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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
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帰還


 ジルヴェルトの乱入という、最大級の障害を乗り越えた一行は、その原因となった人物を仲間に加え帰路を急いでいた。


 理由は明確。西の空には分厚い雨雲が広がっており、目に見える速さで一行のいる方向へ流れてきていたからだ。


 ジルヴェルトにとって雨は天敵で、小雨程度であれば差して支障もないのだが、本降りともなると砂蜥蜴(サンドリザード)の固有魔質である、砂の操作能力が著しく低下してしまうのだ。

 水分を含み重量が増した砂を操るには、普段の倍以上の魔力が必要となり、加えて俊敏さも精密さも大いに欠く事となる。


 仮にそれでも必要な状況に陥ったとしても、ヴォルフとの交戦により魔力が枯渇しかけている今のジルヴェルトでは、行使する事は実質不可能であろう。


 更に厄介な事に、日は既に傾き始め、徐々に空が薄暗くなってきていた。

 夜になるに連れて魔力濃度が上昇し、それに伴い魔物達の動きは活発となる。その為、何としてでも日の暮れる前に、そして雨に打たれる前に領内に戻らなくてはならない。故に魔物と遭遇しても、大して時間も割けないのが現状だ。


 しかし、この短時間の間に遭遇した魔物の数は、行きの行程での総数を優に上回っていた。

 『ゴブリン』、『コボルト』、『ハルピュイア』、『トロール』と、次から次に現れる魔物の群を、先頭を行くジルヴェルトが最低限の魔力消費で的確に仕留めていく。


 ヴォルフ戦で放った砂の槍を、極限まで細く鋭く絞り、それをまるで針を通すかのような正確な操作で心臓を一突き。


 その様は正に一撃必殺だ。

 これにはジードやエレナ、ガンズすらも感嘆を禁じ得ない。

 そして何より特筆すべきは、魔物を仕留めた砂の槍で、面倒な後始末まで全てこなせる事だろう。


 溢れ出る血を、霧散していく魔力を、砂は貪欲に喰らい尽くす。

 その間、僅か数秒――。全てを奪われた魔物は、死の痕跡を残すことすら出来ず、この世から消え去っていく。


 ジルヴェルトは魔物から奪った魔力を以て、次々に湧いてくる魔物達を淡々と始末する。

 吸い取っては使い、更に吸い取っては使いを繰り返すと、吸収に対して放出が少ない為、徐々に余剰分が溜まっていく。


 しかし、溜まっていくのは魔力だけではない。

 流れ作業をさせられている錯覚に陥りだしたジルヴェルトは、一向に終わりの見えない状況に、心の中に苛立ちを着々と溜め込んでいく。


 元来、我慢強い質ではないジルヴェルトだ。自らの欲望に関する事以外での沸点が人並み以下の男が、ここまで癇癪を起こさずに来たこと自体が奇跡に近いのだ。

 もう既に、一目見ただけで限界だとわかる程に、ジルヴェルトの顔には苛立ちが溢れていた。額にはくっきりと青筋が刻まれ、頬は小刻みに痙攣している。



「…………。いい加減邪魔くせぇなおい……」


 呪詛を唱えるかのような、低く掠れた声色で言葉が紡がれた途端、一行の足元から広域に砂がせり上がる。


「――おわっ!?」


「――きゃあ!」


「――ジ、ジルヴェルトっ!」


「ちまちまなんてやってられっかよ……おい、ガンズゥ! てめぇ、鈍くせぇんだから落ちねぇように気張れなよなぁ? おら、いくぞぉ!!」


 唐突に足場が不安定になったことで、それぞれから驚きの声が上がるが、当の本人は全く関係のないような素振りで、一方的に言い放つ。


 するとその数瞬後には、砂の高さは二十メートル近くになっていた。上昇が終わった砂は、結界へ向け流れるように動き出す。

 それはさながら大きな津波のようで、圧倒的質量に気圧された魔物達は、我先にと逃げ惑う。

 足の遅いトロールが真っ先に飲み込まれていき、次いでゴブリン、コボルトも次第に姿が見えなくなっていく。

 唯一ハルピュイアだけが上空へ飛び、ギリギリのところで難を逃れるが、ジルヴェルトの放った砂の刃に例外無く翼を切り裂かれる。

 半人半鳥の魔物達は、甲高い悲鳴を上げながら惜しくも墜落していき、砂の波に飲まれ消えていく。


「けっ。逃がすかってんだよ。大人しく消えやがれぇ……!」


 猛烈な勢いで突き進む砂の津波の上で一人、余裕の表情を決め込むジルヴェルトとは対照的に、三人の表情は一部の隙も見えない程に真剣だ。


 揺れる不安定な足場の中、エレナは膝を曲げ、やや前傾姿勢で重心を低く構える。どうにかバランスを保てていたが、決して油断は出来ない状況である。


 一番早く安定したエレナの構えを倣おうと、ジードは見よう見まねで同じ体勢を試みるが、へっぴり腰でふらつくガンズに肩を強く掴まれたりと、思うようにバランスが取れずにいた。

 今ここで揺れが生じようものなら、ジードを巻き添えに転落しかねないだけの危険性を、充分に備えていると言うのにだ。


「ガンズさん……頼むから掴まらないでくれよ……俺まで落ちそうになる……」


「わ、悪い……何度乗せられても、これだけは慣れなくてな……なるべく迷惑は掛けないように心掛ける……」


 ガンズはなんとも情けない顔で、情けない台詞を吐く。ジルヴェルトの言葉も納得の不格好さである。


 そんな問答を余所に、砂の津波は更に勢いを増し、魔物はおろか、木や岩など、地上にあるもの全てを飲み込み、ひたすらに突き進んでいく。


 これにより一行は、亡骸の始末、返り血の洗浄と言った事に足を止めることなく、更には自らの足で満足に歩くこともせずに領内へ帰還するのだった。


 ***


 領内へ近付くに連れて、徐々に高度を下げていった砂の津波は、結界のほんの手前で一行を地へと下ろす。


「や、やっと着いた……」


 あからさまな安堵の息を漏らすのは、言うまでもなくガンズだ。必要以上に身体に力を入れ続けた男は、肉体的にも精神的にも疲弊しているのが見て取れる。


「相変わらず情けねぇ野郎だなぁ、おい。少しはこいつらを見習えっての」


 こいつらと呼ばれた二人――。ジードとエレナは、呆れた顔で吐き捨てるジルヴェルトに苦笑を浮かべている。


「あぁそうだな……何でも良いからとりあえず進もう……」


 ぐったりとしているガンズには、まともに言い合う気力も残って無いようだ。


「けっ」


 ジルヴェルトは張り合いの無いガンズにつんと背を向け、一足先に結界の中へと消えていく。


「ガンズさん大丈夫か?」


「あぁ、なんとか大丈夫だ……」


「本当に? 無理はしない方が良いわよ……?」


 心配そうな表情を浮かべる二人には、ガンズと同じような疲労感は感じられない。


 当初は慣れない移動に緊張と困惑でいっぱいだった二人だが、次第に感覚を掴んだことで充分に乗りこなせるようになっていた。よろめいたガンズが咄嗟に掴み掛かっても、難なく体勢を保てるほどに。

 これで魔物の悲鳴が聞こえてこなければ、もっと砂での移動を満喫出来たかも知れない。


「ありがとう……だが、地上に降りさえすれば大丈夫だ、直に復活する」


「なら良いけどさ……じゃあ俺達も行こうか」


「そうね。行きましょう」


 ガンズの安否を確認した二人は、改めて結界へと向き直る。

 初めての領外進出もこれで一区切り。

 結界を見つめ、二人はどこか一仕事終えたような、誇らしげな表情を浮かべている。

 そして、結界へ身体を半分程潜らせた所で驚愕の声を上げ、その動きを止めた。


「――うわっ、どうなってんだこれ……」


「えっ? なに? どうしちゃったの……?」


 結界内の風景は、出発前と比べて何ら変わりない。辺り一面焦土と化している訳でもなければ、異様な時の流れにより季節がそっくり変わっていた、と言う訳でもない。


「どうした? 何かあったのか?」


 数拍遅れで領内に足を踏み入れたガンズが、怪訝な顔で二人へ交互に視線を投げる。


 ガンズから見れば不可解な状況なのは無理もない。二人が顔を歪めている理由は、自身の身体の変化についてだからだ。


 しかし、ここで思わぬ助け船が訪れる。

 困惑を隠せない二人に気付いたジルヴェルトが振り返り、難しそうに眉を寄せると言葉を紡ぎだしたのだ。


 それはどうやら、人に教える際の言葉を、頭の中で纏めているようで、


「ああそうか、お前らは領外へ出るのが初めてだったんだよな。今身体が鉛みてぇに重くなってんだろ? そりゃあ、あれだ……お前らの身体が外の魔力に慣れちまったからだ。暫くの間だりぃが、時間が経ちゃ元に戻っから気にすんな」


 半日近く領外に出ていた二人の身体は既に、溢れんばかりの豊満な魔力に順応していた。故に、魔力濃度の極端に薄い領内へと戻った事で、言い知れぬ倦怠感に襲われる羽目となったのだ。

 実際に二人が感じている身体の重みは、単に今まで通り元に戻っただけの物なのだが、先程までが極端に軽かった為、その反動は計り知れないものだろう。


「そ、そうなのか……それじゃあなんで、ジルヴェルトさんは平気なんだ?」


 説明を受けて可笑しな点に気付いたジードは、訝しげな表情でジルヴェルトに尋ねる。

 彼は何事もないかのように、至って平然としているからだ。


「あぁん? 俺だってだりぃっつーの! でもまぁ、あれだ、慣れだ慣れ」


「えっ、嘘……かなりキツいわよこれ……」


「何回も行き来してりゃあ、その内そこまででも無くなっからよぉ」


 俄には信じ難いといった表情を浮かべるエレナの横では、ガンズが三人の話しを興味深そうに聞いていた。

 いくら開拓団と言えど、そのような細かい憑依者事情までは知れ渡っていない。もしこの場にジルヴェルトがおらず、領内に入った途端に二人が身体の不調を訴えれば、ガンズはさぞ困惑したことだろう。


 ジルヴェルトを仲間に加えた事で、奇しくも良い方向に事が転び、色々と思うところのあるガンズがふと空を見上げると、重大な事に気付いた。


「…………。なぁ、もしかしてこの時間なら、最終便にギリギリ間に合うかも知れないぞ」


 ガンズが気付いたのは、乗り合い馬車の最終便の時刻に間に合うかも知れないという事だ。

 本来であれば、一行はトクリップで一泊を経て、翌日の始発の便でカリバへと向かう心積もりだった。しかし、ジルヴェルトのお陰でかなりの時間短縮に成功した為、本日中に帰還の目処が立ったと言うところだ。


「おい、それは本当かよ……?」


 ガンズの発言にジルヴェルトはギラギラと瞳を輝かせる。彼は一日でも早くカリバへ帰り、ジードの修業を始めたいのだ。奇しくも訪れたせっかくの機会を逃す手はないだろう。

 それは偏に、ヴォルフとの再戦の日を焦がれているからに他ならない。故に一分でも、一秒でも、早く帰れるならと、自ずと力が入ると言うものだ。


「あぁ、急げばと言ったところだな。ただ、二人の様子から見るに、少々厳しい気もするが……」

 

 食い付き気味のジルヴェルトに、ガンズは語尾を濁して答える。言ってみたは良いものの、二人のあからさまにしんどそうな雰囲気は、見て取れる程だったからである。


「あぁ? 間に合わなかったら堪ったもんじゃねぇ。そんなら俺が先にひとっ走りして、御者に話を付けといてやんよ。別にお前らは後からちんたら来りゃあ良い」

 

 ジルヴェルトは言い終わるが早いか、トクリップへ向け、目にも留まらぬ勢いで駆け出した。


「――あっ、おいっ! ジルヴェルトっ! ――くそっ……!」


 慌ててガンズが呼び止めるが、それで立ち止まる筈もなく、


「行っちゃったわね……最初は何でこんな人とって思ったけど、喋ってみると全部が全部悪い人ではないのよね……」


「あぁ、戦いとなるとすげぇおっかないし、口調もちょっとあれだけど、エレナの言いたいことは何となくわかる気がするよ……」


 走り去るジルヴェルトの背を呑気に見送る二人に、難しい顔をしたガンズが尻を叩く。


「ほらっ、お前達も悠長な事を言ってる場合じゃない。早く追いかけるぞ!」

 

「えっ? ジルヴェルトさんが先に行ってくれたんだから、俺達はそこまで慌てなくても良いんじゃないのか……?」


 未だ倦怠感の収まらないジードは、ジルヴェルトの発言に素直に甘えようとしていたのだが、そこへガンズからの発言だ。無意識の内に表情に表れる事となり、口調すらも不満げなものとなってしまう。

 その横に並ぶエレナも口にこそ出していないが、訴えるようなその瞳を見れば、ジードの意見に肯定的なのは明らかである。

 

「だからこそ急ぐんだ……あいつの事だから、俺達が来るまで無理にでも待たせておくに違いない。まぁ、迂闊に教えた俺も悪かったんだがな……」


 そんな二人の様子を察してか、ガンズは一際優しく、諭すような口振りに変え二人に話し掛ける。彼自身も、軽はずみな発言で二人に負担を強いる結果となってしまったことを悔いているところだ。


「あー……あの人ならあり得るな……」


「うん……その場面が簡単に想像出来たわ……」


「だろう? 戻りたてで調子が出ないところ本当に申し訳ないんだが、あいつが迷惑を掛ける前に、なんとしてもトクリップまで戻りたい。良いか……?」


 二人の脳裏に浮かぶのは、カリバからの乗り合い馬車で世話になったあの気の良い青年が、ジルヴェルトに凄まれて戦々恐々としている姿だ。

 となると、二人の返事は聞くまでもない。


「あぁもちろんっ! いつでもいいぜ?」


「そうね、あの人に詰め寄られるのは流石に酷だものね。そうと決まれば早く行きましょう?」


「すまないな……よし、じゃあ行こうかっ……!」

 

 こうして一行は重い身体に鞭を打ち、ジルヴェルトを追う形でトクリップへ向け走る事となるのだった。



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