day27 みかん
「女神さぁ、みかん食べない? これ、大家さんが定期的にくれるんだけど食べ切れなくてさ。カビ生え始めてるんだよ」
大家さんの親戚が農家で沢山送られてくるが、一人暮らしの大家さんに食べ切れる訳もなく、アパートの住人に配って回っているそうだ。
が、週一くらいでくれるので当然俺も食べ切れない。
何故断らないのか?
それは断られる事を察してる大家さんが勝手に玄関のドアノブに下げていくからだ。
つまり、断ろうにも断れない。
「あら、食べないの?」
「食べるけど……先に腐る。あとこっちの袋に無事なやつ入れといたからさ、テレシアちゃんに渡しといて」
袋を受け取り異世界へ帰る女神。
異界への扉は出しっ放し。
十個程タオルに包んで、異世界へそっと放り込んだ。
例え女神が食べなくても誰かしらが食べるだろ。
程なくして帰ってくる女神と
「…………え?」
茶色いマントにフードを被った、サンタクロースのようなヒゲを生やした老人。
木製の杖を持っている。
「テレシアちゃん、喜んでたわ」
「え……うん……」
「みかん、もっと貰ってもいい?」
「え? あ、勿論……」
ゆっくりと座り、女神からみかんを受け取る老人。老人は丁寧に頭を下げた。
「お邪魔しとります。なりたさん、頂きます」
「あ、どうぞ……沢山あるんで……」
誰だよ……
「なりたも食べましょう?」
「いや……俺はいい……。女神?」
「へ?」
「……どなた?」
「ロード・ドラクレイドさん!」
「名前言われても……」
「この人ね、賢者なの!」
賢者か……やっとそれらしい感じの人を連れてきたな。
でもなぁ、連れて来られてもなぁ……。賢者と対極に位置するような類の人間である俺が、賢者と何を話せばいいのやら。
「……なんか……あれですかね、なんて言うか……普段は何を……?」
「今は何もしてないわよ? 元建築物修復技師なの」
「え?」
「今はご隠居中でみんなから賢者って呼ばれてるのよ?」
「マジで知らない人連れてくんなよ!異世界の一般人に会わされたってどうすりゃいいんだよ!」
「何か相談してみたら?」
相談ったって……めっちゃみかん食ってるけど……
女神に巻き込まれた被害者なんだろうし追い返すのも可哀想だな。
「あ、お茶でいいですか?」
「ああ、お構いなく。大方、シャロム様はまた何も説明せんかったんじゃろう」
「全くもってその通りです。あ、でも大丈夫ですよ、みかんも手に負えなくて困ってたくらいなんで気にせず食べて下さい」
ロードさんは皮を剥こうと手に持っていたみかんをテーブルに置いた。
「まだ、沢山あるのかのう?」
「大家さんの親戚が農家みたいで定期的にくれるんです。もうカビさせちゃうくらいには」
「なら、なりたさんの都合が良くなるくらいでいいから、分けてもらえんかのう?」
「ああ、いいですよ。あと何ヶ月かは毎週くれるんで。あ……だったら大家さんに聞いてきますよ、大家さんも困ってるみたいなんで。女神、手伝って」
アパートにある大家さんの部屋に行くと、既に玄関の前に未開封のみかんの箱が大量に積み重なっていた。大家さんの話では、アパートの皆に配れるからという理由だけで大量に送られてくるらしい。
とりあえず三箱貰った。おまけに大家さんお手製のみかんのジャムも一瓶。
自分の部屋に戻る僅かな道中、二人揃って半笑いが止まらなかった。
「なぁ女神、あれ見た?」
「見た見た! 果物屋さんみたいになってた!」
「みかんの妖精だよあれ」
大家さん越しに見えた大家さんの部屋の中は、みかんで溢れていた。
「あれ、露店かなんか作って売ったらいいのにな。玄関の前から既にみかん臭が凄かったぞ」
部屋に戻ると、みかんを食べ終えたロードさんが何かを書いている。
「悪いのう、こんなに頂いて」
「大丈夫ですよ、本当に助かってるんで。これ、全部貰ってくれます?」
「こんなに沢山……皆も喜ぶじゃろうなぁ」
「ご家族で?」
「いやいや、家族はもうおらんのよ。病院と……孤児院にも配ろうかの」
「…………」
ロードさんが書いていた紙を覗くと、そこには施設の名前と人数が書いてあった。
「果物は体にいいから、みんな喜ぶじゃろうて。お三方の親切、きちっとみんなに伝えよう」
賢者ってこういう人の事を言うんだな。
自分が要らないなら必要としてる人に譲ればいい。そんな当たり前の事なんて一切頭になかった。
なんかみっともねぇな、俺。
「これ、ここに書いてある場所全てに配るんですか?」
「そのつもりじゃ」
「女神さぁ、テレシアちゃんとかフィーメさん……は公務員だから忙しいか。レカさんとか……皆に声かけて手伝えない? 俺の部屋を拠点にしてこのメモの場所に繋いでさ」
「勿論!」
女神は何故か妙に嬉しそうだった。
俺がロードさんを手伝うのがそんなに嬉しいのか?
女神に連れられてゾロゾロと現れる、今までにこの部屋で出会った異世界の住人達。魔王もいる。
当初の計画は、魔王の提案で先に欲しい数を聞いてから配る事になった。異世界に行くわけにはいかない俺は、大家さんの部屋と自分の部屋を往復してみかんの補充役。
テレシアちゃんも魔王も、休日だったらしいフィーメさんも、みかんを分けては運んでを繰り返す。
レカさんは意外にも三箱のみかん箱を同時に運んでいた。
みんな、嫌な顔一つせずに二つ返事か、返事すらせずに協力してくれた。
昼頃から始まったみかん配りは夕方に差し掛かってやっと終わり、ロードさんを見送ってから皆でみかんをお茶請けに休憩。
「こんだけ配ったのにまーだ余ってるって凄いよな」
女神が淹れた紅茶に大家さんの作ったみかんのジャムを入れて、束の間のティータイム。
しょうもない話やどうでもいい話を楽しく終えて、日が落ちた事に気付いたフィーメさんの一声で帰る準備を始める一同。
異界への扉の前に立ち塞がる俺。
「はい、テレシアちゃん」
テレシアちゃんに一箱。
実はまだ五箱余っている。当然だが大家さんは返されてくれない。
勿論、俺は食べ切れないし配る宛はない。
「え……でももう頂きましたし……」
「体にいいからお姉さんに全部食べさせな。ね?」
「ええ⁉」
半ば無理矢理にお土産を持たせてテレシアちゃんを見送る。
よし、次は……
「フィーメさん」
「あ、大丈夫です」
「いやいや、騎士団のみんなにさ。ほら」
「さっきのついでに騎士団にも配ったので……大丈夫です」
「ご家族で食」
「あ、大丈夫です。……明日は早いので……」
フィーメさんは俺に目を合わせないように異世界へ帰って行った。
流石は公務員だな……躱し方が上手い……
「レカさ」
「いらない……」
「レカさん」
「え……いらない……」
「レカさん! みかん」
「あ……え……そそんなに……いらない……」
「食べるでしょ? ご家族とか、みかん食べるでしょ?」
「か、家族……柑橘類苦手……」
「…………」
流石に仕方ないな……レカさんは見逃してやるか。
大丈夫だ、俺にはまだ
「魔王、このみかん全部持ってく?」
魔王という切り札がある。
魔王だぜ? 配る宛なんか無限にあるだろ。
「は? いらないけど」
「……そんな遠慮しなくても」
「いらないけど。そもそも食べ物あんまり食べないし」
「釣りの時とかに食べたらいいじゃん!」
「釣りの時は缶詰めとか食べるからいらない」
「魔界で配れない? ほら、四天王とかいたら一人一箱渡したりとかさ」
「四天王……たしか六人とも魔界にいないわよ。一人は実家に帰ってるし」
「六人いるの? お前の四天王」
「搾ったら? 飲み物に変わるとだいぶ違うと思うけど」
魔王は俺を押し退けて異世界へ帰って行った。
四箱……
元より増えてるじゃねえか……
「なりた、搾りましょ!」
「どうやってだよ……レモン搾るやつすら持ってないんだぞ……」
「仕方ないわね、私の神殿にある設備を貸してあげる。さ、みかんを持って。行きましょう?」
「おう、行かねぇ」
「あー、神殿でぶどうでも食べようかしら」
「待てよ……一箱でいいから持っていけ」
「なりたが神殿まで運んでくれるなら捧げ物として受け取ってあげるけど?」
「…………まぁ、いいや。ほら、帰れよ」
「…………」
女神は俺を警戒しながらサッと異世界へ飛び込んだ。
その隙を見逃さず、みかん箱を異世界へ押し込もうと試みるが、入らない。何かに引っ掛かっているような感じだ。
と思ったら箱が押し返されてきた。負けじと押し返し、世界を隔ててみかんの押し付け合い。
相変わらず力だけは強え……
全体重をかけてみかん箱を押し付け、みかん箱の上部を開き、異世界にみかんをばら撒いた。知恵の勝利である。
速攻で異界への扉を閉じると、部屋には三箱のみかんだけが残った。
勝負に勝ったけど致命傷を負った……みたいな。
……そういえば駅前の公園の近くに児童保護施設があったな。
いきなり行ったら流石に怪しいか?
電話……中々勇気がいるな……
結局、中々勇気が出ずに次の日に電話をした。
なんだろうな、別に悪い事する訳じゃないのにな。
施設の人がわざわざ取りに来てくれる事になり、話を聞きつけた大家さんが渡した分も含めて五箱のみかんが児童保護施設へ。
人に迷惑かけずに、ってのは俺にはまだ無理か。




