38、檜と楡の回想⑤
※このお話はフィクションです。本文中に出てきたギャンブル依存症の対処方法は想像上のものなので、実際とは異なると思われます。ご注意ください。
「お金が戻ったのに、何でこんな状態のままなんですか、彼らは?」
楡が尋ねると、女性は下着姿の男達を取り囲んでいる、険しい表情の集団を見るようにと7人を促した。
「あそこにいるのは、彼らが家族や家族の財産まで賭け金にしたことを知らされて、慌てて止めに来た彼らの家族達なのよ。駆けつけたときには全ての勝負が終わっていてね。家族達の嘆きや怒りの罵声が会場内に響き渡ってたいたわ……」
それは悲壮感にあふれるものだったらしい。彼らが全敗したことにより、彼らの家族達も一文無しになり、住む家さえも無くしたのだから無理もない。怨嗟の感情に囚われた家族達。そのやり場のない怒りの衝動のまま、あわや刃傷沙汰になるのではないか!?……そんな緊迫感を会場にいた客達は感じて、恐怖におののく寸前、先程の少年の発言により、それは回避された。
一家心中や夜逃げの危機は回避されたが、日頃から賭け事好きの彼らに困らせられていた家族達の怒りや苦しみ、悲しみの感情は静まらなかった。家族達は自分達を救ってくれた少年に、あろうことか、その悩みを語りだしたのだ。大人でさえ、まともな答えなど返ってこない難しい問題だというのに……。しかし、その難しい問題に対しての少年の返答の言葉は、ただの子どもの言葉とは思えない代物だった。
「何かに熱心になることは悪いことではないけれど、誰かを不幸にするほどの執心は、病気だと私は教わりました。(私の父親である海の王の女性に対する不誠実さは女狂いの病気だと、ミス・オクトは言っていたもの)これに囚われると自分の心なのに、自分では治せないらしいのです。何故ならば体ならともかく、心には形もないから薬も使えないからです。(女狂いにつける薬はないとミス・オクトは怒っていた……)
だから治そうと思ったら、本人の強い意志と本人以上に苦痛と忍耐を強いられることになる大勢の人達の支えが必要なんだそうです。(海の王にその意志がないから後宮に寵妃が増え続けているのだけど)治すために人の一生をかけるほどのとても長い時間、治療が続くこともあるそうです。苦しい闘病生活に挫折も何度も味わうと思われます。(永遠に近い海の王の一生、彼が更生するわけないと彼女言っていた)
ここにいる人達とご家族の方達が、これから一緒に闘病していくのか、家族を止めるのか、それとも、このままでいるのか……どうされるかは、自分達で決めないといけないでしょう。その選択はどれも辛く、苦しい選択になると思います。誰かにその選択は違うと非難されるかもと不安に思う方もいるかもしれません。(私の母は離縁を望んだらしいけど、海の王は許さなかったと、ミス・オクトが悔しそうに言っていた……)
ですが、こんなにも嘆き悲しむあなた達の苦しみの深さを……その怒りを、今日ここにいる大勢の人が知ることになりましたよね?(そう、母の悲しみをミス・オクトだけがわかってくれたように)辛く、苦しい選択をしなくてはいけないあなた達を非難することも否定することも、ここにいる人達はきっとしないでしょう。どんな選択だったとしても、あなた達が血の涙を流しながら選んだ道だと皆は知っているのですから。(きっと母は寂しくて哀しい思いをしたはず……。(私の母の傍にミス・オクトがいてくれて本当に良かった)では、これで失礼します。仕事がありますから」
そう言った後、少年は仕事をしたいからと、賭場の調理場に向かうために席を立ったという。少年の言葉に泣いていた家族達も泣かせた賭け事好きの彼らも、他の大勢の客達も店内の店員達も、皆が驚愕した。取り繕ったような同情心で慰めるわけでもなく、頑張りが足りないのだと無責任に叱るわけでもなく、家族を苦しめる彼らの行動心理を病気だと言った少年の言葉に家族達は涙した。そして……なんと厳しい選択を示すのだろうか?どれを選んでも本人も家族も苦しい選択になる。それでも今が辛いと泣くのなら、逃げてきた選択から目をそらすなと、少年は真っ正面から静かに告げたのだ。
無垢な心に真理が宿る、高潔な少年がいる。畏敬の念が沸き起こると同時に、彼は何者なのだろう?と人々は思う。そして人々の目は、不自然に禿げている少年の頭頂部に視線が集まる。そう言えば少年は、外の国から来た者らしい。外の国の中には僧侶は髪を全て剃るのではなく頭頂部のみ剃る僧侶もいるという。そういう僧のことを修士というと伝え聞く。自分達が変わった真珠色のハゲがあるだけの少年だと思い込んでいただけで、彼は本当は子どもではなく、外の国の有名な高僧なのではないだろうか?……会場中の人々はそう思った。
そう思った人々は部屋を出ることを詫び、別れの挨拶をする彼に、まるで自国の王にするかのように、膝を折り、頭を深く垂れ、最敬礼の礼をとって挨拶を返したのだった。




