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拝啓、才能の無い俺へ  作者: まおうるう
第二章 不思議のダンジョン編

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第十二話『スキル』

 三層に入ってからしばらく経った。


 現れる魔物たちは、確かに二層までのものとは明らかに違っていた。身体は大きく、そのわりに動きも速い。これらがダンジョンの一層にいたなら、俺は何もできないまま殺されていたと思う。


 だが幸いなことに、今は違っていた。


 攻撃の軌道が見える。

 爪が振り下ろされる前に避け、牙が迫れば身体を逸らし、生まれた隙へ短剣を突き込む。


 いちいち考えているわけじゃなかった。

 ただ、見える。それだけだった。

 相手が次に何をするのか。どこに隙があるのか。何をすればいいのか。それが以前よりも鮮明に、はっきりと理解できるようになった。


「……変な感じだ」


 倒れた魔物を見ながら呟く。

 強くなった。それは間違いない。

 でも、実感があまりにも薄かった。


 昨日までできなかったことは、今日は当たり前のようにできている。何年も鍛えたわけでもなく、ただ、このダンジョンで死にかけながら戦っただけだ。

 それだけの経験で、人間はここまで変わるものなのか。


 頭に浮かぶのは『成長』という俺の唯一持つスキル。

 どれほど優れたスキルなのか。どれだけの価値があるのか。比較するものがないから判断できない。そのくせ、メモリを全て圧迫してくる謎のスキル。


 今思えば、便利な力だと思う。

 だが、不気味でもあった。

 まるで自分の知らないところで、自分自身が得体のしれない別の何かに作り替えられているような。そんな不気味な感覚。


「…………」


 考えたところで答えは出ない。

 進むしかないのだ。ここから出るために。


 ―――


 三層から先も、攻略は順調だった。


 四層。五層。六層。

 深くに潜るほど、出現する魔物の種類は増えていった。


 巨大な牙を持つ獣。硬い外殻を持つ虫。壁や天井を張って、死角から襲い掛かってくる魔物もいた。

 どれも一層にいた頃の自分なら、間違いなく命を落としていた強力な魔物だった。


 だが、その刃は俺には届かない。

 もちろん油断しているわけじゃない。

 一度でも判断を誤れば、簡単に命を落とす。


 だが、蛇ほどではなかった。

 あの時の蛇との戦いが、俺の中での戦いの基準になってしまっていた。


 数十メートルの巨体。

 身体を吹き飛ばすほどの水槍。

 遠くに投げられた石ころすら撃ち抜く正確な狙い。


 あれに比べてしまえば、目の前の魔物たちが可愛く見えてしまう。

 いや、実際には全く、これっぽっちも可愛くないし、あの蛇の方がまだ可愛いんだけども。


「……はは」


 思わず苦笑する。

 ダンジョン攻略がこうも簡単だったのかと。今よりずっと敵が弱かった一層や二層を歩いていた時より、足取りは断然早かった。

 それは少し前までグリズリー一匹に怯えていた人間とは思えないほどに。

 それだけあの戦いが俺を変えてくれたということなのだろう。死にかけたというのに、複雑な気分だ。


 気づけば階段は目の前にあった。

 下へ続く階段。


「………十層」


 ここまでくるのにどれだけ時間がかかったかわからない。

 時計もないし太陽もない。

 腹が減れば食べる。魔物がいたら戦う。

 それをずっと、ただ淡々と繰り返してきた。


 階段を降りる。

 一段。また一段。

 最後の一段を踏んだ瞬間。違和感を覚えた。


「………」


 空気が違った。

 匂い、温度。

 何より、気配が濃い。

 多いのではなく、濃いのだ。

 そこにいるだけで、身体が警戒を訴えるような気配。

 ダンジョンにも慣れてきたのか、その気配だけで多少は力量がわかるようになってきた。


「………ボス戦か」


 自然と短剣へ手が伸びる。

 奥へ進むと、そこにあった巨大な扉の前で足を止めた。

 今まで見てきたものとはどれも違う、巨大な石造りの扉。

 その向こう側からは低い音が響き続けている。


 ドン。

 ドン。


 一定に間隔で。

 まるでこちらが来るのを待っているかのように。


「……」


 息を吐く。

 当然、恐怖はあった。

 だがそれとは逆に、足は止まらなかった。

 扉に手を置き、そして、ゆっくりと押し開く。

 重い音を響かせ、扉が開いていく。


 広く、薄暗い部屋。まさにボス部屋だと言わんばかりの空間。

 青白い灯りが扉から奥へ順々に灯っていき、部屋の中央。

 そこに―――それはいた。


 もう見慣れた四足歩行の巨大な獣。

 ウルフ。

 だが、二層や三層のものとは根本的に別のものを感じる。


 体長は三メートルを超え、黒い毛並みは闇そのもののように周囲へ溶け込み、鋭い爪は頑丈な床の石を簡単に削っていた。

 そして、赤く光る瞳が、まっすぐとこちらを見ている。

 獲物を狩る目ではなく、純粋に敵を見る目。


 こいつには、俺が獲物ではなく敵として見えているらしい。

 当然と言えば当然だが、どこか認められた気がして、ずっと孤独だったせいか少し嬉しくなってしまった。


「………」


 自然と息を止める。

 蛇とは違う。だがそれでも、今まで戦った魔物とは比べ物にならないほどのオーラを放っていた。


 瞬間。


『グルルル………』


 低い唸り声。

 次の瞬間。黒が踏み込んだ。

 地面が砕ける。


「っ………!」


 姿が消えたように錯覚するほどの速度。

 咄嗟に身体を横へ投げ出す。

 直後、先ほどまで俺が立っていた場所を巨大な爪が薙ぎ払っていた。

 石床が深く抉れている。


「おっかね………」


 冷や汗が流れ出る。

 一瞬でも遅れていたら終わっていた。だが不思議と焦りはなかった。

 見える。


 動き出す前の身体の沈み。

 足へ込められた力。

 視線の向き。

 すべてが、鮮明に感じ取れた。


 この黒狼は強い、間違いなく。

 だが決して勝てない相手ではない。

 黒狼が再び姿勢を低くし、攻撃の態勢。


 来る。


 そう悟った瞬間にはすでに身体は動いていた。

 正面からは受けず、横へ回り込む。


 黒狼の爪が空を切った。その一瞬。

 短剣を走らせ、首を狙う。

 だが―――


「硬っ……!」


 刃が途中で止まる。

 毛皮を裂いた感触はあったものの、浅かった。致命傷には程遠い傷。

 そのあたりの魔物なら、過剰すぎるほどの一撃だったはず。だが、それだけこの魔物は桁が違う。ということなのだろう。


 巨大な尾が振り抜かれる。

 反射的に身体を沈める。

 頭上を巨大な尾が通過し、巻き起こった風圧だけで頬が切れた。

 距離を取る。


「……」


 短剣を握りなおす。

 間違いなく、今までの魔物とは違う。まさしくボスに相応しい強さ。

 だが、見える。


 避けるときの癖。

 動き出しの速さ。

 攻撃の方向の偏り。

 全部が、自分でも驚くほど見えていた。


「………行ける」


 小さく呟く。


『グルルルル………!』


 黒狼が地面を蹴る。

 一直線。

 右の爪。

 単純な攻撃。

 だからこそ―――


 まだ動かない。

 引き付ける。

 限界まで。


 爪が届く直前。身体を横へ滑らせる。

 黒狼の巨体が横を通り過ぎる。

 瞬間、短剣を振るう。


 狙うのは右の後ろ足。


「――っ」


 刃が毛皮を裂いた。

 まだ浅い。

 だが、確かな傷を与えた。


 黒狼の速度が僅かに落ちる。

 黒狼が振り返り、赤い瞳がこちらを射抜いた。


 怒り、ではない。

 警戒。

 この獣は理解しているのだ。

 俺がただ狩られるだけの獲物ではないことを。


「……」


 黒狼が再び動く。

 今度は左右へ身体を振りながら、距離を詰めている。

 先ほどまでの単純な突進ではない。

 こちらの反応を探っているのだ。


 ただの獣ではない。

 ダンジョンの十層を守る存在。いわばここのボス。

 それ相応の知能があるのということか。

 黒狼が壁を蹴った。


「………!」


 予想外の軌道。

 空中からの攻撃。

 左右へ広がった前足が逃げ道を塞ぐ。


 普通なら、ここで避ける。

 だが―――俺は前へ出た。


 黒狼の懐に潜り込む。

 巨大な身体には死角があるものだ。

 近づくほど、その巨体は弱点になる。


 爪が頭上を通過する。

 その瞬間。


 短剣を突き出す。

 首元。


「………っ!」


 今度は確かに入った。間違いなく先ほどより深い。

 黒狼の身体が揺れ、赤黒い血が噴き出す。

 だが―――倒れることはない。

 黒狼は無理やり身体を捻る。


「………っ」


 咄嗟に短剣から手を離す。

 瞬間、巨体に弾き飛ばされる。


「がっ………!」


 背中から壁へ叩きつけられる。

 肺から空気が抜ける。

 息ができない。

 それでもなんとか、身体を起こす。


 視線の先。

 黒狼はそこに立っていた。

 首元から大量の血を流しながら。


「……バケモンか」


 短剣は首に刺さったままだ。


『ガルルルルルルル』


 殺気が空間を満たす。

 そして、俺と黒狼は同時に地面を蹴った。


 武器はない。

 普通なら、圧倒的に不利な状況だった。

 黒狼には鋭い爪と牙があるのに、こちらはなんの武器も持っていない。当然だ。

 だが、恐怖はなかった。


 黒狼が迫る。

 巨大な身体が地面を揺らし、鋭い牙がこちらへ向く。

 動きが鮮明に見える。


 首の角度。

 踏み込む足。

 攻撃の軌道。

 全部が鮮明に見えた。


 ギリギリまで攻撃を引き付け、身体を横へ逸らす。

 ―――避けられる。


 そう思った瞬間。

 黒狼の身体がわずかに沈み、本来なら存在しないはずの軌道から、巨大な尾が飛んできた。


「がっ………!」


 身体が宙を舞う。

 さっきまでとは比べ物にならない威力。

 床を何度も転がり、ようやく止まる。


「なんだ………?」


 立ち上がりながら黒狼を見る。

 明らかに何かが違った。

 さっきまでとは、何かが。


 黒狼は首元に刺さった短剣を気にする様子もなく、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。

 そして―――身体からどこからともなく黒い霧が漏れ始める。


「………」


 一瞬、血かと思った。

 だが違う。煙でもない。

 その時、一つのワードが頭をよぎった。

 ―――魔力だ。


 その実態はわからないが、その濃密すぎる魔力が、形を保てず外へ溢れ出ているのだ。

 黒狼の周囲を覆う黒い霧は、次第にその身体全体を包み込んでいく。


 部屋が震えている。

 この空間が、黒狼の存在に押しつぶされているようだった。


「お前も第二ラウンドあるのかよ………」


 思わず愚痴を垂れる。

 ほんの冗談のつもりだったが、全く笑えない冗談だ。


 黒狼が顔を上げる。

 赤い瞳。

 そこにあったのは獣の目ではない。

 蛇のような、明確な意思をもった殺意だった。


「………」


 短剣が首に刺さったままのはずだ。

 まだ血は止まっていないし、俺よりずっとダメージを追っているはずだった。

 なのに。


 こいつはまだ、本気じゃなかった。


 目の前の現状を理解した瞬間。

 背中に冷たいものが走った。

 一瞬で黒狼が消える。


 違う。

 消えたように見えただけで、移動したのだ。

 姿は見えないが、反射的に横へ飛ぶ。


 直後。

 いた場所の床が爆散する。

 爪が石床を砕き、破片が飛び散っている。


「速………」


 なんとか避けた。

 動きは見えていた。

 なのに、どうしても身体が追いつかない。


 さっきまでは見えた動きに対応できた。

 だが今はどうだ。

 見えている。ただそれだけで―――


 黒狼が待っていたと言わんばかりに再び踏み込む。

 右に払い。

 理解した瞬間には、すでに爪が迫っていた。


 ―――間に合わない。


 腕を交差させて防ぐ。

 骨が軋む。

 まともに受けていれば死ぬ。

 それだけは理解できた。


「………」


 息を吐く。

 黒狼は強くなった。


 単純に。

 速さも。

 力も。


 基礎能力が上がっている。

 でもそれだけじゃなかった。

 こいつは、俺の動きを読んでいた。


 俺がどこへ避けるのか。

 どんな行動をとるのか。

 予測して、その先を考えて攻撃してきている。

 ただ強いだけの獣ではないのだ。


「やばいな………」


 つい、口元が少し緩む。

 久しぶりだ。

 ここまで追い詰められたのは。


 都合よく俺の準備など待ってはくれず、黒狼が地面を蹴る。

 避ける。

 そうしようとした時、初めて気が付いた。

 身体が動かない。

 いや、動いたら死ぬのだろう。と確信した。


 この攻撃の先には、それに繋がる攻撃が用意されている。

 動きについていくだけで精一杯の俺は、二手目、三手目くらいには命を落とすだろう。

 まるで詰将棋でもしているかのように。俺の逃げ道はこの獣の手によって完全に塞がれていた。


「………」


 拳を握る。

 今まで何度もしてきた。


 剣術。

 体術。

 マナ操作。


 スキルによって成長するそれらは、確実に積み重なっていた。

 だが、本当の意味で俺はスキルを使ったことはなかった。


 マナを動かす。

 全身へは流す時間もない。

 ただ一点ずつ。


 拳。

 腕。

 肩。

 腰。

 脚。


 俺に残された時間は一秒もなかった。

 計五ヵ所の筋肉とそれを構成する骨に、ありったけのマナを叩き込む。

 その間、コンマ三秒。


「―――――――――――――――――――――、あ」


 突然流し込まれた膨大なマナに、身体が悲鳴を上げている。

 構わない。


 黒狼が迫る。

 黒い霧を纏う巨体。

 真正面から受ければ間違いなく死ぬ。


 だからこそ。

 一歩踏み込む。


 黒狼の爪が迫る。

 拳を引く。

 溜めたマナをただひたすらに、一点へ集中し、解放する。


「――っ」


 拳と黒狼の頭部が激突する。

 瞬間。

 世界から音が消えた。


 正確には、聞こえなかった。

 あまりにも大きな衝撃だったのか。耳が追いついていない。


 次の瞬間。

 遅れて轟音が響いた。


『―――――ッ!!』


 黒狼の巨体が嘘みたいに宙を舞う。

 纏っていた黒い霧は大きく乱れ、その身体から剥がれるように消えていく。

 床へ叩きつけられ、地面が揺れる。


「………」


 俺は時間でも止まったように、その場に立ち尽くしていた。

 拳を振り抜いたまま姿勢のまま。

 理解が追い付かず、


 勝った。

 そう理解するまで、数秒を要した。


 黒狼は時間が経っても動かない。

 先ほどまで部屋を支配していた圧迫感も、殺気も、今では一切感じない。

 残っているのは、黒狼の巨体だけだった。


「………終わった………か」


 口に出した瞬間。

 身体から一気に力が抜ける。


「っ………」


 大の字になって倒れる。

 安心したら一気に痛みが押し寄せてきた。

 拳は赤く腫れ上がり、指先の感覚も薄い。


「痛っ…………」


 無茶をした。それは自分でもわかるほどに。

 身体の耐久を無視し、マナを一気に流し込む。

 一見、最強の一手のように見えるが、実際はマナ効率も最悪で、身体への負担も計り知れない。

 だからこそ、本来ああいう技はメモリに記憶させ、スキルとして使うものなのだが………。

 どうしたものか、それをメモリなしでやってしまったのだ。そりゃこうなる。


「…………はは」


 思わず笑いがこみ上げてくる。

 人力で、スキルを発動した。

 マナ効率の云々や、身体にかかる代償なんかより、俺はそのことに歓喜していた。

 冷静に考えれば、無茶苦茶なことをしたと思う。

 やってることだけを見れば、どっちが獣かわからないほどだ。


 でも。

 悪くなかった。

 短剣を握る。

 攻撃を避けて。

 武器がなければ拳で。


 それも間違いなく俺の武器だ。


「………」


 倒れた黒狼を見る。

 瞬間。黒狼の身体が淡い光に包み込まれる。


「………?」


 光は次第に強くなり、やがて黒狼の身体は粒子のように崩れていく。

 何匹も魔物を倒したが、それは初めて見た光景だった。

 光の中から何かが落ちる。


「………っ」


 身体の痛みを我慢して立ち上がり、黒狼の身体があった場所に近づく。

 そこにあったのは―――――


 黒く、怪しい光を放つ石だった。

 ただの石にしてはやけに大きいし、そもそも光っているのがおかしいだろう。


 手に取った瞬間。

 確かに、身体の奥でなにかが反応した。

 咄嗟に石を手放した。

 身体になにか異変があるかと、あちこちを見るがどこにも異変はない。

 むしろ、戦闘後で疲労しきっていた身体が軽くなったような。そんな感じがした。


「………?」


 石を持ち、様々な角度から眺めていると、部屋の奥。

 今まで存在しなかった場所に、ゆっくりと青白い光が灯る。


 そして。

 その先―――――


 下階へ続く階段が現れた。


「………」


 十層突破。ということなのだろう。おめでとう、俺。

 だがここから先も未知であることに変わりはない。

 拳を握り締め、ゆっくりと階段へ歩き出した。


 十一層。

 どこまで続いているのかはわからないが、十層のボスであの強さならせめて全部で二十層くらいにしておいてほしいところだ。

 どうせ、そんな都合のいいことはないのだろうが。俺もいい加減わかってきた。


 一段。

 また一段。

 ゆっくりと階段を降り、十一層へ足を踏み入れた瞬間だった。


「……………………え」


 絶句した。

 今まで通り、石造りの部屋が続くと思っていたダンジョン。

 そこには、俺の想像していた世界とは、程遠い世界があった。


 頭上には青空。

 頬を撫でる風。

 草木が揺れる音。


 目の前には、どこまでも続く草原が広がっていた。

 一つ疑問に思う。

 ―――ここは、本当にダンジョンなのかと。

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