0268 其の晶体(しょうたい)を明らめるは多元の深淵に迫るが如し(3)
晶触腫は、「エイリアン」である。
――つまり、認識が現実を書き換えるというシースーアの超常法則によって与えられた「この俺に望まれた役割」なのである。
加えて、それがその意味において逆算された性能を持つように賢者蟲アンによって魔改造されており、その性能は、もちろん結晶構造の分析に特化されたものではあるが――それだけでもない。
簡単な例を挙げれば、顕微鏡の”真似事”程度であればできるのである。
そして、いかな高度な魔法技術と魔法工学的技術が組み合わされて製造された代物であっても、それが『長女国』という領域の内にあり、鉱物として採掘され、そして運搬されたものであるならば。
「待ってください、オーマ様。まさか」
――ルクの述べた”まさか”が、少なくとも、その範囲を大いに絞るという意味では大まかに分析できてしまう。
「つい先程分析できたようだが、アンから”リスト”を受け取っておけ。それとお前たちの『地理学』の知識が組み合わさったなら、できるだろう?」
≪フレイクフィーラーちゃんの面目躍如さんなのだきゅぴぃ。毛穴の1つ見逃さないで、素性が丸裸にされちゃうなんて……乙女の敵きゅぴね!≫
鉱物であるならば、必ず採掘され、その際に土塊が微粒子レベルでも付着するであろうよ。
切り出され運搬される際に、それを運ぶ人夫・人足達の手にかかることもある。そうだろう?
――全てが魔法的手段によって行われていたならば、それはそれで今度は「魔法的痕跡」として感知・検出されるだけであるが、逆に、魔導の専門家だらけで互いに謀略を仕掛け合うこの国では、国家統治の鍵としても活用される装置の材料である貴重な鉱物の「採掘地」などは最上位の機密の1つであることは想像に難くないため……非魔法的な採掘技術・運搬法も組み合わされている、かもしれない。
ならば、結晶の塊という重量物である。たとえば木製の運搬道具で押さえつけ、留め、締めつける際にそうした道具の微細な木片や木粉が付着することもあるだろう。周囲の土壌にもよるだろうが、例えば運搬する際に、土埃に混じったその土地の植物の種子であるだとか、動物の毛であるだとか、欠片であるだとか――そんなものが混入してしまう、ということもあってもおかしくはない。
なんとなれば、非魔法の運搬時に、その作業に従事していた人夫達が一息ついた際の汗のようなものだって、付着していても全くおかしなことはない。
≪……結晶を複数、高熱で融合させたのだろう? そのような痕跡など、焼き飛ばされてしまうのではないか?≫
「そうだな、ソルファイド。確かに材料が運び出される時はそうかもしれないな? だが、完成した『晶脈石』は? それが厳重な【重封】の魔法の箱に入れられていたとして、じゃあ、その箱自体の外装や、運搬車の車輪や車軸に付着した土だとかその中の菌糸類は?」
≪その全てが、合切、完全に取り去って拭い去って消し去った”清潔”な状態で『晶脈石』は、その任地まで運ばれるわけがない……ってことかよ≫
思い出されたい。
このナーレフに封ぜられた『晶脈石』は、新品ではなく、かつてどこぞから移動させられてきた”中古品”なのである。魔導の王国らしく魔法的な機密保持は十分にされているであろうが、今挙げたような事柄について、果たしてどこまで『長女国』では工学的な産業情報の機密保持の概念が発達しているであろうか?
結晶構造を詳細に解析した、そのついでではある。
だが、およそ人の肉眼ではほとんど見分けることのできない、結晶表面の微細な溝だとか隙間だとかのわずかな割れ目の類に入り込み、潜り込んだままになっていた、そうした数々のミクロレベルの「痕跡」のリストを、今しがたアンからリュグルソゥム家に渡したところなのであった。
ルクが黙り込み――『止まり木』へ意識を転移させた――数十秒後(結構時間がかかったな、というのが俺の印象。おそらく精神世界では数カ月から数年単位だろう)。
「……わかりましたよ。厳密な場所までは特定できませんが、しかし、地域レベルでならば」
≪いいのかなぁ、これ。こんな簡単に――簡単に、でもないけれどね、オーマ閣下の力だけれど、でも、こんな簡単にわかってしまってね≫
斯くして。
リュグルソゥム家とその”守護者”により、ブロイシュライト王家の秘密と力の源である【水晶鉱山】と、さらに、晶脈石を作り出すに当たって融合・結合させられたであろう『長女国』産の【魔石】の産出地がいくつか。
アンより渡された「付着物」のリストから、リュグルソゥム家は、『長女国』内におけるこれらの大まかな位置を特定することができてしまったのであった。
【魔石】の産出地は、【像刻】のアイゼンヘイレ家、【悪喰】のフィルフラッセ家、そして【四元素】のサウラディ家の所領内か、またはそれらに近い領域にそれぞれ最低1箇所ずつ。
そしてブロイシュライト王家の【水晶鉱山】については、『末子国』との国境を成す『礎廟山脈』地帯にあるということが、大まかにではあるものの、土質やそこに含まれていた植生、運搬時に付着したであろう痕跡などから、ほぼ最有力レベルで絞り込むことができたのであった。
≪なんだ? メルドット、随分と近かったんじゃないか。俺達のかつての『ハンベルス鉱山支部』から≫
≪今は旦那様の『魔石鉱山』だがな?≫
「――直ちに侵入を仕掛けますか? 御方様」
ルクの顔色を見たル・ベリが、そのように提言してくる。
だが、俺は首をかしげるように軽く横に振りつつ、同様に、考え込むルクを横目に見た。
【水晶鉱山】はブロイシュライト王家の重要拠点であると言えるが、まだ、色々な準備が全く整っていない今の段階で、それでもなお最速で手を出す価値があるのかというと微妙ではある。
『長女国』は最低でも3~4の頭(王家と三大派閥)を持った多頭竜蛇のようなものだからだ。サウラディ家とブロイシュライト王家の特権的な立場がより強く裏付けられているとはいえ、現実に力を持った他の頭顱侯家との相互関係、利害関係がわからない中で、ブロイシュライト王家だけに手を出しても全ての謎を一挙に浚うことができると考えるのは厳しい。
そして、家族と議論して同じ懸念を得ていたであろうルクもまた、このことに特段の意見は言わなかったのであるならば、この点は彼らの判断を重視すべきであろう。
ただし、今後それが選択肢に上がるようなった、という点では意味はあるとはいえるだろう。
――だが、それは直接情報を取りに行こうとするならば、の話である。
現在、【闇世】側の拠点に連行して絶賛迷宮ツアーという名の意図的な機密共有という協力要請を行っている、『罪花』ナーレフ支部に囲われていた、各走狗組織の連絡員達。
その中に、ブロイシュライト王家が抱える【クロイウェル宝飾職人会】の一員がいることを、俺は忘れていない。
≪うちのロスキスには、まぁお手柔らかにお願いしますよ、オーマ閣下≫
サイドゥラ青年が『罪花』に二重スパイの如く潜入していた【瑠璃瓶商会】の連絡員を案じたが、俺がそういう事情を公平に考慮するということはわかっているのであろう、どこか苦笑するような、開き直って面白がるような言い振りではあった。
彼らの間の詳細な関係性などについてはまだ聞いてはいないが、まぁ、なんとなくサイドゥラ青年の抱える「トラウマ」絡みではあるだろうか、そんな予想はしているところである。
俺も苦笑の意思だけ眷属心話に乗せて、【闇世】で弔うためにあえて軍門に降ったナーズ=ワイネン家の青年から意識を元の論点に戻す。
「符合はする。クロイウェルが取り扱う”商品”の中にも宝石に混じって【魔石】は存在しているみたいだからな。こいつらが直接の実務部隊かはわからないが、『晶脈石』の製造と運搬・管理に一切関わっていない……なんてことは考えにくいからな」
直接【水晶鉱山】に食指を伸ばさずとも、まずは、その場所を絞り込み、かつ、やろうと思えばそうすることはできる――この俺の迷宮がそういう程度の存在であることを知らしめた上で、この連絡員から引き出すことができる協力がきっとあることであろう。
晶脈石そのものでなくとも、晶脈石の製造等に関する、その周辺の産業的な情報を、である。
そして。
同様の事柄について、それは別にクロイウェルの宝石職人達に限られないのである。
頭顱侯の「走狗」達は、裏の仕事を兼任させられているだけであり、本来はそれぞれの業界における職能組合的な性格が強い存在である。彼らの本体は、この意味では「産業」の側にあるのである。
すなわちそれぞれの取り扱う商品や製品を、その素材から獲得し、運び、加工・製造して販売し、その間の流通を繋ぐネットワークを管理するというもの。
図らずも、いうなれば「ついでのそのまたついで」と言うべきではあろうが……晶触腫は最終的にいくらかの、こうした『長女国』における物流事情や、それに関わる才無しの人足達の労働事情・労働水準というものまで推察するような間接的材料(痕跡)を情報としてもたらしてくれていた。
そうした生の情報は、今後数日かけて”ツアー”を終えることとなる彼らと満を持して接する際に、この俺が彼らを「頭顱侯の走狗」としてではなく、いわばこの国やこの領域――『長女国』周辺域の経済圏における主要な「産業組織」の一員、かつ、使節として遇することの意味を彼らに対してより強く印象付けることとなるだろう。
「は? オーマさん、あの”走狗”達から頭顱侯達の情報とかを搾り取るとか、謀略の情報取って先回りしてとか、そういうことやるんじゃなかったのか?」
【闇】属性の気配が感知されるや(敵性のものではない)、先程まで眷属心話で情報共有に参加していた吸血種のユーリル少年が部屋に現れる。
現在の任務である「猫狩り」をまた一段こなし、次の”獲物”が罠にかかるまでの待機時間が暇にでもなったか――はたまた、何か気になることでもありそうな三白眼の微妙な目つきである。だが、すぐに何かを俺に伝える素振りもないため、至急ではないのだろう。
そう判断して、俺は解析と考察と検討の従徒達への情報共有を継続するためにユーリルの疑問に答える。
「ははは、誰がそんなもったいないことをするか」
なるほど、かつても今も『長女国』と暗闘を繰り広げる因縁を持つ吸血種の工作員らしく、ユーリルがその線で考えたことそのものはおかしなことではない。たとえ俺の”構想”を、あらかじめ聞いた後ではあっても、そもそも一介の工作員である彼にはそういう発想や知識は、すぐには根付かないであろう。
無論、共犯者と化す(とはいえ圧倒的な従犯だがな、力関係的には)という意味では連絡員を取り込む構図は変わらない。
だが、ナーレフは今、本格的な「拠点」――もちろん迷宮的な意味も含めて――として急速にこの俺の勢力の中に統合されていっている。それこそ「工作員」の類を釣り出そうと思うならば、まだ、いくらでも罠の張りようはあるのである。
そしてロンドール家が粛清された、という政変の情報は国内を早々に駆け巡っているであろうことも考えれば、いずれかの派閥なり頭顱侯なりが探りを入れようとしてきても何らおかしなことはないだろう。
「それはそれで対策をしていかないといけないですね。骨ですが、まぁ、やるしかありません」
「それでも御方様の眷属や、ユーリル達の助けがあれば、早々に堅牢にはできるであろうよ」
そうして”護り”を固めることと並行しながら、俺は、ナーレフにおいて本格的に『ハンベルス魔石鉱山』を稼働させ始める算段であった。
『長女国』において、高価ではあるものの”才無し”達が”才有り”と同様の魔導の叡智を扱うことができるようになる「魔道具」産業の――その必需品となる【魔石】の供給を操ることができるのは、この俺が自前の迷宮経済を持った迷宮領主であるからだと言えるだろう。
≪魔石や魔道具産業への規制の問題は、ジェロームおじさん確保したから格段に容易になったよね~≫
≪これがロンドール家のままだとか、エリスちゃんだったら、まず通すことも考えられなかっただろうけれど≫
ダリドとキルメの指摘だが、仮にその場合であったならば、それに応じた「闇経済」を構築するというやり方をバックアップ案としては持っていた。この場合、ユーリルによるナーレフでの”夜狩り”は、ここまで苛烈な形とはしなかっただろう。
――だが、俺はただの【魔石】屋だか【魔道具】業界の元締めを目指しているわけでは、ない。
「え、違うのか……? でも正直そこが一番のこの国の急所なんだろ?」
もっと深いレベルでの浸透か、否、もはやそれは再構築と言える次元のものを構想しているのであった。
そしてそれはマクハードから従徒献上された知識や、確保した『次兄国』商人達から、まだ初期確認レベルではあるものの、そこから凡そ察することのできたこの世界における世界経済システムの発展段階に鑑みて――。
まず、ロンドール家はおろか頭顱侯クラスであっても、仮にその発想の”萌芽”があったのだとしても、まず実行も実現もされていない。
手前味噌ながら、しかし、そのレベルのものではあると元の世界の歴史に照らして判断しているのである。これは、自信があった。
≪うむうむきゅぴきゅぴ。造物主様は、そういう生き方を選んできたさんだからねぇ。きゅほほほ≫
≪うんうんだねぇ~≫
だが、俺がそういう構想の下に「産業」への浸透を第一に狙っていく路線を取るならばこそ、より厄介な障害として立ちはだかってくる存在・組織がある。
――それは【魔導大学】である。
【人世】に進出して間もない頃、俺の【人世】や『長女国』に関する主要な情報源は、その最初期に迷宮に投降してきたリュグルソゥム兄妹であった。
だが、言ってしまえば彼らは、たとえリュグルソゥム家の秘術である『止まり木』による圧倒的な学問的知識が備わっていたとしても、それでもその立ち位置と出自・発想の基礎となるのは、貴族として、あるいは魔導の研究者として、のものなのである。
しかし、その後さらに夢追い老人コンビや、ラシェット少年や、ヒスコフ、ユーリルやマクハード、その他の「現地人」を多くその知識や視点と共にこの俺の迷宮に吸収していく中で――特に決め手となったのが多数の「生還組」や「生還できなかった組」などから、様々な方法によって抽出した知識であったわけだが――俺はこの国の産業と社会の構造に関する多角的な見方を深めていくことができた。
端的に述べよう。
【魔導大学】は学問研究機関であると同時に、むしろ「国家資格の認証機関」として、市井の社会経済や人々の生産・商業活動に対して絶大な影響力を握っている存在なのである。
要するに「産学連携」とでも呼ぶべき視点だろう。
この側面から見れば、魔導の探求者・研究者達の”溜まり場”などという開明的でありながら同時に陰険でもある印象からは、随分、様変わりする。
「この国の平民の魔法使い達は……まぁ下位の魔法貴族も含むと思うが、要するに”技術者”なんだ。治水にしろ、大農業にしろ、土木工事にしろ、セキュリティの構築や最先端の軍事技術の開発にしろ、その国内での民生に向けたメンテナンスの実務にしろ――そのほとんどには『魔法』という名の国家資格が必要だ」
位置づけが文字通り雲の上である頭顱侯家はむしろ特殊な存在なので脇に置く。
掌守伯でさえも、『晶脈石』という最重要の国家制御機構の実務的な制御と管理とメンテナンスを担う”技術屋”なのである。
そして、上は『晶脈石』管理から、下は地方の下水処理までを全て「魔法」という共通手順を修めた者のみが取り扱う仕組みとなっており、その便利さに”才無し”もまた強く依存している。
……となれば、例えばどの地域にどんな「技術資格」を修めた「魔法使い」がどれだけいるかというのは、そのまま、その地域の発展をどのようにコントロールするのかというより上流における意思と思惑がそのまま反映されるものとなるのである。
何故ならば、掌守伯以下は【魔導大学】の【十六属性論】に縛られているから。
ハイドリィの元に流れ着いたサーグトルの例を考えれば、【魔導大学】の異学派・非正統学派に対する硬直性と厳格性は、後もう数歩進めば世界的な戒律宗教レベルにすら比肩しうるであろう。
”才有り”が魔法貴族達に囲い込まれ、【十六属性】という正統な学説に従った魔法を修め、社会に輩出されて、インフラや産業の維持に従事する強固な仕組みが出来上がっていると見るべきである。
異見が異端として排除される仕組みが【魔導大学】で厳格なればこそ、【魔導大学】の卒業生・在学生の名簿とは、そのまま、『長女国』が全体として保持する国家資格者(候補者)の名簿そのものである。そして、そこに彼彼女の名前を載せるか載せないかという裁量を【魔導大学】が持つならば、せっかく自らが”才無し”達の不安定な暮らしと距離を置くことができるという好機を自ら摘むこととなる。
誰が自ら、探究心旺盛な異説主義者になど積極的になろうか?
夢追いコンビ率いる調査班に探索させた、あの「古代遺跡」のような代物ですら――伝え聞く【黄昏の帝国】の規模が真実ならば、とても、あのような「古代遺跡」があれ1つだけだということなどあり得ない――都合が悪いという理由でその存在は封じ込めてしまい、議論すらまともにできないようにさせてしまう学問機関において。
≪あぁ、うん、オーマ閣下の説はものすごく納得できる。そう考えたら『星杯古今報』とかだって……あれ、思いっきりその「技術屋」達向けの部分も多いように思えるなぁ≫
「それができるのは自らが独自の魔法を持つ頭顱侯家や、それに近い者達、そこに囲われた者達ぐらい……ということですな」
あのサーグトルですら、根幹たる【十六属性論】に異を唱えたのは、一定の学識的地位を築いた後のことだと更なる調べでわかっていた。
「だが、頭顱侯達だってこの意味では【魔導大学】とは利益が近い共犯者だぞ? 【十六属性論】があるから、逆に、連中の秘術・秘法の類は象徴的にも実質的にも権威性と優越性と、そして正統性を帯びることができるようなものだからな」
頭顱侯同士の争いや隠れた上下の支配関係はあれど、その分厚い「雲の下」においては、地上にて地下から井戸が湧いただの枯れただのと一喜一憂する下層貴族と民衆が座している。
ミューゼか、あるいは高弟達か、どの段階でそうなったのか、最初から意図されていたのかはわからないが、この意味において【魔導大学】の存在そのものが一種の強固な社会統制の制度とも化しているのである。
≪それもまたサウラディ家の”力”、ということですね≫
まぁ、ブロイシュライト家が『晶脈石』の最奥にひた隠しにしている秘密と、根が同じである可能性は高いとは思っているところだが。
その意味では、サウラディ家と聞いて連想するのはやはり『精霊』であろうか。
【十六属性論】と『晶脈石』と『精霊』。
そして200年前の【大粛清】。
これらを繋ぐ線が、必ずある。
今の俺は、まだそれが何かを掴めずにいるが……今はまだそうだ、というだけだ。
ピースが足りない事柄への考察はそこそこに留めつつ、今は思考をナーレフにおける経済都市化・経済圏化の”構想”に戻そう。
俺が俺のやろうとしていることを本気で進めていった場合には、まず、真正面に立ちはだかるのがこの『長女国』における”産官学”の鉄の三角同盟だろう。
――簿記技術がこの程度の歴史的発展段階に過ぎないのに対し、他方で、社会経済産業体制がこのような形であるというアンバランスさも、まぁ、その意味では俺の元の世界が必ずしもマルチバース的世界観における標準的なケースではない……という意味では比較政治経済学的に興味深い視点ではあるのだが。
だが、しかし。
それならばそれで、これは逆手に取ることもできるのである。
「崩れる時は一瞬で、そして、一挙だぞ……いや、崩れる、という喩えはちょっと違うかもな」
俺が選んだ言葉のニュアンスを、果たしてその”使命人格”が嗅ぎ取ったか。
ユーリル少年が三白眼をやや見張るように、しかし半分訝しげに考え込んで顔を下げた。
「崩れる時は、一気に、一挙に、そいつらを丸ごと芋づる式に――といったところかな?」
ユーリル少年なりに、俺が、あえて走狗集団達を経済的な側面からまとめて強奪しようとしていることの構造については、その抱える「大乱」の使命人格で察知したのであろう。
ル・ベリやルクを含め、理解度の差や視点の違いはあれども、それぞれに一定の得心を得たような表情となる従徒達。
――さて、と。
この場で配下達と語っておくべきことや、今後の方向性について認識を共有しておくべきことをある程度やっておくことが、できた。そう判断し、撤収の指示を出そうとしたタイミングで、俺はユーリルの異変に気づいた。
酷く困惑したような表情で、その鼻をひくひくとさせているのである。
次いで、ルクとミシェールが言語と心話によりて、ナーレフ市内の重要地点各所に仕掛けていた感知魔法の1つである【ラダオンの腐れ血帳簿】が発動したことを速報してくる。
この対吸血種の感知魔法が発動したるその地点は、ユーリルが驚愕と焦燥に目を見開きながら顔を勢いよく向けたる方角。
――『救貧院』の方からであった。





