バカバカ言うほうがバカなんですぅ~
「バカとは何よっ!」
「君が板胸なのは、百も承知だ」
こんのやろぉおお!
視線で殺せるなら殺していたのに!
その時、彼がナイトドレスの前を大きく開いた。私は咄嗟に目を固く閉じる。彼の失望した顔を見たくなくて。
「……シュミーズを、着ていないのか」
どろりとした声が落ちてきた。
「初夜はそういうものだって、シンシアのメイドが……」
恐る恐る目を開けると、彼の目は声と同じくどろりと溶けていた。
「正直、板胸どころか抉れているのかと思っていたが……」
「抉れてなんかないわよ!」
「ああ……思ったより、大きい。ささやかな方が、上品な感じがして好ましいが」
ええっ!? まさかの貧乳好き!?
「どうしよう、ミルクがぶ飲みしちゃったわ!」
クライヴは首をかしげる。
「あのな、別に大きさにはこだわらないよ」
「だって、からかうし」
「あれは賞賛だ」
そうだったの!?
「俺にとって大事なのは、ミラベルの胸か、そうでないかだけだから」
ドキドキしてきた。ということは……。
「クライヴ……あなた私を──」
「いや、あと一つある。俺がこの手で触っていいか、ダメかだ」
そう宣言し、覆いかぶさってきたクライヴを、私は必死に脚でガードした。
「待って! 待ちなさい! だから! 私に言ってない言葉があるでしょ!?」
「君を俺のものに出来るなら、いくらでも払う! 言ってくれ、いくらだ!?」
「このバカッ! だからなんでお金に物言わせようとするのよ!」
「なりふり構っていられないからだろ!」
「単純なことでしょ! 『愛してる』って言いなさいよ!」
彼は意表を突かれたように、目を丸くした。
私はそれを見てカンカンに怒った。
「なによっ! やっぱり愛してないのに私に結婚を申し込んだの!?」
ポカンと口を開けたまま、彼は私を見下ろす。
「何を言ってるんだ、君は。やはりバカなのか?」
「またバカって言ったわね、バカって言った方がバカなんですっ!」
「だって、愛してなきゃ結婚なんて申し込まないだろ!」
──なんだ……。
まずいわ、顔が緩む。ニヨニヨが止まらない。
「ふーん……」
優越感たっぷりにクライヴを見上げてやった。
あ! 頬がかすかに赤くなってる!
彼が背けた顔を、私は首を伸ばして覗き込む。
「ふーん、そーなんだ……そうかなーと思ったのよね」
「え?」
私は勝ち誇って言った。
「要はね、あなた、ガキなのよ」
「はっ!?」
クライヴが目を剝いた。
「好きな子に意地悪しちゃう、お子ちゃまなの」
きゅふふふ。好きだったんだぁ。私のこと、愛してたんだ。くふふふふ。
なんとも決まり悪そうなクライヴの表情を見るのが楽しい。
「なんで早く言わなかったの? いつも自信たっぷりなのに、私が美しすぎて怖じ気づいた?」
クライヴは手首の紐を解き、私を抱えて起こした。軽々と、膝の上に乗せる。
そして私の髪をひと束摘んだ。沈黙の後、観念したように長い息をつく。
「君の隣に、俺は相応しくない」
「……身分のこと? バカバカしい、あなたらしくないじゃない」
クライヴは苦笑した。
「うん、君を前にすると、眩し過ぎて卑屈になる。だから兄のポジションでいる方が、楽だったんだ。手に入らない果実は酸っぱいってね」
物欲しげに私の胸に視線を落とす。今まで彼から、こんな目で見られたことはないのに。兄でいようとしたから?
「実際は、たまらなく甘いだろうな」
彼のねっとりした視線に気恥ずかしくなり、さりげなく胸を隠しながら、私は尋ねた。
「なんで、手に入らないって決めつけてたの?」
「……君は、王太子妃にだってなれたんだ」
「は?」
「王太子殿下が駄目なら、アーサー殿下とか」
「性格最悪じゃない! 彼らがこの私に相応しいって?」
クライヴはうなずいた。
「俺よりは」
「いったいどうしたの? シンシアみたいに自分を薄汚い豚だとでも思っていたの?」
「豚は薄汚くなどない! 可愛いだろ、訂正したまえ」
もういいからそれは。話がややこしくなる。
「とにかく、俺は平民だし──」
「貴族は没落しているし、あなたは自力で社会的地位を築いてるじゃない」
「……一番のネックは、父親さ」
私は戸惑った。
「ステイプルトンさん?」
クライヴは自分の黒髪に触れた。
「俺もいつか、禿げるかもしれないじゃないか。美しい君の隣に、ハゲが並ぶのは許せん」
「ぶっふぁぁあぁっ!」
申し訳ないけど、ごめん、笑うのを堪えきれない!
クライヴったら、あんな威張り散らしていたのに! ハゲに怯えていたの!?
顔を覆ってヒーヒー笑いの発作と戦っている私を見て、彼はぽつりと言った。
「でも、ダメだった」
ようやく笑いが収まって、彼の方を見た瞬間、ぞっとした。ギラギラとした瞳は、野生の肉食獣だ。
喉笛を食い破られそう。
「シンシアがヒューバートを手に入れたのを見て、俺も──たとえ俺が成金だろうがハゲの遺伝子を持っていようが、君を誰にも渡したくなくなったんだ」
「クラ──」
かき抱くように抱きしめられる。直後、噛みつかれたかと錯覚するほどの強い刺激が首筋を貫いた。
でも、歯は立てられていない。吸いつくような圧だけが残る。
彼はチュポンと唇を離し、耳元まで這わせて囁いた。
「俺のものだという痕をつけてやった」
さらに荒々しく自分のシャツを脱ぎ捨てる。
私はうっとり見とれた。昔はヒョロガリだったのに……。
今では、フェンシングで学院の連勝記録を誇るヒューバート兄様と、対等に渡り合えるほど引き締まった筋肉になっている。
「今から完全に君を手に入れるつもりだが、異論は? まあダメだと言っても無駄だがね」
口を開きかけた私の言葉を遮るために、彼は身体中に口づけを落とし始めた。




