最悪の再会
ユニコーンが去った後、身支度を整えたエレナは二人の元へ向かう為、泉を後にした。
ジード達もユニコーンが帰っていった事を悟り、こちらに向かってきている可能性もあったが、鬼の魔力を感知出来ているエレナに行き違える事はない。
「まだ随分と離れているみたいね……」
泉を背に歩き続けるエレナだったが、ジードとの距離はまだまだあるようだった。
手持ち無沙汰となってしまった少女は、相棒の妖精へと念話を送る。
『レミン……お話出来る?』
すると、念話ではなく直接本人が飛び出てきた。
「うんっ! だいじょーぶだよー?」
「ねぇ、相談なんだけど、さっきみたいな場所って皆はどう思うかな……? 」
エレナは森に残して来た妖精達の住処候補として、つい先程までいた泉を思い浮かべる。
「さっきのとこ? うーん……」
エレナの唐突な問い掛けに、レミンはうんうんと唸りながら宙を行ったり来たり。口を真一文字に結び、柄にもなく難しい顔をして思案を巡らせている。
「んーとー、静かそうなのは良いんだけど、あいつがすこーし怖いかなー。みーんなに優しいとは限らないでしょー?」
悩んだ末の結果は芳しく無かったようである。ユニコーンがジード達へ取った対応を鑑みれば、その懸念は当然だと言える。
「そっか、そうだよね……確かにあの様子だと、男の子には優しくしてくれなそうだよね……もっとよく考えなくちゃいけなかったのに、あたしったら駄目だね……」
「気にしない気にしないっ! これからいーっぱい旅をするんだから、きっと良いとこ見つかるってー!」
ユニコーンが先程見せた威嚇っぷりを思い出し、頬を引き吊らせ消沈気味のエレナをレミンが激励する。
「…………。うん……そうだよねっ! なんだか、皆の話してたら会いたくなっちゃったなぁ……」
「今レミンもーおんなじ事思ってたのー! 一緒だねー、えへへ……」
照れ臭そうに笑い合う二人は、残してきた妖精達の話に花を咲かせ始めるのだった。
***
それから暫く、眠気を催したレミンが体内へ戻っていってしまい、一人黙々と歩き続ける事となったエレナは、予想より早くガンズとジードの二人を発見しその足取りは思わず速くなる。
「――あっ、ジードっ、ガンズさんっ!」
やや疲れた様子のジードだったが、エレナの発した声に気付くと駆け足気味だった速度が更に早くなる。ガンズはその後ろをやや遅れて付いて来る感じだ。
「お疲れっ! 大丈夫だったか?」
片手を上げながら駆け寄るジードは、安心からか先程までの疲れた様子は窺えなくなっていた。
「お待たせっ! 全然大丈夫だったよ?」
「そっか。なら良かった……」
笑顔で返事を返すエレナに釣られて、ジードの口元も自然と緩んでいく。それから間が空いてガンズの到着だ。
「ご苦労様。一人で任せてしまって済まなかったな……無事で何よりだよ。何故か今日はユニコーンが思いの外目敏くてな……普段は大体あれより近い距離でも問題ないんだが……」
近付きざまに謝罪と弁明を始めるガンズに、エレナは苦笑を浮かべながら事の真相を告げ始める。
「ううん、あたしは大丈夫よ。……あれね、二人は見つかったって言うか、始めから隠れられてなかったの……」
「えっ? それってどういう事だよ?」
エレナの問答のような言い回しに、怪訝な顔をしたジードが簡潔な答えを求める。
「だってヴォルちゃんの魔力、抑えてても隠し切れてないでしょ……?」
「あっ…………」
「そうか……そう言う事だったか……」
「あたしもずっとジードと一緒だったから、感覚が麻痺しちゃってて……気付いた時にはもう遅かったわ……」
やっと二人は納得がいったようで、揃って乾いた笑いを漏らす。
「――なぁ、ひょっとしてさっきのも、それが原因って事か……?」
「あぁ、恐らくな……何か策を検討しなくてはいけないな。このままでは野営はおろか、遠征にも支障が生じる可能性もある……」
「それ、何の話……?」
次はエレナが怪訝な顔をする番のようだ。
「実は……ユニコーンに追いやられてから、俺達はずっと同じ場所で待機してたんだ。下手に移動して、後で合流出来なくなっては困るからな。まぁそれも、エレナちゃんは鬼の魔力を感じ取れるんだから、無意味な事だったんだが…………」
ガンズは一旦話を切ると自嘲的な笑みを浮かべる。
「それでだ。俺達が待っている時間は一時間も無かったと思う。その間だけで五回、魔物の襲撃にあったんだ……流石にこれは、異常事態の前触れじゃないかと思ってな……丁度その時、ユニコーンが空へ駆けていったのを見て、慌ててここまで来たって訳なんだ」
「そんな事があったんだ……大変だったね、二人共ご苦労様……でも、どうりで合流するのが早い筈よね。あたしの見立てではまだ少し掛かる筈だったから」
どこか遠い目をする二人に、エレナは労いの言葉を掛けると、一人納得したように呟く。
「結果としては、単純に魔力に釣られて寄って来ただけなんて、なんとも間抜けな話だったが……まぁ理由が分かった以上、じっとしている訳にはいかないな。後は戻りながら話そう」
ガンズは自嘲的な表情を引き締め開拓者のそれに戻し、見習い二人に移動を促すと自らが率先して来た道を引き返していく。
「そうだな、了解!」
「えぇ、そうね」
謎が解けた事により、どこか足取りが軽そうなガンズを追うように二人も歩き出す。
「そうだ、話は変わるけど魔石はどうだい?」
「勿論ばっちりよ! ほらっ!」
エレナは自信たっぷりに鞄から二つの魔石を取り出す。透明だったそれは、渡された時とは異なり綺麗な月白色をしていた。
「へぇー……神聖属性の魔石ってそんな色してるのか……」
エレナが魔石をガンズへ手渡そうとしているところを、興味深そうに覗き込んだジードが感想を述べる。
「おぉ、まさか二つ共満量とは……ありがとう……助かるよ。でも、凄く苦労したんじゃないか?」
魔石を受け取ったガンズは驚きと感嘆の声を上げる。どうやら本気で二つ分も回収してくるとは思っておらず、あわよくば程度だったようである。
「ううん、全然。一つ目の時はずっと寝ててくれたし、二つ目の時は自分からわけてくれたの。あたしはあの子を撫でてただけだし……」
「――っ。あれを撫でたのかっ……! さ、流石と言うべきか、らしいと言うべきか……」
あっけらかんと告げるエレナに、ガンズは目を見開き愕然とする。
今まで数度、護衛として同所に訪れている彼だったが、魔力回収役の女性達はユニコーンが現れると皆一様にかしこまり、死を覚悟したような形相を浮かべながら魔力を回収していたのだからだ。
ユニコーンを撫でた者など、ガンズは見たことも聞いたこともない。
「えっ? なにかまずい事だったの……?」
「いや、そうじゃない……よくそんな余裕があったなと思ってな……」
「余裕って言うか、あの子が甘えて来たから……?」
エレナは自分のした事の凄さが分かっていないようである。
だがしかし、よくよく考えてみれば、ゲタングやヴォルフにすら物怖じしない娘なのだ。今回の事も当然と言えるかも知れない。恐るべきはエレナの胆力か、それとも乙女心か。
「…………。まぁ、エレナちゃんなら有り得る話だな。うん……」
ガンズは勝手に納得したように頷いたのち、改まってエレナの顔を見据えると。
「度々になってしまうが本当にご苦労様。これでジードだけでなく、困った人達の助けになるのは間違いない」
「ありがとうな、エレナ!」
「いえいえ、どう致しまして!」
二人にまじまじと感謝の言葉を告げられたエレナは、どうにも小っ恥ずかしかったようで、必要以上に大きな声で返事をすると、火照った顔を隠す為にガンズを追い抜き、我先にと歩いていくのだった。
***
一行が足を領内へと向けてから暫く――。
ジードとガンズが魔物との連戦を繰り広げ、余すことなく血を吸った大地を越え――。
初陣として二人がゴブリンに襲いかかった地点を越え――。
ヴォルフが八つ当たりで、地上ごと魔物の群を焼き尽くした地点を超えた辺り。
これでの道中は、ゴブリンの群とコボルトの群、各一回ずつの遭遇のみで順風満帆な旅路であったが、ここに来て厄介な相手と遭遇してしまう事となるのだった。
それは、少し前の出来事である。
帰路半分ほどを終えた一向は他愛のない話をしつつも、警戒は怠らず進んでいたのだが、唐突に遥か彼方――――自身らの進む先から異様な砂煙が立ち上がり始めたのだ。
「ん? なんだあれ……?」
「え? あっ、本当だ。なんだろうね……」
いち早く気付いたジードが訝しげに目を細め、誰に言うでもなく呟くと、ちらりとそちらを見たエレナもまた怪訝な顔をする。
二人の記憶が正しければ、現在地から結界手前まで延々と草原地帯が続いており、どれだけ乱暴に走ろうが砂煙など起こる筈もないのだ。
「ったく……なんでこんな時に……」
しかしガンズには心当たりがあるようで、露骨に顔を歪めると大きく嘆息する。それはまるで、如何にもこれから起こる面倒事を予見しているようで――。
「良いか、二人共。何を言われても相手にしなくて良い、時間の無駄になるだけだからな……最低限の会話で切り抜けるぞ」
ガンズは段々と近付いている砂煙を見据えていると、無意識の内に目つきは鋭くなり、眉根は寄っていく。
「ちょっと待ってくれよ。あれがなんなのか知ってんなら教えてくれよ!」
「そうよ。突然相手にしなくて良いなんて言われても困るわ」
ガンズが如何に嫌悪感を醸し出そうが、それで二人が納得出来る筈も無く、口々に文句を垂れていく。
「…………。あの砂煙の正体は、開拓者のジルヴェルトだ……カリバで一度会っているだろ……?」
「あー……うん。宿屋に押し掛けて来た人だよな?」
「そうそう。突然来てアメリアって人と喧嘩してたけど、どんな人なの?」
二人の脳裏には、人ならざる瞳を持つ、くすんだ金髪の男が浮かび上がる。
しかし、接触時間は極僅かなもので、彼を詳しく知らない二人は、ガンズが何故苦虫を噛んだような顔をしているのかまでは、わかっていないようだ。
「そいつで合っている……奴は元々腕っ節自慢で開拓団に入ってきたんだ。誰彼構わず噛み付く困った奴で、入団から五日で団員の殆どが絡まれた位だ……まぁ実際、奴は出鱈目に強かった。開拓者になったのは、それを見せつけたかったんだろうな。だが、六日目にしてようやく現れた支部長に絡んでいって、そりゃあもう滅多打ちにされていたよ。これで少しは大人しくなるかと思ったら何故か、次の日から支部長に付き纏うようになってな……毎日毎日、勝てもしないのに執拗に勝負を仕掛けていた。それで、暫く見ないなと思っていたら憑依者になって帰ってきていた……今じゃ条件によっては良い勝負をするらしい」
「へん――か、変わった人なのね…………」
「――あっ、そういや、俺のこと見て獲物がどうとか言ってたような……」
ガンズの話を聞いて悪寒を感じているエレナの横で、ジードは今更になって迫り来る恐怖に旋律を覚えていた。だがそれはもう、すぐ傍まで迫って来ているのだから、既に遅い。
「いや、その時は飽くまで候補だった筈だ。だがあの時、お前はヴォルフに変わっただろう? ジルヴェルトの身に何があったかは知らないが、俺が来たときには戦意を喪失していた……」
「それって……」
「ああ、今猛烈に迫ってきているのは、完全にお前が標的にされたからではないかと、俺は思う……」
ガンズは寸前まで迫ってきている砂煙を、諦観したような表情で見つめる。
今まで漠然と砂煙だけだったものが随分と近付いた事で、如何にして巻き上がっていたのかが明らかとなる。
ジルヴェルトは地上を走っていたのではなく、地表に砂の足場を作り出し、それを前方に勢い良く突き出す事で自身を射出し、高速移動を繰り返していた。
魔力源が遠く離れ、力を失った砂の柱が風に煽られた事で砂煙と化していたようである。
そして間もなく、追跡者は豪快な着地を披露して遂にジードの眼前まで姿を現した。それも人の姿ではなく、二足歩行の蜥蜴の姿で。
「げっ……」
「うえぇー……」
異形の姿を見て短い悲鳴を漏らす二人を余所に、ジルヴェルトはその場で瞼を閉じ、人型へと徐々に姿を戻していく。
「「「…………」」」
その間、三人は何もする事が出来ず、大人しくジルヴェルトの変態を見届ける事となる。
滞りなく元の姿へと戻ったジルヴェルトはおもむろに瞼を開き、すぐさまジードを視界に捉えると、その瞳を三日月型に細め、愉悦と恍惚の入り混じった表情を作りだす。
「はぁ、やはりか……」
あまりにも予想通りの展開に、ガンズは頭を抱えながら大きな溜め息を吐く。
「やっと見つけた……随分と探したんだぜ……? 四方八方駆けずり回ってよぉ……」
「「――っ」」
蕩けたような声色。決して同性に向けるべきではない、うっとりとした、その狂気じみた形相に、ジードとエレナは身の毛がよだつのを禁じ得ない。
「会いたかったぜぇ……鬼のぉ……!!」




