君から婚約破棄するんだ
「シンシア……では君は、この僕と結婚したくて?」
「だって、あの女は──」
「あの女?」
ピクッと彼の優美な眉が動きましたが、わたくしは構わずに告げました。
「あの女より、わたくしの方があなたを愛しております」
気持ちの大きさなら、絶対に負けません。
ヒューバート様はそれを聞いて、脱力したように背もたれに体を預け、そして呆然と呟きました。
「シンシア、君って子は──。ナディーン嬢に嫉妬して……僕を君のモノにしたくて、彼女を追い払ったということなのか?」
「彼女の父親はお酒の依存性ではなく、ただ財産を──」
「聞かれたことにだけ答えろ」
冷たく吐き捨てられ、わたくしの喉に言いかけた言葉が張りつきました。
不快を露にしたその姿を目の当たりにし、わたくしは気が動転してしまいます。普段穏やかな人が怒ると、こんなに怖いのね。
タジタジになりましたが、この時はどうしても彼に分かってほしくて申し上げました。
「どうせあの方は、もう戻っては来ません。大金持ちと結婚してしまうのです。ですから彼女のことは忘れて、わたくしと──」
その言葉は、今言ってはいけなかったのだと、すぐに分かりました。
彼は片手を挙げてわたくしの言葉を遮り、おもむろに立ち上がります。
「そうか……それでナディーン嬢は」
ヒューバート様は自分のデスクに歩いていき、引き出しから紙とペンとインク壺を取り出すと、わたくしの目の前に置きました。
わたくしはそれを見て、目を見張りました。
「約束だったろう? シンシア」
ヒューバート様は、わたくしに優しい口調でそうおっしゃいました。
「君との婚約は偽装だった」
もちろん、承知しておりました。
「僕に好きな人ができたことが、君には我慢できなかったんだね」
わたくしは唇を噛み、うつむいたまま顔を上げることができませんでした。
「気づかなかった僕が悪い。まさか君まで、僕を狙っていたなんて」
「ご、ごめんなさい……いつか振り向いてもらえるかと──」
「君のことは、女性としては愛せない」
彼が呟いたその言葉の中に、わたくしは嘲りを感じ取ってしまいました。
被害妄想だと思えればよかったのに……でも……彼は、はっきりこうおっしゃったのです。
「君は、醜いね」
ストレートに傷つく言葉──あの優しいヒューバート様が口にされたとは思えず、わたくしは竦みあがって固まってしまいました。
「婚約解消の契約書だよ。サインして」
大きな窓ガラスに映る自分の姿に一瞬目をやり、わたくしはすぐに逸らしました。
『あなた、鏡を見たことがございますの?』
ようやく気づいたのです。
今まで、ポジティブすぎたのだわ。太っていても可愛いのだと、彼から愛されていると、思い込んでいたのですから。
いえ、自分が醜いと、本当は知っていたのかもしれません。
けれど、わたくしが愛している人たち──家族や侯爵一家から溺愛されていれば、その他有象無象が何を言おうと関係なかったのです。
「シンシア、早く婚約の破棄を」
ヒューバート様が無情な声で急かしました。
醜いなんて、本来のヒューバート様なら決しておっしゃいません。それを言わせるほど、私は彼を怒らせてしまったのですわね。
後悔でしゃくりあげるわたくしに、ヒューバート様は迫ります。
「さあ、君から振るんだよ」
猫なで声に押し切られ、わたくしは絶対に言いたくなかった言葉を口にしていました。
「ヒューバート様、貴方との婚約を破棄させていただきます」
それは、彼をわたくしから解放する言葉でした。




