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太陽の当たらない場所(ところ)  作者: 真白なつき
第一章 おわりのはじまり
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第一話

「こいつ藤沢の絵描いてるぞ! きっもちわりー!」


 突然頭上から降ってきた大声に、私はビクリと肩を震わせた。

 俯いていた私の視界から、一瞬にして机の上のノートが掻っ攫われる。

 あっ、と思わず声が漏れたが、それは教室のあらゆる所からうまれた喧噪の波に容易く飲み込まれてしまった。

 消えたノートの行く先には、ニヤニヤと薄ら笑うクラスで人気者の男の子。

 さっきまで私の手元にあったノートは、彼によってまるで汚いものを触るかのごとくつまみ上げられ、みんなの前に晒されていた。


「おいおいまじかよー、いくら藤沢がイケメンだからってよお」

「こんな陰険女のモデルにされるとか、まじ藤沢かわいそー」

「ただの地味女かと思いきや、藤沢くんのストーカー? まじキモいんだけど」

「こんなやつが後ろの席なんて、ほんと藤沢くんかわいそうだわ」


 昼休みで、さっきまで各々のグループに別れて教室に散らばっていたクラスメイト達が、あれよあれよという間に私のノートに群がっていく。

 私はさっきまで動かしていたシャーペンを右手に握りしめたまま、動くことも、満足に口を動かすこともできなかった。


「あっ……やっ……」


 手が震えて、足も震えて、何が起こったのかよく分からない間に唇も震えて。

 それでも取り返しのつかない事態になってしまったことだけは理解できて、全身から血の気がサーッとひいていくのを感じた。

 あのノートには確かに、私の前の席である藤沢くんの、ピンと背筋を伸ばした後ろ姿が私によって描かれているのだ。


 吊し上げられた私のノートと、瞬く間にそれに集まってくるクラスメイトと、私に向かって様々に罵詈雑言をぶつけてくる彼らの口が視界いっぱいに広がって、それらがゆらゆらと視界の中でぼやけ始めた時――。


――ガタン。


 前の席から人の動く気配がした。

 一瞬にして、教室中に満ち満ちていた喧噪の嵐がしんと静まり返る。

 怒り、憎しみ、蔑み、そして一種の暗い期待……。

 ありとあらゆる負の感情を凝縮したような、その冷たく重い沈黙に、私は耐え切れず俯いた。

 そして、首を垂れる私とその視界に映る机を一つの影がゆっくりと侵食していき――。


「ね、顔、あげてくんない?」


 頭上から聞こえてきた思いのほか優しい声に、恐る恐る顔を上げた。


「――っ、!」


 焦点が合わないほど近くに藤沢くんの顔があり、思わず一瞬息が詰まりそうになる。

 そしてそんな私の様子を知ってか知らずか、目の前の彼は爽やかな、でもどこか暗い笑みを浮かべてそっとささやいた。


「――放課後、体育倉庫裏で待ってるから」


 それは、こんなに間近にいる私にも聞こえるか聞こえないかぐらいの、暗い暗い誘いだった。


「…………」


 それから少しも動くことのできない私の様子を見て、彼はふっと息を吐くと、身を引いた。


「これ、没収な」


 そして彼は私のノートをひょいと手にとると、そのまま教室を出て行った。

 次第に元のざわつきを取り戻す教室。

 彼のささやきは、きっと私以外の誰にも聞こえてはいない。


「まじ、ありえねー」

「てか藤沢くん、やっぱやさしー」


 どこからか聞こえた誰かの呟きも、今の私の耳にはどこか遠くの世界のもののように感じられた。


 何事もなかったかのように、しかし淀んだ空気を少し残したこの場所に、ポツンと一人取り残された私。


 昼休み。


 地味に、しかし平凡に過ごしてきた私の人生に終わりが告げられたことをひしひしと感じながら、私は先程の藤沢くんのことを思い出す。


 彼が私の前から去る一瞬、窓から射し込む昼の陽光に、彼の学ランの金ボタンがキラキラと輝いているのを見た。


 それが私にとってはひどく眩しくて。


 彼が私のような人種とは真逆の存在であることを――そして、私みたいな影が少しでも彼に関わることは罪であるということを――突きつけられたような気がした。


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