表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
50/73

街案内

 

 ジード達一行と併走を続けていた雨雲は、既に遥か北東へと移りゆき、平穏を取り戻した夜空には、宝石のような星々が競い合うように輝いていた。

 それに負けじとカリバの街も、煌々と明かりを灯し、訪れる人々を温かく迎え入れる。

 

 擦った揉んだの旅を経て、首都カリバへと帰ってきたジード達は、門を潜り抜けた途端、雨上がり特有の湿気た匂いに包み込まれた。

 まだ濡れている石畳は、歩く際は滑りやすく危険だが、街灯の光を反射している情景は、心に染みるものがあり、見る分には文句無しだろう。




 そんな中、馬車が止まるよりも早く、ジルヴェルトが屋根から飛び降りた。

 

「俺ぁ先に、カミラの婆さんとこ行ってんぞ。ちんたらしねぇで早く来いよな、おい」


 もうこれ以上一秒たりとも、同じ時間を共にしたくないといった風に、ジルヴェルトは歩きながら吐き捨てる。段々と遠退いていく後ろ姿は、不機嫌さがまるで拭えていない。


「あーもうっ、腹立つー! あんな奴何時まででも待たせて置けば良いのよ! そうだ、皆でご飯でも行きましょうかっ」


 未だ動いている馬車内にいるリーゼだが、こちらも変わらずご立腹の様子である。年増発言が余程気に入らなかったのだろうか。付き合いの長いガンズですら、困惑するほどの怒りを内包しており、もし仮にこれがレミンであれば、地団駄で馬車の床が抜けてしまいそうな程だ。


 女性に年齢絡みの発言をするとどうなるのか。身を以て体感したガンズとジードは、何があろうとも同じ轍は踏むものかと、恐怖の戦慄と共に、教訓を心に深く刻み込むのだった。


「いや、それはほら……俺もあまり遅くなると、カミラさんにどやされてしまうし、お前だってまだ仕事が残っているだろう?」


 ガンズは必死に理由付けをして、リーゼを宥める。頭から湯気を吹き出しそうな勢いで、身体中をわなわなとさせている彼女を放っておけば、自らも強制連行されかねないからだ。


「うーん……それもそうよねぇ……」


 ガンズの言葉を受けて、リーゼは斜め下へと視線を逸らし、唇の端辺りに指をそっと触れると小首を傾げた。どうやら彼女の心は、私怨と責務の間を彷徨っているようである。


 そこでガンズは、駄目押しとばかりに言葉を続ける。


「それにな……実は、カミラさんの新作回復薬(ポーション)の毒味をする約束をしてるんだ。機嫌を損ねたら何をどれだけ飲まされるか……」


 開拓者の皆々から、様々な情報が集まる立場のリーゼだ。当然、カミラの辛辣さも理解している。


「……仕方ないわね。ご飯はまた今度にしましょうか」


 情に訴えかけるガンズの策が功を奏し、リーゼはさも惜しげに諦めるのだった。

 その瞬間、三人は心の中で大きく胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


 ***


 馬車は所定の停留所に止まり、ジルヴェルトより数分遅れてカリバの地を踏んだ一行は、御者の成年へ謝罪を兼ねた礼を告げる。迷惑料と称して規定以上の代金を支払わんとするガンズに、青年は頑なに首を横に振り続けた。

 それでもしつこく食い下がろうとしたガンズだが、『今後とも是非ご贔屓にしていただけると嬉しいです』と人当たりの良い笑みを浮かべられては、これ以上やるのは野暮であり、流石に折れるほか無いだろう。

次にトクリップに行くことがあれば、時間を調整してでも彼の馬車を利用するに違いない。




 御者の青年との挨拶を済ませた三人と一人は、別々の目的地へ向け歩き出す。

 と言っても、カミラの店『ベハンドルグ』は開拓団支部を越えた更に先にある為、必然的に途中までは共に歩く事となるのだが。


 馬車を下りた当初こそ、怒りの収まりきらない様子の彼女だったが、エレナの何気なく呟いた一言により一変する事となる。


「あそこって、なんのお店なんだろう……」


「ねぇ、ちょっと待って? 街案内、されていなかったりする……?」


 リーゼはまさか、と言った風に恐る恐る尋ねる。

 

「え、ええ……来たときにはもう遅い時間で、早く宿を取らなくちゃって、どうしようもなくて……」


 エレナはリーゼの様子から不穏な空気を感じ取り、これ以上波風を立てぬよう細心の注意を払い返答をするが、それを聞いた彼女は、横目でじろりとガンズを睨んだ。その若草色の瞳には、非難の色が一目でわかるほどに滲み出ている。


「どういう事かしら? 主要な店舗だけでも、歩きながら説明出来たわよね?」


「あ、いや……宿の確保や、支部への報告の事で頭がいっぱいで、それどころではなかったんだ。それに、そういう事は時間に余裕のある時にすれば良いんじゃないか……?」


 唐突に言及される事になってしまったガンズは動揺混じりに反論するが、それによりリーゼの瞳は、更に非難の色を濃くしていく。


「それどころではない? ふぅん。もうすぐ帰る人のどこについてそんな時間があるのよ。後輩の知りたいという欲求をきちんと満たしてあげるのも、先輩としての重要な役割だと思うのだけど? 何も知らないで、良くない店に引っかかったらどうするの?」


「ぐっ…………」


 リーゼの咎めるような口振りに圧倒されて、ガンズはあっと言う間に口を噤んでてしまう。だがそれも、言っている事は大体が的を得ている為、反論の余地はそう残されていないのだ。


「もうっ、まぁ良いわ。支部に着くまでの間だけでも、私が案内するわ」


 そう言うが早いか、リーゼは三人の前に躍り出る。その嬉々とした表情から察するに、案外満更でもないようである。


 そこからはリーゼの独壇場だった。


 曰わく、あの店で食事をするなら、鍋料理を頼んでおけば間違いない。

 曰わく、あの店の装飾品は、流行の最先端を目敏く捉えている。

 曰わく、あの店はふっかける傾向がある為、物の価値がわかる者しか入ってはいけない。


 顔を、腕を、指先を、右へ左へ忙しなく動かし、次から次へと二人へ情報を叩き込んでいく。リーゼの口は滑るように動き続け、止まる気配はまるでない。


 案内に多少の趣味趣向が混じってはいるが、それでも少年少女の心を躍らせるには充分過ぎる内容だった。

 一度目の訪れの夜とも、二度目の出発点の朝とも異なる、雨上がりの夜の街並みに心奪われ、リーゼの案内に耳を大きくして聞き入っていた二人は、三度目にして漸く、カリバという街のあれこれに触れることが出来た。と言っても、極々一端ではあるのだが。

  

 残念ながら楽しい時間はいつもあっという間で、気付けばもう開拓団支部はすぐそこだ。


「残念だけど、ここでお仕舞いね。ジード君、エレナちゃん、今度こそご飯食べに行きましょうね?」


「リーゼさんっ、ありがとう! 今度絶対にご飯行きましょうねっ!」


「ふふっ。こちらこそありがとう。それじゃあ、まったねえ」


 リーゼは話足りないのか、名残惜しそうに眉尻を下げると小さく嘆息するが、それも束の間だった。この短時間で途端に懐いたエレナの返事を受けると表情は一転し、心底嬉しそうな笑顔を浮かべると、ひらひらと手を振りながら支部の中へと消えていく。

 どうやら女性同士、何か通じるものがあったようだ。


「さて……残りの案内は俺がするが、リーゼみたいに上手く出来るかはわからない。大目に見てくれよ……」


 暫くぶりの三人になったところで、あまり気乗りしない様子のガンズがリーゼの代役を買って出る。


 こうして一行は、街案内をガンズへと変えて、残る道を行くのだった。


 ***


 ガンズの拙い街案内もネタが尽きてきた頃、漸く見えてきた『ベハンドルグ』。やっとの事で肩の荷が降りる目処が付いた事に彼は一人、誰にも気付かれぬようそっと胸を撫で下ろした。

 それもその筈、リーゼの本職にも引けを取らない案内の後釜なのだ。後発は前任の印象が強く残っている為、なるたけ見劣りしないようにと、ガンズはさぞ高い難易度を味わった事だろう。


「見えてきたな……」


「ああ……」


「そうね……」


 そしてここにも二人。口には出さないが、心の中で安堵の息を漏らしている者がいた。

 ガンズは持てる情報の全てを駆使して案内に臨んでいたが、如何せんリーゼには及ばなかった。決して悪い訳では無いのだが、一言で表すのならば『物足りない』だろうか。


 何せ彼の口から出てくるのは、何処の何が旨いと言う食事の情報のみ。どう旨いのか、詳しい説明も無く、淡々と旨いの嵐は続いていく。本人たちも気付かぬ内に、段々と相槌も単調になっていく始末。

 かと言ってそんな辛辣な評価を、目の前で必死にうんうんと唸り、一生懸命に口を動かしている男に下せる訳もない。


「よし、着いた。行くぞっ」


 ガンズはわざとらしく声を上げると、何度見ても不気味な店『ベハンドルグ』の扉に手を掛ける。漸く見せしめのような面倒事から解放されるのだ。その表情は店の外観に似つかわしくなく、この上なく明るいものである。


 しかし、災難とは続くもので――。


「遅いっ!! いったい何してたって言うんだいっ!」


 ほんの僅かに扉を開いた瞬間、弾丸のように飛来した怒声にガンズは思わず身を竦ませ、扉を開ける手をぴたりと止めた。


「――っ!」


 そのまま数瞬。何事もなかったかのように、何も聞こえなかったかのように、ガンズはそっと扉を閉めようとする。だがそれも虚しく、逆方向から強引に加えられた力により、扉は壊れんばかりの音を立て乱暴に開かれる事となる。


 するとやはり、そこには至極不機嫌な様子のカミラが待ち構えていた。その顔は、萎んだ果実にも劣らない程に強烈な皺を刻み、射殺さんばかりの睨みを利かせている。


「や、やぁカミラさん……調子、良さそうだな……」


「やぁ、じゃないよまったく……! 魔石を持っているあんたが遅れて来てどうすんだい! ジルヴェルト(あんなの)が傍に居たんじゃ、おちおち調合も出来やしないじゃないか!」


 カミラは余程腹に据えかねていたのだろう。怒り任せにまくし立てると、ずかずかと店の奥へ戻っていってしまう。

 呆気に取られたガンズが、おもむろに後ろへ振り向く。すると、自身のすぐ後ろにいる二人も同様に、言葉を失っているのが見て取れたようで思わず苦笑を浮かべてしまう。


 前回の遭遇時に酷い目に遭わされたエレナも然り、それを目の当たりにしていたジードも、カミラの一挙一動を必要以上に警戒してしまうは、無理もない事だろう。


「どうやら、随分と機嫌が悪いみたいだな……今日は一段とえらい目に遭いそうだ……はははは……」


「だ、大丈夫なのかよ……?」


 諦めにも似た乾いた笑いを漏らし、悟りを開いたかのようなガンズの様子に、恐怖心を存分に煽られたジードがおずおずと尋ねた。


「ん? あぁ……あの様子じゃ、暫く飯の味がわからなくなるまで、飲ませられるのは間違いだろうないな……」


「えっ……」


「まぁ、死ぬわけでは無いから大丈夫だ……何があろうともお前達には一滴たりとも回さないから安心して良いぞ……」


 これから降りかかるであろう災難が目に浮かぶガンズは、今すぐにでも踵を返し、帰ってしまいたい衝動に駆られているのだが、彼の立場がそれを許さない。

 今のガンズに出来る事と言えば、これ以上二人を不安にさせないように、なるべく穏やかな笑顔を浮かべる事くらいだろうか。


「ほらっ、いつまでぐずぐずしてんだいっ! とっととお入りよっ!!」


 僅かに和らいだ空気も、ほんの束の間。

 大して雑談を交える暇もなく、店の奥から威勢の良い喝が飛んでくる。その声の張りときたら、とても老齢の女性の喉から出たとは思えない程に強烈なものだ。


「…………。行くぞ。良いか……?」


 まるで死地に赴くかのような雰囲気を醸し出すガンズに、二人は思わず固唾を呑み、無言のまま頷いた。


「……よし、行こう……!」


 ガンズはそれを確認してから数秒間黙り込み

、やがて意を決したように表情を引き締めると、重い足を前へと動かした。




 一行はガンズが先頭のまま、薄暗い店内へと吸い込まれていくと、正面の部屋ではカミラが忙しなく動いているのか目に映った。


 以前は訪れた際には、部屋の中央に巨大な釜が鎮座していた筈だが、今はどこにも見当たらない。代わりに木製の寝板――もとい、張り付け台のような物が二基、並んで設置されていた。


 その内一つには、既にジルヴェルトが陣取っており、先刻の御者台での一件を彷彿させる見事な我が物顔っぷりである。

 もしかするとではあるが、片膝を立て、その膝の上に肘を起き、だるそうに頬杖を付くこの姿勢こそが、ジルヴェルトの標準の座り方なのかも知れない。


「おいガンズゥ……早く来いっつったろ? てめぇがもたもたしてっから、婆さんの手伝いする羽目になっちまったじゃねぇかよ」


「かぁー、あんたもいちいち細かい男だねぇ。解呪してもらうんだ、手伝うのは当たり前だろうに」


「……けっ、うるせぇ(ばばあ)だなぁ、おい」


 ガンズが店内に入るや否や、ジルヴェルトは苦情を飛ばしてくる。しかし、カミラの一蹴により勢いを削がれると、悪態だけを残して寝転ぶ始末。まるで子供である。


「はんっ、婆さんは煩いくらいが丁度良いのさ」


 カミラはこれ以上ジルヴェルトに取り合う気は無いようで。軽口だけを返すと視線をガンズへと向けた。


「ところであんた、持ってきた魔石を見せてご覧よ」


「あ、あぁ……」


 ガンズは肩に掛けた鞄から、神聖の魔力が、込められた魔石を出すと、一つ、二つと大きい順に手渡していく。


「ほぅ、結構な大きさを回収したようだねぇ。嬢ちゃんもなかなかやるじゃないのさ」


 賞賛と共にちらりと視線を向けられたエレナは、照れたような、困ったような複雑な表情を浮かべる。

 そしてカミラは返事を聞くこともないままに、今度はジードへと視線を投げた。


「さぁ坊主、次はあんたが気張る番だよ。ぼさっとしてないで、とっとと施術台にお上がりよ」


 やたらと物騒な施術台へのご招待である。

 目立った活躍の無いまま旅が終わってしまった以上、ここが男の見せ所……かも知れない。


いつもご覧頂きましてありがとうございます。

次話にて一章終了の予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ