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二章十三話 『砂蜥蜴の魔質講座』


『――ファイアボールッ!』


 少年より放たれた黒い火球は、進行してくる小鬼(ゴブリン)の群のやや手前に着弾し爆炎を巻き起こす。


 術者であるジードですら、むせ返るような熱風に見舞われるにも関わらず、この攻撃で仕留めた数は僅か二匹ばかり。実に非効率な攻撃である。


 しかしこれも、ジルヴェルトが決まって数匹討ち漏らすのだから致し方のない事だ。

 当の本人は倒した魔物の数だけ魔力を吸収しているのだから、既に充分回復している筈であった。

 それにも関わらず一向に討ち漏らしが減ることはなく、むしろジルヴェルトは狙って数匹を討ち漏らしているかのようにすら感じられる程である。


 先程からひっきりなしに現れ続ける魔物の群。

 その大多数の殲滅をジルヴェルトが担い、残る数匹をジード、エレナの二人が処理すると言う作業地味た行為を延々と続けていた。


 その数は既に、当初魔力波に引き寄せられた魔物の数をとうに越え、辺り一帯の魔物全てが集結しているのではないかと思わせる程だ。

 そもそも、魔力に引き寄せられて来た魔物を、移動もせずに魔力で以て下しているのだから、終わる筈もないのは火を見るよりも明らかである。


 そして、この戦闘で判明した事がいくつかある。

 一つは鬼の魔力を用いての戦闘では、魔力の吸収が困難だと言うこと。『滅却』は勿論の事、『獄炎』であっても魔物の死骸が残ることが基本的に無い為、対多数の戦いが長引けば長引くほど魔力は減る一方となる。


 二つ目は、鬼の魔力で発動した魔術はどうしても過剰な威力となってしまうと言うことだ。

 下手に魔力を絞ってしまえば発動しなくなってしまい、調整に調整を繰り返えしてもやはり爆炎が巻き起こる始末。


 そもそも、大前提として『ファイアボール』と言う術自体が圧縮した火炎を着弾に合わせ解き放つものなのだ。それを取り分け強力な鬼の炎で担うとなれば、爆炎くらいあって然るべき話だろう。


 そこに思い至らないジードは、結局いつまで経っても魔力の調整が終わらず、馬鹿の一つ覚えの如く、頑なにファイアボールを打ち続けているのだった。


 そして丁度、残る魔物の群が一組となったのだが、どうやら進む足が(すこぶ)る遅いようで、到来するまでは幾らかの余裕があった。

 すると、見るに見兼ねていたジルヴェルトよりお叱りの言葉が飛ぶ。

 

「なぁ、折角鬼の炎(それ)が使えんのに、なに馬鹿みてぇに火球(ファイアボール)ばっか飛ばしてんだよ?」


「え、いや、だって俺、ファイアボール(これ)とフレイムしか知らないし……」


 ジルヴェルトの正気を疑うかのような非難の籠もった眼差しに、ジードはバツが悪そうに目を伏せ答えるが語尾は小さく聞き取れない。


「ぁあ? 何言ってんだ、おめぇ? 俺ら憑依者がてめぇの魔質を使うのに、一々術にする必要なんざねぇんだよ」


「え、それってどういう事なんだ……?」


「どうもこうもねぇ。魔力はそのまま魔質に変換出来る。俺なら砂、おめぇなら炎にだ」


 ジルヴェルトはそう言うと、無言のまま何も無い掌に砂を生成していく。

 最初は掌の上で山なりに盛り上がっていた砂は、ジルヴェルトの意志のまま自在に形を変え、まるで揺らぐ炎のその様を砂で表現してみせる。


「そ、そうなんだ。すげぇ……!」


「良いか、おい。鬼の炎を思い浮かべながら魔力を込めてみろ。今のおめぇなら出来る筈だからよ」


「うん……!」


 ジードは期待に満ちた表情で頷くと瞳を閉じ、掌にゆっくりと魔力を練っていく。


 すると間もなく。少年の掌に収まる程の黒炎が小さな発火音を伴い立ち上がったのだ。


「――おおっ!? 本当に出来たっ! それに熱くないぞ……?」


 同じ鬼の炎と言えど、術として放つのと、魔質として現出させるのでは色々と異なる部分があるようで、掌で燃えているにも関わらずジードに熱がる素振りはまるでない。

 ジードは自らの掌に現出した鬼の炎を、興奮した面持ちでまじまじと眺める。


 すると当然、師匠より二度目の叱責が飛ぶ訳で――、


「おら、ぼさっとしてねぇでとっととそれを動かせっての」


「え、動かすって、どうやれば良いんだ……?」


「なぁ、おめぇよお――今はんな暇もねぇから仕方ねぇけどな、まず少しはてめぇで考えて試してから聞けっての」


「あ、うん……ごめん……」


 すぐに人に答えを求めるジードの姿勢に苛立ちを覚えたジルヴェルトは、舌打ちと共に冷ややかな視線を送る。 

 同様の事をヴォルフからも指摘を受けていたジード。複数人から指摘を貰うと言うことはやはり、それだけその悪癖が目立つと言う事だろう。


 ――そもそも、何故ジードがこのような悪癖をもってしまったかと言えば、幼少期からの生活環境が多大な影響を及ぼしていた。


 それはまだ、開拓地セノアに人々が移住して間もない頃の事。

 徐々に新しい生活に慣れてきた幼き日のジードを襲った、父クレイブの訃報とも取れる行方不明の知らせ。


 受け入れ難い現実に意気消沈とし、塞ぎ込んでしまったジードを、どうにか元気付けようと奮闘したのはクレイブの戦友(とも)であるガンズだった。


 クレイブの生存を諦めていなかったガンズは、父が如何に勇猛果敢な人物であったかを実体験を交え伝え、生存を切に訴え続けた。

 それはまるで自身にも言い聞かせるかような行動でもあったが、来る日も来る日も熱心に語って聞かせた甲斐もあり、ジードは少しずつ元気を取り戻していった。

 そして気付けば彼もまた、父の背中を追うように開拓者を志すようになっていたのだ。


 そして、その事に気を良くしたガンズがつい口走った『わからない事、気になる事は何でも俺に聞くといい』と言う言葉。

 真に受けた幼いジードは、素朴な疑問から小さな好奇心までもをガンズにぶつけるようになる。

 元々世話好きなガンズがそれらを懇切丁寧に受け止め続けた結果が今日(こんにち)のジード。と言った具合だ。


 しかし彼とて、度々注意を受ければそれが間違った行為であると薄々ながら気付いていた。諭され、理解し、改善の意志こそあれど、()は中々抜けきらないのだろう。


 その為か、ジードが行った謝罪にはやけに信憑性があった。

 それに加え、少し間が空いたとは言え今は戦闘中。試行錯誤する暇はないという状況も相俟って、ジルヴェルトはそれ以上責め立てる事はなく、軽く舌打ちをすると説明の為に口を開く。


「――良いか、炎は維持したまんま頭ん中で何かを思い浮かべてみろ。形だろうが動きだろうが何でも構わねぇ。そうすりゃ、面白れぇ位その通りに動くからよ」


「えっ? そんだけ……? まぁ、うん、ありがとう。とりあえずやってみるよ――」


 炎を維持したままイメージするだけ。

 何ともお手軽だった答えに拍子抜けしつつも、ジードはイメージを固めるべく目を閉じ意識を集中していく。


「えっと、何か思い浮かべるもの…………」


 誰に言うでもなくそう呟いてから少しばかり。

 ジードの掌で揺らいでいた黒炎は徐々に形を変え、やがて鬼の顔を模した炎へと変わる。

 解呪の際、ヴォルフの記憶の一部を垣間見たお陰か、鬼の顔の再現度はかなり高い。だがしかし大きさが大きさゆえ、些か迫力に欠けるのが残念な所である。


「おおっ! ちゃんと出来てる……!」


 うっすらと瞼を開け、出来映えを確認したジードは、自身のイメージ通りの仕上がりに興奮を露にする。

 すると、成功を見届けたジルヴェルトより、次行程が告げられる。


「ほぅ――鬼の炎で鬼を形取るたぁ、おめぇも大概だな。んじゃ次だ、込める魔力を多くすりゃする程、そんだけ魔質が強化される。俺の場合は扱える量の他に硬度が増えんだけどよ、炎で言やぁ火力が増したりか?」


「へぇ、魔力の量で火力調整するのか――」


 何故だか少し上機嫌になったジルヴェルトに促されるまま、ジードは黒炎へと供給する魔力量を増やしていく。

 すると掌の上の鬼を模した炎はその勢いを増し、造形そのままに巨大化すると少年の顔を飲み込んだ。


「――()っつ……くないんだった……」


 先入観からか、熱いと言う言葉が反射的に口を衝き、思わず仰け反るジード。

 先程自身で確認した通り、自ら繰り出した炎の熱を感じる事はないのだ。ついでに言えば、髪や服も燃えずにそのままである。


「そりゃそうだろ。てめぇの炎で燃えてりゃ世話ねぇからな」


「はは、まぁ確かに……」


 ジルヴェルトの尤もな意見に苦笑いで返したジードは、再び意識を鬼を模した炎へと移す。

 掌サイズから、子供一人丸々飲み込めるであろう大きさまで火力を増したそれを再び元の大きさまで戻し、しげしげと見据えること幾ばくか。


 燃え揺らぐだけであった鬼の顔は、ぱくぱくと口を開いたり、鼻に縦皺を浮かべたりと、ジードの意志のままに動きを見せ始めたのだ。


「おお、動かせるっ!」


 本人であれば天地がひっくり返ろうとも見せない表情も思いのまま。それはさながら百面相のようである。


 そして段々と興が乗ってきたジードが、鬼の口先を窄め尖らすと言う悪乗りを始めた所で遂に時間切れ。やっとの事でトロールの群が近くまで迫って来ていた。


「おら、そろそろ来んぞ。後はそれをどう使っていくかをよく考えとけ。魔質を用いた戦い方っつうのは人それぞれだから――よおっ!!」


 ジルヴェルトは視認出来る程大量に魔力を込めると、力強く地面を踏みたたく。

 すると、迫るトロール達の足元は突如としてすり鉢状に陥没し、全てを飲み込む流砂へと成り変わったのだ。


「「「――――」」」


 

 俊敏な魔狼(ウォーグ)ならば兎も角、鈍重なトロール達に逃れる術などある筈もなく、一匹、また一匹と冷たい砂の底へ沈んでいく。


「――ッ!?」


 そんな中、唐突に砂底から伸びてきた砂の腕(・・・)に押し出される形で一匹のトロールが流砂から逃れ出た。


「――――ッ!!」


 状況がまるで掴めていないトロールだったがこれを好機と捉えたようで、野太い雄叫びを上ると再び一心不乱に歩を進め始めた。


「おら、残るは一匹だ。最後くらいびしっと決めろよな」


「う、うん! わかった!」


 重い足音を響かせ迫る巨躯。狙いやすい大きな(まと)であり、避けるだけの機敏さを備えていないトロールが一匹。魔質の試し打ちには打ってつけ、まさにお誂え向きだろう。


 ジードは内側へ向けていた掌を外側へ向けると、腕を真っ直ぐ伸ばし直線上にトロールを捉え、自身が繰り出した炎へと意識を集中していく。


「…………。――いっけぇええええっ!!」


 気合いの入った掛け声と共に掌から射出された黒炎。鬼の顔を模したその炎は再び火力を増し轟々と燃え盛ると、獲物を呑み込まんとばかりに咥内を覗かせトロールへと襲い掛かる。


「――ッ!」


 近付くにつれ大きくなる、黒き炎で造り上げられたそれに怯み、慌てて勢いを殺そうと試みるトロール。しかし今更どうすることも出来ず、慣性のままに足は進むばかり。


 そして残酷にも、その時は訪れる。

 直撃の瞬間、鬼の炎は一際大きく開口し、トロールを頭からすっぽりと呑み込んだのだ。


「――――!!」


 巨躯を一呑みした鬼の炎はその途端に造形を崩し、トロールを包み込むようにと様変わりする。

 暴力的な熱量の爆発により、瞬く間に消し炭となるファイアボールとは違い、秒刻みで肉体を死へと追いやる鬼の業火。


 火達磨となったトロールは苦悶の叫びを上げ、間もなく生命活動を停止する。苦しむ時間は極僅かとは言え、骨ごと身を焼かれる苦痛は想像を絶するものに違いない。

 

 目標を焼き尽くした事で寸前までの火の手が嘘のように収まり、音もなく消失した鬼の炎。その火葬跡地には骨の一欠片も残っておらず、焼け焦げた大地だけが物悲しげに顔を覗かせていた。


「お、終わった……」

 

 事の顛末を確認し、ほっと胸を撫で下ろすジード。万が一にはエレナやジルヴェルトが控えているとは言え、ぶっつけ本番だったのだ。

 更に言えば、ここまでお膳立てされておいて失敗しましたでは、流石の彼も立つ瀬がない。その為、ジードが漏らした溜め息には深い安堵が感じられる。


 するとそこへ――、


「んだよ、やりゃあ出来んじゃねぇの、おい――」


「――っ!」


 一難去ってまた一難。ご馳走を目の前にした獣は身内にもいたのである。


 唐突に耳を撫でた悩ましげな声。

 ジードからすれば限り無く(おぞ)ましいその声に恐る恐る振り返れば、声の主の細められた縦瞳孔の瞳は既に喜色を帯びており、少年との視線が交差すると堪らず下唇に舌を這わせる始末。


 ヴォルフへの想いを燻らせているこの男に、鬼を連想させるような行動はこの上ない悪手であったと言えよう。


「――あ、ああ、うん……」


 迫る狂気に命の危機を感じ取り、無意識に竦む身体。それを誤魔化すように身構えるジード。いざとなれば即刻ヴォルフとの交代も辞さない心構えである。

 だがしかし、意外にもジルヴェルトのスイッチが入ったのは僅かな間だけだったようで、続く言葉は至極冷静なものだった。


「――しかしよお、(えれ)ぇ時間食っちまったなぁ、おい。この辺りの魔物共は殆ど一掃しちまったんじゃねえのか……?」


 幸か不幸か、どうやら今のジードでは戦闘狂(ジルヴェルト)を興奮させども、理性を蕩けさせるまでは至らないようである。


 そして、対するジードはと言えば――、

 

「あー、その……すいませんでしたっ……!」


 事の発端が自分だと言うことは重々承知しているようで、勢い良く振り下げられる頭が一つ。


 何はともあれ、ジードが不用心故に巻き起こした魔物の強襲騒動は、その全てを討ち倒した事で終結と相成った。

 また、結果だけを見れば『魔質の行使』と言う新たな戦法を得る事にも成功したのだから、たまには、ほんのたまには、ジードのおっちょこちょいも役に立つ――――のかも知れない。



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[良い点] 「唐突に耳を撫でた悩ましげな声」 あっ…… とてもニヤニヤする展開ですね。 ジードご愁傷様です。 今回の話は特に面白かったです。
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