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13:カティアとオウカ

射撃訓練と体力作りを兼ねた基礎訓練。

いつも通りのメニューをこなした後、私はピステル家のある場所に案内されていた。


「シエット様、では、いつも通りに」

「ええ、じいや。お願い」


ふと、食堂の扉の隙間からシエットの姿が見えた。

十歳になった彼女は、少しずつではあるが屋敷の人とも以前の様に話せている。


私が知るゲームのシエットに近づいてくる姿を見て、嬉しく思うと同時に…焦りも感じる。

後、八年しかない。

それまでに私は、できることをできているのだろうか。


「シエット…」

「今は昼食を兼ねたテーブルマナーの授業中。邪魔するな」


ここ最近、予定が合わずにすれ違いばかり。

最後に話したのは一昨日だ。以前の様に毎日必ず話しているわけではないのが寂しく感じる。


「シエット…」

「お前はシエットの保護者か…」

「保護したいとは思っています」

「あはは。シエットはお前に守られるほどか弱い存在じゃないぞ〜。ほら、エレナ。お前はこっちな」

「…」


首根っこを掴まれ、そのまま宙に浮かされた状態でどこかに運ばれる。

全く。人を何だと思っているのだろうか。猫じゃないんだから。


「ミーシャ先生」

「なんだ」

「シエットの食事を見ていたら、お腹空きました」

「移動中に干し肉食っていいぞ。ほれ」

「ありがとうございます」


肉を一口。おっ…この干し肉、昨日先生と一緒に狩った猪を使ったものだ。

もう加工をしてくれていたとは。夜の間に作業をしたのだろうか。


「もちゃもちゃ」

「最初は抵抗感が強かったのに、気がつけば猪に夢中だな」

「食べられるものなら、私は好き嫌いをしません」

「…孤児院、そんなにご飯が酷いのか?」

「貧乏ですからねぇ。こうしてお肉どころか、毎日食事にありつけられるだなんて、夢の様な日々ですよ」


そんな貧乏孤児院の食事に耐えきれないと、育ち盛りのワグナーお兄ちゃんが「冒険者にでもなってくる!」と孤児院を出たのはつい最近。

ワグナーお兄ちゃんが孤児院を、そしてこの国を出て旅をする理由が食事に対する不満だったとは思わなかったが…不満を抱く気持ちは理解できる。


ピステル家で食事をするようになり、この世界の美味しいものを知った今…孤児院のご飯は「味なし」「量なし」「週に二回食事なし」のなしなしづくしでとてもしんどい。

水曜日と土曜日に食事がない理由は風習なんだろうな…と、かつては受け入れていたのだが…普通に毎日三食が当たり前だったりする。


「はぐはぐ…」

「こんな小さな干し肉もご馳走みたいに食ってる…。こういうところが庇護欲をそそるんだよなぁ…」

「まるで人を野良猫のような…」

「ほとんど変わらないよ…」


それからも私は首根っこを掴まれたまま、屋敷の…行ったことがないような場所まで連れて行かれる。

マシューからも近づかないようにと言われている場所だ。


「あの、ミーシャ先生…ここは」

「ピステル辺境伯家ってさぁ、北の山間部に位置しているだろう?」

「そうですね」

「昔は今ほど村も発展していなかったそうだ。頑丈な建物はなく…犯罪者を捕まえても逃げられる確率の方が高かったんだと」

「…まさか、この先は」

「この先にあるのは、その対策の名残。都市部の治安維持兵が犯罪者を引き取りに来るまで、屋敷の地下牢に収容していたんだとさ」


薄暗く、かび臭いその場所へ向かう前に、ミーシャは片手でマッチを擦り、階段近くに設置されていたランタンに火を灯す。


「持っていろ。扱いは問題ないだろう?」

「もきゅもきゅ(まかせてください)」

「ランタンを持ってくれるのはありがたいが、せめて食うか喋るかどっちかにしろ」


ランタンを受け取り、私が前を照らす役を担う。

…ミーシャはそのまま階段を下り、歩いてくれる。

降ろして欲しいのは山々なのだが…どうやらこの地下牢。かなり足場が不安定らしい。

ボロボロの石階段。かなり古いことが見受けられる。

あのミーシャも軽やかに降りることはせず、壁に手を添えつつ…ゆっくりと階段を降りていた。

降ろさないのは彼女なりの気遣いなのだろう。


「ありがとうございます、ミーシャ先生」

「お礼を言われることはしてない。もう少しで到着するぞ」


階段を下り終え、少しだけ歩いた先に明かりが見える。

その先には…。


「あらぁ…ミーシャと、エレナ?なんで連れてきたのよぉ」

「子供を連れてくる環境ではないと思うのだが…」

「そうだな子供を連れてくる環境じゃなかったわ。監視対象と同僚がこんな真っ昼間から乳繰り合っている間柄だなんて今初めて知ったんだが」

「隠してたもーん」

「…先生何も見えません」

「童は見なくていいんだよ情事の光景なんざ」

「嫌ねぇ。もう事は済んだわよ」

「余計な情報を追加する前に服を着ろ変態」


ミーシャの計らいで牢屋の中がどうなっているかは私の目には見えない。

ただ、彼女が言うことが本当ならば、そういうことなのだろう。


前世の高校は「花園」と言われるような女子校で、一定数そういう関係の子もいた。

恋愛相談も受けたし、私自身、同性から告白されたりもした事もある。

しかし、一線を越えているところに放り込まれたのは初めてだ。

むしろ初めてじゃないとそれはそれでまずい気がするが…!

とにかく私に言えることは…!


「教育に悪いのでさっさと服を着てください」


…やっぱり、これだけなのだ。


◇◇


服を着て、改めて。

湿気と気まずさが漂う牢屋の中にいる二人と、牢屋の外で向かい合う。

椅子が一脚しかなかったので、私はミーシャの膝に乗せて貰い…話を続けた。


「エレナ。お前が知る、ミーシャ・ポラレッソという女の経歴を答えろ」

「は、はい。確か、首都の酒場で踊り子をしていたんですよね」

「そうだな。ちなみにだが、この女は私の監視対象だ。私の許可無しには牢屋の外には出られない決まりになっている」


「何かやらかしているんですか?」

「踊り子として働いている時、客がこいつの踊り子仲間で恋人だった女に手を出した。乱暴な形でな」

「…」

「被害者は自殺。それにキレたカティアは犯行に関わった男達に報復した」

「…はい?」

「まあ、ざっくりと言えば、カティアは人殺しで捕まった殺人鬼だ」

「情報量が多すぎます…」


一気に詰め込まれた情報を整理するために、一度会話を区切った。

ミーシャが私にカティアへあわせた理由は一つだ。

この人は、覚悟を決めて犯行に挑んだ。

ミーシャのように仕事で行ったわけではない。

命を奪うことに躊躇しない技術…そんなものは存在してはいけない。

ミーシャが用意したのは、命を奪う覚悟を決めた人間と会わせること。

そしてその先にあるものを知っている人物だ。


「あの、カティア先生はなぜ貴族令嬢の教師だなんて」

「減刑の為。刑期が長い模範囚から、何人か選ばれて…無償奉公を行えるのよ。で、その労働結果で罪が軽くなるの」


「カティア先生の仕事って、シエットの剣術師範ですよね。剣、得意なんですか?」

「元々、カティアは強力な剣士になれたのに、剣舞を極めにいった踊り子と言われていたからな。強さは折り紙付き。戦闘になれた男十人を一人で倒せる程度にな」

「と、世間の評価ではそうなっているらしいわ」


この世界の罪人に対する処置は全然知らないが、そういう仕組みがあるようだ。

カティアがシエットの教師をしているのは減刑の為。

教えられるほど、実力は確かなものらしい。


「まあ、そこのお姫様みたいな凶暴な軍人が監視について、毎日報告書を出すことが条件だけどねぇ…」

「それで一生出られなかったシャバの空気が吸えるんだぞ。喜べよ」


カティアが置かれている立場、ミーシャの仕事。それはこの話で理解できた。

あと一つ、明らかにしておくことは…。


「…あの、オウカ先生はなぜカティア先生と?」

「罪人とはいえ、正義はそこにあった。手段は最悪だが、彼女が抱いた心に惚れた」

「か、カティア先生は…」

「筋肉に惚れた後、人格に惚れた。このまま無償奉公を続けて、罪を精算したら…オウカについて世界中を回って…人助けの旅に出ようと話をしているわ」

「そう、ですか」

「ええ」


「あの、カティア先生…貴方はどうして人の命を奪う覚悟を決められたんですか?」

「許せなかったの。あの子がこれからも生きる幸福な一生を、たった一瞬の欲で奪い取ったあいつらのことを」

「…」

「殺したからって、あの子は帰ってこないし、今までの自由もなくなった。後悔をしていないと言えば嘘になるわ。取り返しがつかないことも理解している」


膝立ちで、ゆっくりと。

檻を掴んで、カティアは私の目をしっかり見ながら…訴えてくる。

まるで、楔を打つように。


「だからね、人殺しだけじゃなくて、私欲の殺しは絶対にしたらダメ。一時の激情は貴方だけでなく、事象に関わった人間から全てを奪うわ。大事なものも、未来も希望も全部ね」

「…」

「貴方自身が全部を失って構わないと思っても、貴方に何も失って欲しくない人間は必ず側にいる。貴方がしでかしたことで多くの人が色々なものを失わうの。そのことを、どうか忘れないでいて」

「…わかり、ました」

「いい子ね」


檻の外から頭を撫でることはせず、カティアは静かにミーシャへ目配せをした。

私を抱き上げたまま、ミーシャは二人に背を向けて…地上へと戻ろうとした。


「そういえば、オウカ」

「なんだ?」

「お前が誰と付き合おうが勝手だが、未成年がいる環境でこんなことをするな。流石に今回は見逃せない。許して逢瀬までだ。鍵、後で返却しろよ」

「わかっている」

「行くぞ、エレナ」

「はい」


鍵を持ち出し、牢屋の中に入っていたオウカへ釘を刺すのも忘れずに。

それを終えたミーシャは、ゆっくりとした足取りへ地上へ戻っていった。

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