命をかけるお願い事
大寧寺の変で大内義隆公が亡くなり、大内義長様が当主になった。落ち着くかと思ったが緊張感がますこの頃。
ある夜、尾崎様に呼ばれて部屋を訪れたとき、雫は入り口で足を止めた。
いつもなら、部屋に漂うのは心安らぐ香木の香りやお茶の香り。紡の話や乃美の方の話など他愛もない話ばかりしているいつもとは違う。
今夜、鼻腔を突いたのは、それらを掻き消すほどに強く、苦い――煮詰めた薬草の匂いだった。
「……雫殿。遅くなりましたね。さあ、こちらへ」
奥から聞こえてきた尾崎様の声は、いつもの凛とした響きではあったけれど、どこかひび割れたような響きがあった。
行灯の火は極端に小さく絞られ、部屋の隅々は深い闇に沈んでいる。
「尾崎様……? なんだか、顔色が……体調でも……」
体調が優れないのかと歩み寄ると、尾崎様の前には、飲み干された後の茶碗が転がっていた。そこには茶ではなく、どろりとした黒い液体の跡が残っている。
何を飲んだの?薬……?
彼女は、雫が来るのを待っていたかのように、震える手でゆっくりと、自分の着物の帯を解き、自分の腹を見せた。
「……雫殿。貴女にだけは、見せておきたくて」
剥き出しになった彼女の腹には、いくつもの赤黒い痕や引っかき傷が並んでいた。
それは、どれほど祈っても、どれほど徳を積んでも授からぬ自分の腹を、ひっかき、お灸で治療したのだろう。
未来だと自傷行為になるのかな。
タイムスリップした時は高校生だった私でも自傷行為は知っている。
クラスメイトに彼氏と別れ話になって手首切って1ヶ月ほど包帯巻かれていた子がいた。
その時は自傷したなんて知らなくて「怪我したの?大丈夫?」と聞いてしまった。
あとから自傷行為をした。しかも彼氏との別れ話でと聞き、少しだけ当時の私は「そんなことで」と軽蔑した。
けれど、この時代は子が成せぬ女性は不要だと言われる時代。
何がなんでも子を作らなければならないのに出来なかったんだ。
「尾崎様、……これ……」
言葉を失い、その傷跡に触れようとした瞬間、尾崎様は力なく笑った。
その笑顔は、自分自身に失望し、乾ききっていた。
いつも自分を助けてくれた、強くて美しい尾崎様が、今、目の前で静かに崩れ落ちようとしている。
呼吸音すら聞こえそうなほど静かな中で尾崎様は乾いた笑顔のまま
「……雫殿。……頼みがあるのです。……私の、代わりに殿の子を産んではもらえませんか。」
と言った。




