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浪漫譚Ⅸ


「よく生きていたコルト君。もう大丈夫だ。私とコレがあるからね」


 馬上で微笑むポドルスキの横には、二頭付きの台車の上に金属製の大きな筒がある。一列に並ぶ金属製の筒だが、どれも円筒の中ほどに大きな亀裂が入っている。もう使いものにはならなさそうだ。

 たまたま横にあったのでガントレットのまま何気なしに触ってみる。やけに熱い。素手であれば火傷しているだろう。


「この壊れた筒はなんなんですか?」

「これか? 前に話したじゃないか。火薬の爆発力を生かしてものを遠くに飛ばすって」


 前にそんなことを言っていたような言わなかったような。俺たちが村にいる間に作り上げたのか。


「なぁコルト、知ってるか?」

「いや記憶にない。言っていたかもしれないし言わなかったかもしれない」

「コレがソレってわけさ。君たちがで払っている間に作ったのさ。どうだ。すごいだろ」


 ポドルスキはおもちゃを手にした子どものようにはしゃいでみせる。顔を緩ませて満足げである。

 俺たちは言葉が出なかった。


「……んで、この筒を後方からずっとぶっ放してたんですかい」

「そうだ。50発ほど撃って敵軍団はほぼ壊滅か。うん、初めて使ってみたけど悪く無いな。これさえあれば町を守るのも容易いな。しかし、よく味方に当たらなかったものだ。何度か撃ってはみたが、ここまで上手く運用出来るなんてな」


 ぶつぶつと独り言を言っているのだが、その一つ一つがいちいち物騒だ。


「いやいや、ちょっと待って下さい。これを使ったのが初めてってことは……」

「下手したら俺たちも……」


 詳しく言う必要もないだろう。考えるだけでぞっとした。

 それに、これが増えれば戦いは変わるだろう。この筒を小型化して個人が携帯出来れば騎士の接近戦なんて自殺志願者でしか無くなるし、この筒の数が戦いの勝利を分けることになるだろう。俺たちの時代が終わるのか。


「まぁ、これについてはもういいだろ。まずは負傷兵の手当てだ。それとコルト君」


 俺は返事をする。笑顔そのままに俺の背中をバンバンと叩いて言う。


「君は感動のご対面をしなきゃいけないだろ?」


 フランクと顔を蒼くしていると、ポドルスキの背後からブロンド髪の少女が出て来た。

 そんなヤツは一人しかいない。 


「マリーか……」


 マリ0は俯いたまま一歩一歩雪道を踏み出す。そして、ポドルスキの前へと躍り出ると両手をプルプルと震わせたまま動かない。

 俺も何をしていいのか分からない。内から湧き出る感情と、どうすればいいのか分からない気持ちとがごちゃごちゃに混ぜ込まれてただ立ちすくんでいた。


「なに黙ったまま向かいあってんだよ。さっさとそっちに行けよ、この色男」


 横でにやつくフランクが俺の背中を押すと、疲れ切ってボロボロの俺は雪に足を取られながらマリーの前へと押し出された。

 目の前にあるくすんだブロンドの髪が震える。押せば倒れるような小さな小娘だが、何にも出来ない。


「バカバカバカバカ! コルトのバカ!」


 疲れ切った俺にマリーは何度も何度も何度も何度も拳を突き立てた。

 痛みなんて感じない。その一発一発にマリーの気持ちが伝わってくる。


「……お望み通りモンゴル兵を殺ったし村を救った」


 何を言っていいのか分からないけど、とにかく何か言うしかない。

 マリーは大きな目に涙を溜める。


「……もぉ、そんなことどうでもいいんだから!」


 良かった。とにかく良かったんだ。俺の中にそれしか浮かばない。

 自分が生きて帰って来たこと。初めて経験する激戦を生き抜いてきたんだ。確かに嬉しい出来ごとだ。

 宿敵であるモンゴル軍を倒した。壮大な話かもしれないが、長年モンゴル人に悩まされ続けたポーランドの民だが、血みどろになりながらそれを打ち破った栄誉ある一人になった。それも確かに嬉しい。


「帰ってこないかと思ったよぉ、もう一人にしないでよ……」


 それ以上に嬉しかったのはマリーと再会できたことだ。


「悪かった。帰って来たぞ」


 初対面で中指を突き立ててきたり、何でも無いようなことに怒ったり、たしなめられて拗ねたり、戦いの直前に怖がってみせたりと豊かな表情。

 それを目の前で再び見られた。何より嬉しいことだった。





 敵本隊はクラクフ郊外で教皇軍と激突。

 こっちに割いた分だけ兵力が足らなかったらしく、キプチャクハン軍は壊滅。ほうほうの体で本国へと逃げ帰ったらしい。

 その後のキプチャクハンだが、南方に位置するイスラム圏との戦いに終始し始た。そのお陰でポーランドとルーシにひと時の平和が訪れた。

 寒さが激しさを増し、雪も深くなるこの時期だけではあるが、市井の人々から戦いが解放される日々が続くだろう。


 戦いがあった二週間後、フランクは故郷へと帰って行った。

 「やっぱりモンゴルの連中は大したことねえ。だが、この経験は得難いものだ。俺たちの十字軍活動に役立つだろうよ」と、大きく口を開いて笑っていた。ヤツなりの精いっぱいの虚勢だ。ただ、死ぬまで異教と戦い続けることは間違いない。

 ポドルスキもルブリンの地下深くで実験を続けている。見たことの無い新兵器の数々が大平原を席巻するのかもしれないし、しないかもしれない。まぁ、大半は意味の無いものなのだろうけど。


「それでコルトはどうするの?」


 赤髭の大男が部屋を去ると一気に静かになった気がする。元々俺一人でここに暮らしていたし、後からマリーがやって来たんだから元に戻ったというのが正しいのかもしれないけど、あの大男の居ない部屋にどこか寂しさもあった。

 マリーは椅子に座ると、窓の欄干に両肘をついてガラス越しに窓の外を眺めている。


「先の戦いの論功行賞があるから本国に帰る」


 戦いの一週間後。俺の所にチュートン騎士団団長ゴットフリート・フォン・ホーエンローエの特使がやって来た。

 「マルボルクでクラクフでの一連の戦いについての論功行賞があるから本国に帰って来い」との話で、近いうちにルブリンを発って本国に帰らなければならない。


「……ふうん。偉くなるんだ」

「さあな。決めるのは騎士団長や管区長達だ。分かるはず無いさ」


 マリーの横に座り、庭に積もる雪を見ながら素っ気なく答える。


「そういえばルベルスキの村を再開発するらしいな。近いうちに開拓団が町を出るらしいぞ」

「聞いた。私が開拓団の団長だって。アイツも中々大きなことをするのね」


 ちょうど同じ頃だ。ルベルスキ村は、ポドルスキ卿の正式な配下に決まった。南方には森や川もあり、北方には平原が広がる。いくらでも開拓できるだろう。


「そうか? 俺は適任だと思うけど。それに、二つ返事で答えたんだろ?『当たり前でしょ。私以外に適任者が居ると思うの?』って」


 豪胆かつ大胆。勇気もあるし行動力もある。俺の見知っている女の子の中でもっとも能力のある子なのは間違いない。

 だが、どうにも様子がおかしい。マリーの瞳にいつもの輝きは無い。


「そんなはずないじゃない。開拓団って100人近いのよ? そんな人たちの指揮だなんて無理よ。村じゃ手伝いくらいしかしてこなかったんだから」

「珍しい。やけに弱気なんだな。そんなに自信が無いんだったら騎士団領にでも来るか? 一応、マリーも騎士団との約束手形でもあるし」


 マリーの小さな背中がピクリと動いた。


「そ、そんなこと出来るはず無いでしょ。あの村が私の故郷なの。それにお父さんのお墓だって作ってないし……」

「だと思ったよ。ちなみに、先に本国に送った子どもたちもこっちに戻す算段は付いてるからな。昔の友達と仲良く暮らせばいい」


 先の特使に送った子どもたちについて尋ねると「何の話だ」と目を見開いていた。

 ポドルスキはよっぽどの策士だったらしい。あの男は連れて行くはずの子ども達を秘密裏にかくまっていたのか。


「そう。中々やるじゃない。戦うだけが能じゃないのね」


 むしろ戦う方が苦手だ。体は勝手に動いたが、あんなことはもうこりごりだ。フランクの行動原理が理解できない。


「……ずいぶんな風に思われてたんだな。週末にはここを発つことになる。開拓使の出発は春先だからまだまだだな」


 ポドルスキは確かそう言っていた気がする。雪の中、廃墟しか無い村に人民を送るほど愚かでは無いようだ。あの奇抜な衣装以外はキレにキレている。


「そういえば開拓使には副官も付くようだな。あの男も馬鹿じゃない。内政に長けた男を付けるだろ。向こうの暮らしの支えになるだろうよ」

「……それよりもさ」


 窓辺に並んで語らうなんて素晴らしいじゃないか。いきなり急にこっちに振り向く。


「それよりもいいの? ずっと、こんな美女を目の前にして何にもしないなんてさ。自慢じゃないけど、村じゃ一番の人気があったんだよ? それなのに……」

「何言ってんだお前。何も知らないような村娘を襲うほど困っちゃいないよ」


 俺がそう言うとマリーは急に冷めたようだ。腐った食材を見るような目でこっちを見ると、隣に座る俺を突き飛ばす。


「……もう知らない。コルトなんか適当に戦って野垂れ死ねばいいのよ!」


 マリーは怒ってそっぽを向いた。まぁそうだろうな。ああ言われれば誰だってそうするだろうし、俺だってそうしただろう。

 ああ言ったけど俺だって分かっている。こっちにだって考えがあった。


「冗談だよマリー。あの戦いの中、つくづく戦いに向いてないって感じたさ。歴戦の猛者と戦うには何もかもが足りなさすぎるし、何より覚悟が足りない。かといって、本国で税務官や内務官を務めるのも面白くなさそうだしな」

「それじゃどうするの?」

「お前に仕えることにするよ。一生かかっても守り続ける」


 俺は騎士団を辞めよう。どうせ国には身寄りなんて居やしないし、出世功名なんか興味もない。頭の中でロン毛の髭親父が「本当にそれでいいのか?」って再び囁いてきたがどうでもいい。

 あれだけ敬ったのに今わの際になっても助けてくれないロン毛の髭親父より、目の前に居る女の子に一生尽くす方が男のするべきことだ。なんかフランクっぽかったかな。


「え、ええ?」


 目を丸くしたマリーだが、優しく手を握ると言いたいことが掴めたようだった。

 顔を赤らめて俺を睨み付ける。


「……面白いじゃない。一生かけて守ってもらうんだから」

「ああ。まず最初に墓を造り直さなきゃいけないな」



(完)

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