私は敦子のことを完全に誤解していた。
出会ってから、あの旅行の夜に彼女が自身の過去を打ち明けるまでずっと、私は敦子のことを完全に誤解していた。彼女は私にとっての唯一であったと思っていたが、私は彼女にとっての唯一ではないと思い込んでいた。それゆえに私は敦子に一方的な不信感を抱き、一方的な思いを募らせ、一方的に彼女に触れることになったのに、敦子はそんな行動の安定しない私に対しても丁寧に今までの経緯を説明してくれた。
彼女は何と優しかったのだろう。自分がどんなに追い詰められても、私を受け入れるだけの心の余裕を失っていなかった。だが私はそれを無下にしてしまった。彼女の苦しみに気づくことが出来なかった。そう考えて、また死にたい、という言葉が浮かんだ。
あの話を聞いて今までのことを顧みると、不信感を持っていた敦子の行動を自分なりに理解できた。彼女が私に近づいたのは、高校の時から見ている暴力を振るう父親の夢が、私の見る悪夢に親近感を覚えたから。首切り包丁の話を振った時に、何度も聞こえない、と言ったのは、父親のことを思い出したくなかったから。彼女は虐待の影響で右耳が遠くなっていた、とも言っていたから、もしかしたら最初に電車が向かい側を走った時には、本当に聞こえていなかったのかもしれない。さらに言うならば、あのとき敦子が生きる意味などないと断言したことも、今となっては十分納得がいく話だ。それから、私の誕生日に、プレゼントを渡そうとしていた敦子にかかってきていた電話。敦子はバイトの人かと尋ねると頷いていたが、その前後の敦子の態度から考えれば、あの電話はおそらく敦子の父親からのものだったのだろう。
一つ一つにその場で適当にごまかしていたのは、全て彼女の家庭環境を隠すためだったのだ。彼女は誰にも言えずに一人で父親の暴力を隠し通していた。精いっぱいの笑顔を振りまいていた。
それが分かってから私の敦子への様々な思いは断ち切れたかのように思えた。だがいろいろと考えてみても、一つだけ今尚どうしても分からないことがあった。自分でも、今更何を考えているのだ、とは思う。もう敦子はいない。もう敦子がどうであっても、その後の彼女がどうなろうとも、私には関係ない。彼女との関係を意識し続ける必要もない。それなのに、私はその一つの問いが解けないがために、敦子が失踪した今尚何度も彼女との思い出を振り返ってしまっている。敦子のことが頭から離れない。彼女が自分を信じきっていたということが、信じられない。
いつしか私は敦子のことを考える間に睡眠を忘れ、食事を忘れ、生きる意味そのものも失い、あらゆることに対する行動力がなくなっていった。だから未だ疑心暗鬼な状態で白い病院の白い一室で敦子との思い出を何度も振り返らねばならず、そのために大学を休学しさえしている。私にはもう、そのたった一つの疑問を解消する以外に生きる力を取り戻せない。
敦子はあれだけ自分のことを赤裸々したにもかかわらず、あの旅行の日、何も言わずに消えてしまった。それはなぜだったのか。なぜ黙っていなくなる必要があったのか――私にはまだ、それだけがどうしても理解できない。




