A witch's day off レカ・ソケネー
バイトから帰り、玄関のドアを開けると既に異界への扉が台所に開けっ放しでそびえ立っていた。
が、女神はいない。……一旦帰ったのかな。
荷物を放り投げ、買ってきた菓子パンをかじりながらスマホをいじっていると——
「……あ……」
杖を持ったレカが当たり前の如く入ってきた。
「俺の家だからな?」
「あ……うん……ダメ?」
目的が分からない以上は何とも……
慣れた手付きで我が家のヤカンを使い、お茶を淹れるレカに話を聞くと、どうやらこっちの世界の小説や漫画が見たくて来たらしい。
「つっても大したもんはねぇよ?」
押し入れや本棚、枕元やテレビの裏にある漫画をかき集めてテーブルに置くと、レカは興味深そうにあらすじや見開きに目を通していた。
「エッチなのが無い……」
「エロいのは買わないからな、スマホあるし」
「……魔法とか、魔物とか…な、なんか、日常系ばっかり……」
……そうか、お前ら異世界の人間にとっては日常系に見えるのか。
「そっちはどんなの流行って——」
「神伐物語」
「……おお……」
食い気味だったな……
アレか、前にコスプレさせられたな。
「神を殺そうとする神の遣いの男と一人の少女と青年の話なんだけどね——」
あらすじを一通り語るのかと思っていた。だが、レカの神伐物語語りは止まる事はなく、1時間くらいかけて物語の最後まで聞かされた。
「それでね、この話は実話かもしれないの」
「……え? さっき言ってた光輪とか人造人間とかも?」
「人造人間じゃなくて祖子!」
「お、おう……」
「神話をベースに書いてるらしくて……全部が全部実話って事じゃないとは思うけど……ね」
「作者はなんて言ってんの?」
「……作者は名前がビナって事しか分からなくて、出版されたのは割と最近だけど誰も会った事も見た事もないの」
実話だったかもしれない神話に謎の作者って……物語よりそっちの方が面白そうじゃねぇか。
「もしかして旅の目的ってそれに関係してたりする?」
「うーん……き、切っ掛けはそう、かな……神伐物語みたいに旅がしたい……み、みたいな……」
「旅そのものが目的みたいな感じか」
「……私、ね……じ、実は……見ての通りなの……」
「……え、何が?」
「本当は猟師なの……猟師の家系で、あ、跡継ぎなの……」
それは……レカを見てもわからねえけど……
「こ、この杖……もね、本当は杖じゃなくて、わ、罠にかかった獲物に、トドメを刺す槍だったの」
「ハンドメイドだったのか……」
「実は……前に、山で女神様の姉にお会いしたの……」
「姉が……? ああ、なんか一度だけそんなような事を言ってたな」
話によると、姉の方はとても女神らしい感じの方みたいで、仕方なく猟師を継ごうとしていたレカに助言をして夢を追う後押しをしたらしい。
俺のとこにも姉の方が来てくれたら……いや、そしたら今ほど穏やかには済んでないだろうな。自分が叱られてる姿が容易に想像できる。
女神があんな感じだから、きっと姉はしっかり者の上位存在感あふれる女神なんだろうな。
「それで……ね、私たちの旅……物語にできたらな……って……」
「ああ、さっきの神伐物語みたいに?」
「う、うん……物語を書くのは、と、と得意だから……」
物語か。人並みに妄想する事はある。でも、その内容はというと、ある日ポストに札束が入ってたら……とか海辺で偶然見つけた石が数億円で売れたら……とか。一番ファンタジーな妄想でも町の人が全員消えて一人になる妄想とかだな。
物語とは程遠い発想力しかない俺にとっては、レカの「自分の旅を物語にする」なんていう夢は壮大に感じる。
そんな夢の行方は俺の決断次第なんだよな……
「……なあ、俺がこのまま異世界に行かなかったらどうすんの?」
「……わ、わ私も偉そうな事……言えないけど……なりたは?」
「え? 俺はって?」
「このまま……なの? な、何もしないの?」
「……まぁ……」
「……私がよく、遊びに行く町……山の中にある、魔界と人間界の境目の町……色んな文化とか生活の人がいるけど、う、上手くいってる人ばっかり……そ、それに! なりたなら、こっちの世界の人とうまくやれてるし……だ、大丈夫だと思うの……」
「……」
「あ、あっ……ごごごめん……」
「いや、別に謝らなくていいよ。……でも、さ、その話って……アレだろ? もともとそっちの世界の住人同士の話だろ?」
っていう言い訳。
実際、行かない理由を探してるって事も、何となく異世界に行った方が人として有意義な生き方ができるんだろうなって事も分かってる。
ただ、それを認めたら今までの自分が無意味になる気がして、なんか嫌だ。
「隣の家の生活だって、十分異世界みたいなものだと思うけど……」
「……うん……」
「……あ、漫画、借りていっていい?」
「ああ、いいよ。もう読んでないし」
「……神伐物語、読む?」
「漫画?」
「小説。読む用の増刷版だけど……」
「……読んで……みよっかな」
この後、レカが持ってきたのは10冊にも及ぶ厚めの文庫本だった。
……一冊読み切るだけでも稀な俺に……読み切れるかな……
……感想聞かれそうだな…………
…………言わなきゃ……よかったかな……




