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謝罪  作者: 岩尾葵
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きっかけは、ただの戯れだった。

 気付いたら誕生日から二日が経過していた。あの日、母が持ってきた例の化粧品袋は、ベッドのすぐ側に置いてある箪笥の中に、ノートと一緒に仕舞っておくことにした。それは両方とも、大事な敦子との思い出だ。一つの疑問を解くためだけに、この部屋に半年以上いる私にとっては、なくてはならないし、なくしてはならないものだ。思い出を思い出すときに、手元にあればそれでいい。

 相変わらず、食べ物が咽喉を通らず、毎日夢は見ているのに眠れない日々が続いていた。体も精神も疲労がピークに達し、意味もなく死にたいと思い、ベッドに横たわると自然と瞳から涙がこぼれた。一方的に敦子を解釈する、それを今日もまたひたすらに繰り返す。彼女が消えた理由が分かるまで、彼女が無言であった理由が分かるまで。ただ一つの執着を頼りに私は何度もノートを読む。内容は、全て私の夢が書かれているものだが、そこからいくらでも敦子との思い出は蘇る。脳を洗う夢ならば、一緒に食堂でラーメンを食べていたことへ。首切り包丁で体を切断される夢ならば、ホームで人生の意味を議論したことへ。レポートを書いている途中にパソコンが壊れた夢なら、携帯の連絡と誕生日のプレゼント、それに付属した、あの旅行の日のこと全部。その他にも敦子に関連する夢の何もかもが、映写機で古い映画を見ているかのように、生き生きと私の目の前に広がる。そしてその中から、私はまた敦子が消えた理由を探しに出る。そうやって、私の一日はあっという間に終わる。

 今日も一通りの振り返りが終わり、またなぜ敦子はいなくなったのか、という疑問に辿りついた時だった。ベッドに体を横たえていると、脇にあった箪笥に目が止まった。私にはまだ必要がないが、あのとき敦子は化粧品の説明をしていたな、と思い当り、自然と手がその箪笥に向かっていった。

 中から取り出した化粧品袋は、全く使用していなかったためもあってあの時と同じ弁当箱を入れるにはやや深いくらいの正確な直方体のままだった。表面のプラスチックには皺一つなく、四隅もしっかり形を保ち続けている。それだけ見ていると、あれからもう一年経ったという事実が本当に信じられない。敦子との思い出は今も色褪せることなくこうして存在しているというのに、時間は水が流れるように私たちの前を過ぎ去ってしまう。

私は結局一度も使うことなく置き去りにされていた化粧品袋のジッパーを、おもむろに開いた。ポケットだらけの中身も寸分違わずあの時のままだった。どこに何を入れるのかは、もう覚えていない。意味もなくジッパーを開け閉めし、いくつものポケットの中を漁ってみた。何もない。望まれた道具が何一つ入らないまま、化粧品袋は内側の黒いナイロンをぽっかりと露出させたまま、こちらを見るばかりだ。

化粧品の類を何も持っていない私に、なぜ敦子はこんなものを送ったのだろうか。彼女は言っていた。世の中で唯一意味を持つものがあるとするならば、それは道具であると。では用途を為さない道具の意味は何なのか。例えばこの化粧品袋のように、中身に入れるものが何もない道具に、道具としての価値が見出せるのか。何日か前に時計を解体したのを思い出す。あいつは私が針をむしり取ってやったおかげで、時を刻むと言う役割を失い、道具としての存在意義を失った。ではこの化粧品袋は? 敦子からあの日私に手渡されたことにより、化粧品を入れるという役割を果たせずに存在意味を失っている、ということになるのだろうか。それが分かっているなら、なぜ敦子は私にこれを手渡したのだろう。

私は化粧品袋のあらゆるポケットに詰められそうなものを詰められるだけ突っ込んでみることにした。きっかけは、ただの戯れだった。何も入れられずに袋としての機能さえ失うくらいなら、何でもいいから入れてみた方がまだこの袋も浮かばれることだろうと、それだけだった。目に付く限りのいろいろなものを、手当たり次第に化粧品袋に入れていった。棚に入っていた鉛筆、昨日捨てたティッシュ、布団からはみ出ていた羽毛、なぜか残されていた洗濯バサミ、死んだ蜘蛛、青いリボン、抜けた髪の毛。詰めていくと、今まで用途を失っていた化粧品袋のポケットが一つ一つ埋まっていった。パンパンになっていく化粧品袋を、余すことなく使い切ってやろう、と思い私はあらゆるポケットを探り返していった。その途中、今まで目に付かなかったところにポケットがあるのに気付いた。直方体の中でも底面に当たる部分の裏側。ナイロンとプラスチックとの間を隔てるところに、なぜか大きな隙間があった。

そんなところに化粧品を入れるようには思えなかったが、私は中に何も入っていない事を確認するためにとりあえずそこに手を入れた。すると予想に反して右中指のあたりに尖った感触が伝わって来た。驚いて外側のプラスチック面からそこをさすってみる。何やらでこぼこした触り心地がした。不思議に思って袋の中に入れた方の手を、尖った感触の方へさらに進める。出っ張った部分を見つけたので、指でそれを摘んでからすぐさま手を引き抜いた。出てきたのは小さく折りたたまれた数枚の紙だった。

中には形のよい細かな字がたくさん並んでいた。突然出てきた手紙自体に、私は全く見覚えがなかった。だがその手紙の字と、手紙から漂うピーチミントの香りだけは、どうあっても忘れるはずがなかった。手紙の主は、敦子だった。胸が突然高鳴って、紙を持つ手が自然と震えた。文字を読む目が無意識のうちに震え、何度も手紙の上を滑って、私は酷く取り乱した。

取り乱したまま、私は手紙を黙って読んだ。

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