シエット・ピステルの日記 その①
五歳の時から始めた日記。
もう少しで一年分。日記の終わりが見えてきた。
一年って、こんなにも早いのね。
今までは、もう少しゆっくりだった気がするのだけど…。
エレナと出会ってから、時間がとても早く感じるわ。
あの日、私に手を差し伸べてくれたエレナ。
あの日から私が過ごす日々は一変した。
毎日が輝いて見えて、彼女と過ごす時間が大切に思えて…些細なことも忘れたくないなって思うの。
日記を見返すと、忘れないようにと思い出が沢山書いてあった。
文字も綺麗になったと思うし、言葉遣いもよくなっている気がするわ。
誰かに見せることはないけれど…こうして、自分の成長を見られるのはいいものだと思う。
エレナとの思い出を沢山残す方法を聞いた時、日記を勧めてくれたお父様。
いつもありがとう。明日、お礼を言わなくっちゃ。
◇◇
家庭教師として、先生が三人やってきてから数ヶ月。
私を守ってくれたエレナを私が守れるように…自分に自身が持てるように、力をつける為にお父様へ難しいお願いをしたのが懐かしいわ。
今のところ、関わるのが多いのはカティア先生かしら。
先生は剣術の指導をしてくれている。
私はどうやら剣術に適性があるらしく…カティア先生をメインに指導が行われいるわ
複雑な事情があるらしくて、ミーシャ叔母様…いいえ、ここでは先生ね。
ミーシャ先生の監視付きでないと自由になれないらしい。
一体何をしたのやら…。
オウカ先生は、武術の稽古をつけてくれている。
とても痛い。けれど、これは全て自分の為だもの。頑張らないと。
ミーシャ先生は、マナー作法を教えてくれている。
お父様の話だと、射撃に関する稽古をつけて欲しいと思っていたらしいのだけど…ミーシャ先生が気に入らないから、私は彼女の技術を教えて貰えなかった。
ミーシャ先生に気に入られる条件って何なんだろう。
お父様の話だと、ミーシャ先生はとっても強くって、変人らしい。
彼女の技術を継承するためには、相当変わっていないといけないのかしら…?
◇◇
今日は約束をしていなかったけれど、エレナがいつもの丘にやってきてくれた。
約束をしていない日も、こうして会えるだなんて嬉しいな。
けれど、エレナは何故か狼狽えていて…呼吸も荒くって。
とてもじゃないが、見ていられない状態だった。
エレナが辛いのに、自分は変に喜んで…情けない。
彼女があんなに取り乱しているのを、私は初めて見た。
…「あいつ」に、何か酷いことを言われたのだろうか。
すぐに追いかけてきたみたいだけど、なぜここにいると分かったのだろう。
…様子を伺っていたわけではないよな。
まあ、あいつのことはどうでもいい。今は害ではない。
そんなことよりもエレナだ。
彼女の力になろう。あの日、私の側に寄り添ってくれた彼女の為に、できることをしよう。
◇◇
彼女は、何となくだけど纏う空気が変わった気がする。
取り乱した日から、何かが変わったのよね。
そんな気がするの。
いつもは天真爛漫で、例えるのなら太陽のような女の子だった。
けれど…今は、大きな月のよう。
優しくて、温かい部分は以前のエレナと変わらない。
けれど、今のエレナは凄く落ち着いていて、まるで大人と一緒にいるような感じ。
けれど時折いつものように振る舞って、以前のエレナが少しだけ見えてくる。
どちらのエレナも好きだけれど…少し、不安になる。
背伸びをしているのかしら。
そんなことをしなくたって、貴方は魅力的な人なのに。
◇◇
今日はエレナをお父様に紹介した。
お父様もエレナもすぐに仲良しになったみたい。
それはいいことなんだけど、複雑な自分もいる。
私は一年かけて、エレナとこんなに仲良しになったのに。
お父様はたったの一日で仲良くなっちゃった。
でも、これには事情があるみたい。
それから、エレナはミーシャ先生が専属で見ることになった。
カティア先生とオウカ先生も少しは関わるみたいだけど、ミーシャ先生が自分の技術をたたき込む気でいるみたい。
…叔母様のお眼鏡に叶う人って実在したのね。
それがエレナになるだなんて…。エレナは変人じゃないのに…どうして。
…ミーシャ先生もエレナとすぐ仲良しになっちゃった。
でも、いいの。私はエレナの親友だもの。
一番大好きな親友だもの!ふふん!
時間より質って、友人関係にも適用されるのね…一つ学んだわ。
しかし、不思議な事もあるのね。
エレナに前世の記憶があるだなんて。
お父様とエレナの様子が変だったから、気になって寝たふりをしてよかったわ。
でも、今までそんな素振りは見せていなかったわ。
じゃあ、あの「取り乱していた日」に取り戻したのかしら。
それなら、色々と辻褄が合うわね…。
今のエレナは、明確な目的を持って行動しているように見えるわ。
お父様も事情を知って協力しているみたい。
…子供の私より、大人のお父様の方ができることは多い。
つまり、彼女が成そうとしていることは…何か、危険なこと?
そんなの…エレナがいなくなっちゃうかも。
絶対ダメ。嫌。
私の大事な人だもの。絶対に失いたくない。
強くならなきゃ…。想定よりも、もっともっと。
エレナが向かおうとしている高みに、並び立てるほどに。
◇◇
日記を閉じる。
今日はここまで。
寝る前にお手洗いに行っておかなくっちゃ。
部屋を出て、廊下を歩いて…お手洗いに向かうと、ちょうどオウカ先生と会う。
「オウカ先生」
「シエット。まだ眠っていなかったのか?」
「お昼寝が長かったから。オウカ先生は今から寝るの?」
「ああ。明日も早いからな」
帯とかいうものがあれば服になる不思議な服を身に纏ったオウカ先生。
そういえばエレナの前世にあたる「すみれ」の名前って漢字で書くのよね。
確か…じゅんすいに、すずと書いて…。
どう書くのだろうか。せっかくの機会だ。オウカ先生に聞いてみよう。
「そっかぁ…あ、そうだ。オウカ先生」
「どうした?」
「東桜国では漢字って文字があるんだよね?」
「ああ。興味があるか?」
「うん。あのね。「じゅんすい」って漢字と…リンリン鳴る鈴って漢字でどう書くの?」
「…変なチョイスだな。しかし、興味を抱いたということを大事にすべきだ。書くものはあるか?」
「少し待っていて」
部屋に戻って、インクと羽根ペン、そして紙を持ってくる。
オウカ先生にそれを手渡すと、お願いした文字をきちんと書いてくれた。
「こう書く」
「ありがとう。それから、この純粋って、すみって読める?」
「純だけなら、すみと読めるが」
「そうなんだ!」
「…しかし、なぜこの二つなんだ?」
「なんとなく。あ、これを聞いたの…内緒ね!」
「理由はわからないが…わかったよ。それではな、シエット。おやすみ」
「おやすみなさい!」
オウカ先生を見送り、廊下の道ばたにそれを置いた後…先にお手洗いへ。
全てを済ませて、それを再び持ち上げ…部屋に戻る。
インクと羽根ペンを定位置に戻した後、私はベッドに寝転んで…紙を大事に抱きしめた。
純粋の純に、鈴。これで純鈴。
彼女は名前の由来を語っていた。
私は純粋の意味も、鈴がどういうものかも知っている。
「…素敵な名前」
彼女に直接伝えることはできないが、とても素敵だと思う。
同時に、彼女はこの名前の通り優しい人だという事も。
それはエレナになっても変わらない
以前のエレナも、純鈴の記憶があるエレナも…本質は変わらない。
優しい人。
単純かもしれないけれど、私はそれでいいと思う。
エレナのことは大好き。そんな彼女が隠している部分も全部好き。
それでいいじゃないか。
「でも、エレナはどうして私の名前が「アルシエット」になる可能性があった程度であんな反応を…」
アルシエットという符号に、彼女の目的が隠されているのだろうか。
わからない。けれど、それを探すのは彼女の役目…なのだろう。
私は、何も知らないまま。
お父様のように表立って協力することは叶わない。
けれど事情を知ってしまったのなら、彼女の目的が円滑に進むように立振る舞おう。
それが彼女の親友としてできることだと、私は思うの。
貴方が私を守ろうとするならば、私はそんな貴方を守りぬいて見せるわ、純鈴。
そしていつか貴方が一番信用できる人の座も、お父様から取り戻して見せるわ。
もしもそこに帰ってくることができたら…私にも教えてね。
ちゃんと貴方から聞きたい。貴方の隠し事。
もう知ってしまっているけれど、本人の口から語られることが重要だと思うから。
ベッドサイドのランプを消して、眠りにつく。
名前の紙を抱きしめたまま、夜を過ごした。
◇◇
その日、私は少しだけ変わった夢を見た。
紫がかかった白髪を持つ女の子の夢。
周囲の女の子を含め、皆同じ服を着て…お屋敷みたいな廊下を歩いていた。
白髪の少女は皆から慕われていた。
周囲は早口で、聞き慣れない言葉で…何かを言っている。
ハマギク様、ぶちょー、せいとかいちょー?…色々な名称で呼ばれているが、全て彼女を指す言葉なのだろう。
そんな彼女の回りには、常に誰かがいた。
その中でもいつも一緒だったのは…茶髪でショートカットな女の子。
しかし気がつけば、彼女はどこにもいなくなっていて。
白髪の少女は、重い表情を浮かべるようになっていた。
瞬きをした瞬間、彼女の手には、何かが握られた。
見慣れない何かの中に、私がいた。
正確には、私を少しだけ大きくしたような女の子。
私の声で、何かを語り…述べた言葉が枠組みの中に表示される。
それを見た彼女は、少しずつだけど陰りのある表情に光を取り戻していった。
また、瞬きをした瞬間に光景が変わる。
…夢の終わりは唐突だった。
見慣れない場所に立って「カウンセリング」の本を読んでいた彼女は、誰かから背中を押された。
彼女が押された先には、巨大な何かが勢いよく突っ込んできて…彼女の身体を粉々にしてしまった。
彼女の背を押した人物は、同じ制服を着ていた女の子。
そして彼女はこう言うのだ。
「違う…。私は紫先輩ではなく、お前に死んで欲しかったんだよ。浜菊純鈴」…と。
その目には、誰かを死に追いやった罪悪感や恐怖なんてなかった。
狂気を宿したその目。やり遂げたと言わんばかりの笑顔。
とてもじゃないが、見ていられなくて…逃げるように、夢から去った。




