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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
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鬼と蜥蜴と妖精と


「ジルヴェルト……この間も言ったが、こいつは呪いを受けていて解呪が最優先なんだ。悪いがお前に構っている暇はない」


 ガンズはジードを庇うように前へ出て、ジルヴェルトの眼前に立ち塞がる。


「んだガンズ、てめぇ……せっかくの良い気分をぶち壊すんじゃねぇぞ……?」


「お前だって中にいる鬼の危険性を実感しただろう? 興味本位でちょっかいを掛けて良い相手では無いし、それを許すわけにもいかない。もし呪いが発動でもすれば、俺達だけの問題じゃなくなるんだぞ?」


 ジルヴェルトは凄んでみせるが、ガンズが動じることはなく、逆に呪いの危険性を説いてみせる。

 すると、ジルヴェルトは険しくしていた表情を再び蕩けさせ、


「おう、身体中で実感したぜ? 一体なんなんだよあのヤバさはよぉ……! 思い出しただけで頭ん中弾けそうでよぉ、あぁ堪んねぇ、堪んねぇよっ……もう、最っ高だぜ……! 俺ぁもう、あの日から可笑しくなっちまったみたいでよぉ、バルドゥルのおっさんの顔が思い出せねぇんだ……何をしてても浮かぶのは鬼の小僧……おめぇだけなんだよ……! なぁ、早くやり合おうぜ? 今度はやる前から負けたりしねぇからよぉ。なぁ良いだろ? なぁ、なぁ、なぁ……!!」


「駄目だ、話にならない……まさかここまで拗らせてるとは……」


「…………」


「や、やっぱりこの人、変態だわ……」


 ジルヴェルトの勢いにガンズはまだしも、エレナやジードは完全に気圧されていた。まるで、得体の知れない生物を見るかのような、怯えを多分に含んだその表情を見たジルヴェルトは違和感を覚える。


「んだぁ? こないだと随分様子が違ぇじゃねぇかよ」


 目を細め、不思議そうに呟いたジルヴェルトの身体は、唐突に砂へと変わり崩れていく。


 それと同時に、ジードの足元の地面から勢い良く砂が盛り上がり、眼前にジルヴェルトが現れる。行く手を阻むガンズを潜り抜ける為の行動だろう。


「――うわっ!!」


「――きゃっ!」


「――っ! おい、ジルヴェ――『うるせぇんだよ。ちょっと黙っとけ』」


 突如として後方で上がった悲鳴にガンズは慌てて振り返るが、ジルヴェルトの操る砂が前触れもなく地面から突出し、全身を絡め取られ身動きを封じられてしまう。更に砂は口元を覆い、喋る事すらままならない。


「あ、あんたは一体、なんなんだよ……!」


「そうよ、ガンズさんを離しなさいよ!」


 ジルヴェルトは二人の抗議などまるで無視して、ジードを物色するような目つきで見始める。

 気味の悪さに思わず後退ろうとするジードだったが、いつの間にか彼の足にも砂が絡み付いており、逃げることは不可能となっていた。


「――っ! くそっ! 離せよっ!」


「あんた……いい加減にしなさいよねっ!」


 既に身体の自由が利く者はエレナしか残っておらず、余りの横行に堪えかねた少女は魔力による身体強化を施し、背を向けているジルヴェルトへと肉薄する。

 地を蹴り僅かに飛び上がったエレナの狙いは、無防備を晒しているジルヴェルトの首元。

 卒倒間違い無しの力を込めた、振り下ろし気味の回し蹴りをお見舞いする。


「んだよ、邪魔すんじゃねぇ……!」


「――っ! このっ!」


 見事直撃――と思いきや、割り込むように展開された砂の盾に当たり、砂を僅かに散らしただけで本体へ攻撃は当たらず。

 だがそれだけで諦めるエレナではなく、勢い良く身体を捻り、別の角度からもう一撃を繰り出すが、やはりそれも防がれてしまう。


 すると今度はこちらの番だと言わんばかりに、二人を捕らえているのと同様の砂が地面から突出し、エレナの着地を待たずに迎えに行く。


「――っ!」


 しかしエレナも馬鹿ではない。二人が捕らえれた砂を存分に警戒していた彼女は、魔力の羽を展開すると一気に上空へ飛び上がり、安全圏まで退避する。


「ほぅ……空を飛ぶのか。見た事ねぇ面だが、やけに威勢が良い女だなぁ、おい」


 ここに来て初めて、ようやくエレナへと視線を向けたジルヴェルトが、感心したように目を細める。しかし何故かエレナの事は覚えていないようである。


「はぁ? 一度カリバで会ってるじゃない!」


「んぁ? 知らねぇな。俺ぁ雑魚に興味はねぇ」


 悪びれもなく告げるジルヴェルトにエレナが切れた。


「――っ!! じょ、上等よ……嫌でもあたしの事、覚えさせてあげるわ……! 喰らいなさいっ『エアカッターッ!』」


 怒り露わに緋色の双眸を燃やすエレナは、自身の手元に風の刃を作り出すと何ら躊躇無く放つ。それも、ジードに放った時とは比べ物にならないほど大量に。


 通常であれば不可視の刃であるが、憑依者であるジルヴェルトには視認されてしまう為、物量で攻めることにしたようだ。


「おうおう。そんだけ吠えんだから、楽しませてくれんだろうなぁ……?」


 ジルヴェルトがにやりと口元を歪めると、エレナの放った風の刃と同数の砂の刃を作り出し、寸分違うことなくぶつけて全てを相殺させる。


「――っ。『トルネードッ』」


 繰り出した風の刃を難なく防がれたエレナは、更なる怒りに顔をしかめ、これでどうだと言わんばかりに二本の竜巻を繰り出す。

 それはコカトリスの放ったものと遜色ない程に巨大なもので、これに慌てたのはジルヴェルトではなく、身動きの取れないジードとガンズだ。

 大きさからして細かい制御など出来そうもなく、一歩間違えれば呑み込まれかねない。


「エ、エレナっ! それはまずいって……! 巻き込まれたら俺達がまずいから!!」


 慌ててジードが声を張り上げるが、竜巻の音に掻き消されてエレナには届かず。

 それに返事をしたのは意外にもジルヴェルトだった。


「おう、安心しろ。俺ぁつまんねぇ戦いはしねぇ主義だからよぉ。しかし、怒りに任せた後先考えねぇ攻撃ってのも、そそるよなぁ……」


 嬉しそうな呟きと共に、ジードとガンズは砂に運ばれて離れた場所に避難する事となる。依然として拘束はされたままではあるが、巻き込まれる危険性は少なくなった。


 ここでジードはヴォルフに念話を送る。


『ヴォルフ頼む、どうにかしてくれ!』


『断る。オレは以前、奴に邪魔をするなと命じた。オレがここで奴の邪魔立てすれば、筋が通らんだろうが』


 ヴォルフは義理も恨みも、きっちり返す主義である。


 丁度その時、ジルヴェルトは迫り来る竜巻に向けて、同規模の砂竜巻を作り上げ、またもや相殺していた。

 完全にエレナとの戦闘を楽しんでいるようで、ジードの目から見てもその力量差は歴然だった。


『――っ。そんな事言うなよ! このままじゃエレナがっ……!』


『喚くな。あの手の輩は戦うことが目的なだけで、殺す事が目的ではない。良いから黙って見ていろ』


『…………』


 何ら問題ないとばかりに言い切るヴォルフは、取り付く島も無いようで、ジードは返す言葉を失ってしまう。


 一方、エレナは事も無げに相殺される自身の魔術に歯噛みしながらも、攻撃の手を休めずにいた。


「もうっ! さっきから真似ばっかりしてなんなのよっ……! 『エアボール……!』」


 焦燥を多分に含んだ声で更なる魔術を唱えたエレナは、自らの背後に球体状の魔力殻(まりょくかく)を展開し、周囲の空気を取り込ませ高濃度に圧縮していく。


『エアブラストッ!』


 エレナが再び呪文を唱えた刹那、魔力殻は一気に破裂する。

 それにより圧縮されていた空気は、天災にも引けを取らない爆風を周囲へ放出し、尋常ではない推進力を生み出す事となる。

 

「――――」


 爆風に乗り、更に自身でも加速を掛けるエレナは、正に弾丸のような速度でジルヴェルトへと迫る。風圧により口を開く事など出来ないようだが、その瞳に宿る闘志は一点の揺るぎもない。

 そして、少女の右腕で爛々と光り輝く浅緑色の魔力が、これから全力の一撃を放つのだという事を明確に示していた。


「良いねぇ良いねぇ、そうこなくっちゃよぉ……! 見所あんぜぇおい……!」


 ぎらぎらと瞳を輝かせ、嬉しそうに吠え猛るジルヴェルトは、地面に腕を突き刺すと巨大な砂の腕を作り出し、腰を低く構える。

 どうやらエレナを真っ向から迎え撃つつもりのようだ。


「――っ!」


 ジルヴェルトの肘から先に生える巨大な砂の腕を見て、僅かに目を見開くエレナだっだが、それも束の間――。

 鋭くジルヴェルトを見据えると、激突に合わせて拳を繰り出した。

 

「――――!」


 対するジルヴェルトは、物凄い勢いで迫り来るエレナに全く臆する素振りもない。むしろ、愉悦に満ちた表情で、エレナの拳が一番勢いの乗るタイミングに合わせて拳を繰り出す。


 単純に勝利を求めるなら、いくらでもやり方はあるだろう。しかし、小細工など言語道断。

 相手が人であろうが魔物であろうが、力には力で、技には技でぶつかり合うのが、ジルヴェルトのモットーであり生き様なのだ。


「おらあっ!!」


 拳と拳の直撃――――。

 剛と剛の激突は衝撃波を生み、鋭い打撃音を響かせ、遅れて砂塵が舞い上がる。


「どう、なったんだ……」


 ジードが行く末を不安げに見つめる中、視界を遮るほどに舞い上がった砂もやがて収まっていく。

 すると、次第に見えてきたのは、地面に力無く座りこみ肩で息をしているエレナと、それを見下ろしながら満足気な笑顔を浮かべているジルヴェルトだった。


「――エレナっ!!」

 

 今すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られるが、身体に絡み付く砂がそれを許さない。


「くそっ……!」


 抜け出そうと必死にもがくジードだっだが、結局どうしようも無いまま、ジルヴェルトがすぐそこまで迫ってきていた。

 

「防御を捨てて拳に魔力を一点集中なんて、よほど根性据わってねぇと出来ねぇよ……ありゃ、いい女になるぜぇ……」


 ジルヴェルトは頬をだらしなく緩めながらエレナの気概を称賛する。これでもう、彼女を忘れることはないだろう。


「それに比べておめぇはなんなんだよ……」


 ジルヴェルトは途端に声色を低く変え、身動きの取れないジードに息の掛かる距離まで近付き、身の竦むような凶悪な(つら)で凄んでみせる。


「おい、いつまで下手な芝居こいてんだぁ? んなもんその気になりゃ速攻で壊せんだろ! もしかして、そのままでも楽勝って事かよ……?」


「違うっ! 勘違いだ! 人違いって言うか中身違いって言うか、とりあえず待ってくれ……!」


「うるせぇっ! 人違いな訳ねぇだろ! 俺はおめぇの魔力を……! …………魔力、を? …………おいてめぇ、何者だ。魔力は同じでも、態度も覇気もまるで別人じゃねぇか……よくよく考えりゃ、あの痺れるような圧もまるで感じねぇし、一体どうなってんだよ! あぁん?」


 ジルヴェルトは以前、ジードがヴォルフの状態の時に一度会っただけで、本来のジードの事は一切知らない。故にヴォルフと入れ替わった状態を、素だと思いこんでいるようだ。

 

 冷静であればすぐに気付くであろうヴォルフの纏う雰囲気も、恋い焦がれた鬼の魔力に浮かれきっていたジルヴェルトは気付けなかったようである。

 騙されたと言わんばかりに激昂し、投げる鋭い視線は不満たっぷりで、今にも偽物を断罪しかねない雰囲気である。


「あんたが会ったのは俺じゃなくて、憑依してる鬼の方なんだ……」


「あぁ? 中身だぁ……? だったら今すぐに出してみろよ!」


 苛立ちを隠さないジルヴェルトに、ジードは必死に説明をするが、信じるような素振りは見られない。


「約束は出来ないけど話してみる。少し待っててくれ……」


 ジルヴェルトの訝しげな物言い、刺すような視線に、ジードは堪らず目を逸らしヴォルフに念話を送る。


 ジルヴェルトの場合は砂蜥蜴(サンドリザード)を殺害の上、強制的に取り込んでいる。共存ではなく支配。そもそも始まりからして違うのだ。ジードとヴォルフの仕組みに、理解が及ばないのも無理もない。


『ヴォルフ……出て来いって呼んでるけど……』


『聞こえていた。呼ばれてほいほいと出ていくのは癪だが、これ以上喚かれるのも耐え難いものがあるな。一度黙らせておくか。…………それにしても、なんと情けのない奴だ……少しはエレナを見習って、己自身で立ち向かおうと言う心意気は無いのか……』


 ヴォルフはジルヴェルトの面倒臭さよりも、ジードの情けなさに露骨に溜め息を吐き、苦言を呈する。もし魔力体がそこにいたのなら、がっくりと肩を落としているのは間違いない。


『――俺だって身体さえ動けばっ……!』


『下らん言い訳をするな。そもそもそうやって、捕らわれる時点で敗北だろうが。貴様は解呪が済み次第、本格的に修行をしなくてはならんようだな。まったく……宿主がこの体たらくでは、オレの品位が疑われてしまう』


 咄嗟に言い訳を繰り出すジードを一蹴したヴォルフは、表に出るべく身体の主導権を掌握し始める。


 徐々に意識が遠退いていく感覚にも慣れたもので、ジードは何ら抵抗なくおもむろに瞼を閉じる。


「――――」


 それから数瞬――。

 圧倒的な存在の登場を肌で感じたジルヴェルトから歓喜の声が上がる。


「これだ、これだよ俺が求めてたのはよぉ……! このふざけた魔力量……! 死にたくなるぐらい張り詰めた空気……! 湧き出てくる絶望感……! 気をぬきゃ頭を下げちまいそうになるこの威圧感……! こんな極上な体験あんたでしか出来ねぇよ……なぁ、早くやり合おうぜっ……!」


 これ以上ないほどに興奮しているジルヴェルトとは対照的に、薄く開いた濃金の瞳は酷く冷めた様子で、


「貴様……わざわざオレを呼び出しておいて、第一声がそれか? 自惚れるのも大概にしておけよ、小物が」


「けっ、自惚れ上等……! こんなとこまで来て諦められるわけねぇだろぉ……なぁ、頼むぜ、早く戦ってくれよ……」


 忠告にも聞く耳を持たず、要求を押し付けるジルヴェルトに、ヴォルフが薄く笑いを漏らす。


「そうか……ならば望み通りにしてやろう。ほれ、風の刃だ。受けてみろ」


 ヴォルフは言い終わると同時に、腕を払うように下から上へと振り上げ、先程のエレナと同様に不可視の刃を放つ。


「――っ!」


 その刹那――。

 宣言通り放たれた風の刃は、エレナの放ったものとは比にならない速度でジルヴェルトに襲いかかり、反応すらさせないままに両腕を根元から切断するのだった。



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