right to buttle ⅸ
「……紫苑、なん…で………?」
失血のせいかそれとも首を絞められていたせいか、掠れた囁くような声で少女は問うた。そしてストンと意識を失ってガクリと首を落とす。
「……何でも何も。……死んでなくて良かったな。」
その様子を知ってか知らずかそうとだけ呟いて紫苑は一歩前に出る。
不知火に後ろから攻撃し、あえて剣戟を右に反らさせて男の横に周り少女と奴の合間に割って入る様に動く。
攻撃を的確に捌き、薙刀の突きを逸らして畳み掛け、前へ前にと進む。
張りつめた空気。
男の異能によって加速された空気分子が少年の異能に依り減速させられ、現象としては何も起きない儘、異能波だけが周囲に吹き荒れる。
義眼に仕込まれている有機トランジスタが淡く蒼く燐光を生じて高速演算を開始、複雑極まりない異能式がいくつも組み立てられ、起動可能な状態へと消化されていく。
薙刀の刃が纏う赤橙色の焔が空気の爆発とともに吹き散らされれば、紫苑が周囲に展開した薄氷がソレを受けて気体となり、再び水蒸気が氷にまで昇華され、今だけは彼が使うことの出来る加速系の異能により不知火の至近で爆散。その視界を塞ぐ。
不知火との距離を詰めて一気に刀の間合いに相手を捕らえた。
業腹だがその距離をそれ以上広げない様に張り付くように紫苑は動く。
出来るならこんなクソ野郎と生死を賭けた舞踏会なんてやりたくもない。
己の胴を狙う突きに身を捻り、追撃の薙を身を屈めて躱し、そのまま一歩前へ。
刀の腹で薙刀の柄を下から上へと突き上げる様に押し叩き、バランスを崩させる。
これで取れるはず。
そう確信して、さらに一歩前に足を踏み出し、そして少年は背後へと飛び退った。
からん、と乾いた音をたてて不知火は薙刀を放り出し、白衣のポケットに素早く手を入れた。
刹那その手に握られていたのはハイスタンダードデリンジャーと、折り畳み式のナイフ。
銃を握る手、その人差し指が引かれるのと少年が回避するのはほぼ同時。
刹那、銃口から伸びた火線が少年の足を捕らえてそこからパッと紅色が散る。
もう一つの火線が放たれたが、こちらは無理矢理体を捻って回避、標的を見失った銃弾が虚空へと消えた。
呼吸が乱れ現れる一瞬の隙。敵は体勢が整うのなんて待たない。さらなる追撃で顔を目掛けて付き出されるナイフを、痛む脚を蹴り上げ逸らす。
これぐらいで自分は止まれない。
足に埋まった22ロング弾が筋繊維を引き裂くのも躊躇わずに、詰められ過ぎた間合いを開けるため後ろへ退がり、そして八相に刀を構え振り下ろしながら強く踏み込んだ。
刀に伝わる獲物の肉の感触。気にせず紫苑はソレを振り抜いた。
ドサリとナイフを握ったままの男の腕が地面に落ちる。
「死ねばいい」
刀についた血を振り払って、目の前の男を見据える。
それを見返して蒼白な顔のまま男は嗤う。
「お前もな、なあ」
ふらりと男は倒れこむ様に前へと動く。
耳元で声がした。
───守るべき物も無様に無くしてお前はただの不良品なのに、なんでまだ死んでないんだ?
「……ぁ……」
その言葉は呪いのように空っぽの心に留まり凝る。
動かそうとした右手が固まった。
同時に感じたのは腹部から背までを貫く灼熱の痛み。
目を落とせば深々と腹から伸びる薙刀の柄が視界に映った。
「阿呆」
不知火の革靴が紫苑の胸部にあてられる。
薙刀が少年の体から勢いよく引き抜かれるのと、ゆるゆると振られた日本刀が男の頭部を吹き飛ばすのはほぼ同時だった。
顔には下卑た笑み、目には驚愕の色を浮かべた男の首が枯れ草の中に鞠の様に跳ね転がって、持ち主の手からすっぽ抜けた日本刀がその隣に突き立つ。
死体と怪我人が相頽れ地面が肉を叩く音が二つ、真冬の枯れ野に響いて消えた。
久しぶりにカクヨムでの一話分を丸々だしました
ながい。