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60、孫悟空、二人の会話に助けられる

 化生達皆が静まると、玄奘と沙胡蝶の会話が聞こえていた。


『沙胡蝶さん、すみませんでした!』

『?どうして玄奘様が謝っているんですか?』

『いえ、私は自分が三蔵法師の名前を賜ったというのに、気後れして名乗るのを避けていたんです。だからあなたが私と勘違いされて攫われてしまった』

『こんなことになってしまって何と償えば良いか……。これでは一人旅を続けられない……』

『?どうしました?』

『あの……お耳貸してもらえますか』

『?いいですよ』


 二人の会話に皆、耳をそばだてる。沙胡蝶が小声になったので、どうやら内緒話をするのだと察し、先ほどの疑惑に関することかと皆、固唾を飲んだ。


『あのですね、私、こう見えても16才なんです。もうすぐ成人の身なので自分の行動には自分に責任があると、私は考えていますので、三蔵様が気に病むこともないし、償われる事なんてないんですよ?むしろ謝らないといけないのは私です。今朝、流砂河で朝ご飯をいただいているときに、私は海の国の王の末子だと言いましたよね?それで実は……海の王っていうのは竜王のことで、私はこう見えても半分だけ海の化生なんです。陸の人間は海の化生のことを怖く思うかもしれないって思ってて、あなたを怖がらせたくなくて。黙っていてごめんなさい。あの、げんじょ……いえ、三蔵様?私のこと怖いですか?私、怖い妖怪ではありませんよ!半分だけ化生といっても、後の半分は人間なんです。人間の母と同じで、私自身には魔力もないし、早くも泳げないんです。鱗も3枚しかなくて人魚の姿も持たなくて、ただ水の中で息が出来るだけの私は後宮の人達には出来損ないと呼ばれていて……。えっと話が逸れてしまったので戻します。あの、それで何が言いたいかというと、私は半分だけ化生だから出来損ないでも普通の人間より、鱗3枚分だけ丈夫なんです。だから一人旅も心配いらないんですよ』


 皆がVIP席を見ると、心底申し訳ないという表情で眉毛をシュンとさげた沙胡蝶がいた。檜と楡は驚いた表情になる。


「さっちゃん、海の国の化生だったんだ……」

「さっちゃん、王子様だったんだ。なんてさっちゃんにピッタリなんだ!」

「ああ、海の国の王の子なら確かに半化生だと言えるけど、あの子自体()()魔力はないから、ほぼ人の子と同じなのに、そんな心配をしてたんだ……」

「ううっ!沙胡蝶殿、そんなことを気に病んでおられたのか!それにしても鱗が3枚だけとは、さぞかし海の国では肩身が狭い思いをされたのだろうな」

「さっちゃんが怖いなんて思うものか!!それにしても、なんで海の化生を陸の者が怖がると思っていたんだろう?」

「そうだよ、僕らに打ち明けてくれれば良かったのに!友達なのに水臭いじゃないか!」

「……もしかしたら竜王の血を引く人魚は不老不死の妙薬だと噂されて、大昔に陸に上がった人魚は全て、陸の生き物に乱獲されたことを、さっちゃんは陸の生き物が鱗のある海の化生を怖がって退治していると聞かされていたんじゃ……。あっ、そうか!悟空の兄貴は、あの子がそれを信じているのに気がついたから、さっちゃんの気持ちを尊重して、ここから飛び出していったの?」

「ああっ!なるほど!竜王の子である証の鱗を他の者に見られるのを沙胡蝶殿が恐れていたからですね!それに不老不死の噂は未だに消えておらず、人魚は常に邪悪な者に狙われておりますから、鱗が3枚しかなくて人魚の体を持たないとは言え、沙胡蝶殿が沢山の人々に海の王の子だと知られるのは確かにまずい!さすがは悟空の兄者!優しい気遣いですな!」

「そうだよね、幼くなる前のあの子は匂いは限りなく無いに等しかったけど確かに()()だったもの。いくら幼くなったあの子が、ものすごく可愛い女顔でも俺が男女を間違えるなんてありえないもの」

「そうですな!八戒の兄者の鼻は、半里先の酒の銘柄まで言い当てる凄い能力ですからな」


 八戒と悟浄は孫悟空が弁解する前に、勝手に納得してくれた。檜と楡も疑わしそうではあったが、何とか納得した様子をみせた。


「そうか。よく考えたら、そうだよね……」

「賭場で出会ったさっちゃんは可愛くても凜とした少年だったのは、確かだったものね」

「僕らの鼻だって、さっちゃんは男の子だって()()()けど、さっちゃんは何もかも可愛すぎるから、つい妹のように思えてしまったんだ」


 そう言った後、檜と楡は沙胡蝶に視線を向けて、そこにいる者達も釣られるようにして沙胡蝶を見ると、ちょうど沙胡蝶は人間である玄奘に自分は無害な存在だと示そうとしているのが見えた。


『ほら、三蔵様!私は怖くない妖怪ですよ-!』


 そう言いながら沙胡蝶は両手を横に広げ、上下に腕を上げ下げして、自分は怖い妖怪ではない事を示そうとしてバランスを崩し、クッションの上でひっくり返った。


『きゃう』


 沙胡蝶が、可愛いうめき声をあげた。レースの沢山着いたスカートがめくれて真っ白くて細い沙胡蝶の足が丸見えになっている。沢山のクッションがお尻を隠しているのが、また可愛らしい。


『大丈夫ですか、沙胡蝶さん?』


 玄奘がいくつものクッションをかき分け、クッションの山に埋もれた沙胡蝶を救出するために抱き上げるのを見て、檜と楡が悔しそうにハンカチを噛み締めた。


「あぁ~!僕らのさっちゃんが!」

「僕らのさっちゃんは、僕らが助けたかった!」


 双子達がそう言うと、孫悟空、猪八戒、沙悟浄の三人が、すかさずツッコミを入れた。


「お前らの、じゃないし!」


 ひっくり返ったことを恥ずかしく思っているらしい沙胡蝶が頬を赤らめて照れ笑いをしているのを見て、双子達は可愛い可愛いと身悶える。


「やっぱり可愛すぎる、さっちゃん!」

「本当だよね!可愛いという言葉は、さっちゃんのためにあるよね!」


 彼らの見守る中、沙胡蝶が自分を助けてくれた玄奘にお礼を言っているのが聞こえてくる。


『ありがとうございます、三蔵様!』

『私は沙胡蝶さんのことを怖いとは思いませんので安心して下さい』


 そう言った玄奘は何故か沙胡蝶を抱き上げたままソファに座り、沙胡蝶を自分の膝の上に座らせたので、檜達だけではなく、孫悟空達も皆、一同に目を丸くさせた。


『?あ、あの?三蔵様?』

『あのままじゃぁ、又ひっくり返ってしまいますし、このままお話を続けましょうね』

『え?えっ??』


「え~!三蔵法師ずるい~!」


 化生達の叫び声が店内に響き渡った。

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