39、檜と楡の回想⑥
少年が出て行った後も会場内は静かなまま、今に至っていると彼女達は話し終わった。檜と楡は、お互い顔を見合わせた。5人の兄弟達も彼らの肩を叩き、喜びの握手を交わし合う。
「檜、今度こそ本物だよね?」
「うん、僕も本物だと思う。……でも、もしかしたらお金に興味がないだけなのかもしれないよ。だって人間の欲望は果てしないものでしょ、楡?」
「ここで議論してても仕方ないよ!ねぇ、皆で確かめにいこうよ、檜!僕は今度こそ本物の三蔵法師だって思うんだ!」
そうして7人で食堂に駆けつけると、そこには少年がいた。7人が想像していた三蔵法師の姿よりも、うんと幼い少年の姿だったので彼らは大きく戸惑った。頭にベレー帽をかぶったかのような真珠色のハゲがあるけれど、とても可愛らしい顔の少年が洗い場で汗を流して、一生懸命に皿を洗っている。
あんまりにも幼い容姿の少年だったから、一人で旅立たせるのは危険だと思い、心配した彼らは試練の振りをして、7人総掛かりで旅を止めるようにと説得した。何とか引き留めようとしたけれど、少年の決意は揺らがなかった。どうしても行かねばならないのだと少年は言った。7人は、さすがはお釈迦様が認めた三蔵法師なだけはあると思った。
檜と楡は太上老君から、お釈迦様は三蔵法師のために強い化生を3人供につけるから、その化生達への試練もするようにと頼まれたという話を聞いていたことを思い出した。何でも、その化生達の中に、大昔、天界を揺るがしたという暴れ猿がいて、その猿の化生を特にお気に入りらしい太上老君は孫悟空の試練用にと仙術の施した瓢箪を双子に託してくれていた。
それは名前を呼んで答えた者を吸い込んでしまう瓢箪だった。瓢箪の中には太上老君の好きなお酒が入っていて、仙術の天才猿を焦らせるために、長時間浸かったままだと体が溶けてしまう術をかけているから、間違っても人間を吸い込まないようにと注意をされていた。
太上老君の説明は、とても怖いものだった。それはそれは恐ろしい瓢箪に二人は震え上がった。あまりにも怖いものだから、5人の兄弟達にも間違いが起きないようにと事情を話し、普段から源氏名で呼び合うようにしていた。だから三蔵法師である少年からも、本人が名乗る前にこちらでさっちゃんと愛称をつけておいた。
それにしても三蔵法師は現れたのに、供がいないとは、どういうことなのだろうか?こんなにも幼く弱そうな少年には、今直ぐにでも強い供が必要だと思うのに化生達は何をしているのか?これって職務怠慢じゃないだろうか!?双子はまだ見ぬ3人の供に怒りがわいた。
さっちゃんと名付けた少年は容姿が美しいだけではなく、それ以上に理性と知性が煌めく、すごいお坊様だった。歓楽街の者達も7人兄弟も、皆が認めた高僧だった。……だけれど、彼はどんなにすごくても、まだ少年だ。もし旅の途中で話の通じない悪い奴らに力尽くで襲われたりなんかしたら彼一人では逃げられない。
試練と称して彼と数日一緒にいたが、さっちゃんは賢いのに、子供らしい純粋さとお人好しさも沢山あって、直ぐに色んな事を信じてしまう危うさがあることもわかった。自分の容姿に頓着せず、世情に疎いところも多々あって、彼らはすごく心配になった。
だから、こんな心配をかけさせた原因である、供への不満を晴らすため、さっちゃんと別れ際に小さな式神を彼に持たせた。
「約束してね、さっちゃん。僕達以外の友達が出来たら、僕達の食堂にご飯を食べにきてね。僕達の食堂は女性を楽しませる所だけど、さっちゃんだけは特別。だって僕達は友達だからね」
そう言えば、うん、友達!と嬉しげに少年は笑ってくれた。絶対だよ!と念押しすれば、うん、絶対だね!ありがとうと返事をしてくれた。これでさっちゃんは3人の供と来てくれる。その時に供である孫悟空に試練が行える。それがこんなことになるなんて……と双子達は愕然とした。
「三蔵法師が!さっちゃんが溶けちゃってたら、どうしよう!」
双子がついに泣き出した直後、壊れた玄関から見知らぬ青年の声がした。
「っその話、最初から教えてもらえませんか?」
双子達が振り向いた先には、豚の化生を肩に担ぎ上げた人間の若い僧侶と、遅れてやってきて牛の化生と狐の化生を両肩から落として、ゼイゼイと苦しげに息をしている大男の河童がいた。
「ハァハァ……玄奘様。人間離れ、半端ないです!」
そう、玄奘が猪八戒を担いで、牛魔王と玉面公主を担いだ沙悟浄と五宝貝にたどり着いたのだった。双子の化生の前に、本物の三蔵法師がいることをまだ二人は気づいていなかった。




