んだとは聞こえの悪いことをいう」
{あれは元々あの女が婚約の記念に私にくれようとしていたものだから、当然私のものである}
その言葉に、片方の眉を悟空は上げた。
「ほう、お前は海の魔女と婚約していたのか?」
{誰があんな足だらけの女と婚約などするものか!……い、いや、あいつは私のことを長年慕っていてな!好意の品だと私にくれたのよ!!}
あまりにも嘘くさい言葉を吐く海の王に、孫悟空は内心呆れた。こんなにも海の王が愚かなら、孫悟空が望む、あの言葉を引きずりだせるはずだ。玄奘には悪いが、今回こいつの相手は諦めてもらおうと孫悟空は考える。こいつの相手をするのは、あの者で十分だろう。孫悟空は作戦を変えて、あの言葉を言わせるために煽るように口を開く。
「その言葉を誓えるか!」
{っああっ!ち、誓うとも!!あの真珠は私のもの。沙胡蝶が盗んだんだ!}
「東海竜王の名に賭けてもか?」
{と……当然だ!何の問題も無い!!叔父の名に……東海竜王の名に賭けて誓えるさ!}
海の王は言葉を改めて言い直した。
『私は沙胡蝶の父、海の王である。東海竜王の名に賭けて、正式に誓う!あの真珠は、この海の国の王の物であり、沙胡蝶が盗んだため、罪人の沙胡蝶を海の国に連れ帰る。これは真実嘘偽りのない、正式な誓いだ!』
海の王のその正式な誓いの言葉に、ニヒャリと悟空は悪い笑みを浮かべた。
孫悟空が皆が揃ってから敵の名と目的を語るのを了承したのは、何回もそれを聞くのも、三蔵達に聞かれるのも面倒だと思っていたからでした。それに正当防衛を知る証人も必要でした。




