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第二幕【毒は異世界に立つ】


「し…死ぬかと思いました…」

「うっははははははははは!」


とある森の中。

その場にいささか相応しくない格好をした二人組が、正反対の表情で歩いていた。

頬を上気させて笑う毒嶋刻止と、真っ青な顔でげっそりしている霜月讃良である。


刻止達は正希の部屋で使った"転移石"…対象をランダムな場所に送るという魔道具の力でこの場所にやって来たのだ。


「もー!!笑い事じゃないですよ先輩!運良く倒せたから良かったものの…!」

「いやはや、確かに驚いたよね!まさか()()()()に出るなんて!」


ぷりぷりと怒る讃良を宥めつつ、刻止はその時の…ついさっきの出来事を思い出す。


ー…


「おお!一瞬で景色が変わった!!…ん?」

「ちょっと先輩!いきなり何、を…?」


体が何か暖かい力に包まれたかと思った次の瞬間、友人達の顔や見慣れぬ家具に代わって現れたのは視界いっぱいの木々。

それは良かったのだ。刻止はその変化を望んで転移したのだから。

しかしどうしてかやたら視線が高く、その木々はゆっくり傾いていくではないか。

否、傾いているのは…


((自分達…?))


二人がそれに気付くやいなや、感じたのはジェットコースターが下る時のあの浮遊感だった。


「ひ、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「うっはははははははははははは!!!」


急速に落ちる体。バサバサとはためく白衣。ごうごうと耳元で叫ぶ風。

正直、讃良はこの時死を覚悟した。

好きな人と死ねるのだから、それもいいかなとも思った。

しかし、事態は更に悪化する。


「おや?」

「何ですか先輩!!最期にキスしますか!?」

「いやいや、ほら、下を見てみたまえよ」


さらりとキスをかわされ、仕方なく言われた通り下を見た讃良は…眼球が渇くのも厭わずに目を見開く。


「な、な、な、なななな…」


眼下、迫り来る地面…だと思っていたものがモゾモゾと動き、ぱかりと花が咲いたではないか。

ただし、花弁と思われる部位にはノコギリに似た歯がズラリと隙間無く並んでいるが。


「何ですかあれぇぇぇぇぇぇ!?」

「ふむ、植物に見えるが…十中八九肉食だろうね!うはははは!」

「はいぃぃぃぃぃ!?」


早く来いと誘うように揺れる花弁。

ピンクとも紫ともとれる怪しげな色合いも合わせて、どこか妖艶で…

花と刻止を見比べていた讃良の中で、何かがブツリと切れた。


「離弁花類の分際で、先輩を食べようとか調子に乗らないでください!!!まだ私だって食べてないのに!!!」

「讃良クン???」


極限状態故の本音の吐露である。

さすがの刻止でも耳を疑った。


「先輩は、髪の毛一本たりともあげませんから!!!」


下へ向けた讃良の手が白く光を帯びたかと思えば、それに呼応するように周囲の気温が一気に下がる。

と、冷えた空気は氷となり、氷は集まって剣となり…余裕ぶっていた花弁を縫い付けるように降り注いだではないか。


三つの冬(フィンブル)

彼女が得た固有スキルの力、その一端だ。


剣は貫いた部分を容赦なく、慈悲もなく、一瞬で凍らせた。

花弁を閉じて牙を二人に突き立てることが叶わなくなったそれは、敢えて中心を凍らされる事なく…落下してきた刻止達の緩衝材として絶命したのである。


…ー


と、そんな経緯を経て、二人は大きな怪我もなく森に降り立ち今に至るというわけだ。


「あぁ、もう…まだ甘ったるい蜜の匂いがします!」

「うはははは!血生臭くなるよりはマシではないかね?」

「それは、そうですけど…!」

「ほら、アレのおかげで無事だった上、レベルまで上がったではないか!このくらいは許容しようとも!」


やはり、と言うべきか…あの花は普通の花ではなかったらしい。

地上に降りてすぐ円魔からもらった鑑定板を使った二人は、レベルが上がっていることに気付いたのだ。


ちなみに、その時確認できたステータスはこの通り。


【トキシ・ドクジマ:Lv.18】

*固有スキル:[毒生成▼]

*所持スキル:[なし]

*スキルポイント:[7▼]

STR:E- , VIT:E

DEX:A+ , INT:A

LUC:A


【ササラ・シモツキ:Lv.6】

*固有スキル:[三つの冬(フィンブル)▼]

*所持スキル:[なし]

*スキルポイント:[3▼]

STR:C , VIT:B

DEX:B , INT:A+

LUC:C


この世界におけるステータス表記は実にシンプルなものであり、E-、E、D、C、B、A、A+と七段階のアルファベットで"素質"が表されるらしい。

実際の力などは数値化されないようだ。

化学部という所属を思えば納得であるが、見事に二人とも後衛向きである。


「気になってたんですけど、何で先輩の方がレベルが上がってるんでしょう?」

「うはははは!さてね!我輩クンの方が与えたダメージが多かったから、とかじゃないかな?」


と言いつつ、彼はその理由を正しく理解していた。今のところ讃良に言うつもりは無いが。

刻止は鼻歌を奏でながら青々とした葉の隙間を覗き、高い位置で見下ろしてくる太陽に目を細める。


「ここら辺で一度休憩でもするかね?」

「いいんですか?是非!!」

「うはははは!即答だね!素直で良き!」


毒蛇、毒虫、毒花に毒キノコ…毒を求めてしょっちゅう山や森を彷徨い歩く刻止と違い、ごく一般的な生活を送ってきた讃良にはこの数時間は厳しい道のりだった。


彼女は手近な岩に腰を下ろし、休憩と言いつつ周辺の散策を始めてしまった刻止に柔らかな笑みを浮かべる。


静かな場所で、好きな人と二人きり。

ああ、なんてささやかな幸せか。

…が、それも一瞬。


「"凍てつく氷の隣人よ、我が声に応えよ"…『氷球(アイスボール)

「ぎゃぎゃ!?」

「おや?」


ヤスリを擦ったようなざらつく叫びと、ドサリと鈍く響いた音に、刻止はしゃがんだままで振り向いた。

するとそこには、自分に手を伸ばすような体勢で倒れ伏す醜い緑色の何かが、頭部に大穴を開けて絶命しているではないか。

傷口が凍り付いているおかげで出血こそないが、十分にグロテスクである。

いや、それそのものが嫌悪感を駆り立てる見た目をしているのもあるが…そこは慣れた。


「うはははは!お見事!」

「笑い事じゃないですよ、先輩。もう少し気を付けてください」


醜い何かに向けていた手を膝に戻してホッと息を吐く讃良と、そんな彼女に袖を揺らして称賛をおくる刻止にとって、こういった襲撃は始めてではない。

森に降り立ってから何度も遭遇し、その度に讃良がこうして処理しているのだ。

彼女が先程気にしていたレベル差も、今はいくらか縮まっている事だろう。


「いやはや、気を配っているつもりではあるのだけどね!毎度すまない!」

「いえ…私としては、私以外が先輩に触るのが許せないだけなので。相光先輩達はまあ、仕方なく認めてますけど…」

「うはははは!良き!深くは考えないでおくよ!」


刻止は直感が働く方である。


「しかし、何なのだろうね()()は。やはり定番の魔物というやつかな?」

「そうじゃないですか?少なくとも、人間と仲良くできる生き物ではなさそうです」


今は濁っているが、ギラついた黄色一色で塗り潰された目。口から覗く牙。尖った長い耳。

手足は骨と皮しかないのかと思う程ガリガリで、腹だけが中年のおじさんのようにぽこりと出ている。

肌は緑色で、かろうじてボロ布を引っかけている以外に身にまとうものはない。


見た目だけで判断するなら、餓鬼…いや、世界観的には小鬼(ゴブリン)とでもいったところだろか。

そうあたりをつけ、刻止は死体を躊躇なくアイテムボックスにしまった。


讃良は嫌そうな顔をしているが、ファンタジーの定番として倒した魔物は金になるはず。

刻止の性格上金に執着は無いものの、放浪するにはどうしたって必要不可欠。毒探しの一人旅でそれはよぅく身にしみていた。


「しかし、讃良クンてば氷の魔法が随分と上達したね!」

「必要に駆られてますからね…」

「うはははは!それはそう!」

「それで、先輩はどのスキルを取るか決めたんですか?草むらで毒を探すのも良いですけど、ちゃんと自衛手段を考えてくださいね」

「手厳しい!とはいえ正論だね。しかし…これが中々難しいのだとも」


刻止の脳裏に思い出されるのは、あのシンプルなステータス表記。

ここで注目すべきは大雑把なアルファベットで示された能力値ではない。

スキルポイントと書かれた文字の尻にある、▼マークの先だ。


彼は知っていたのである。そこに、現在習得可能なスキル一覧がズラリと並んでいることを。

そして、スキルの習得はそこから行う必要があることを。


何故そんな事を知っているのか問われれば、答えは単純。あの倉庫であさった書物の中にスキルに関して記された物があったからだ。

その時は何とも思わなかったが、今思えばどれ程幸運だったか分かる。


もしその本を読んでいなかったなら、ステータス画面に次ページがあることすら知らなかっただろう。

そして讃良が『氷魔法』のスキルを習得することなく、戦う術のない二人は道中ゴブリンに食われていた…かも知れないのだ。

LUC:A(幸運A)というステータスは伊達じゃないらしい。


しかし、仕組みを知りつつも刻止はステータス確認の際にスキルを取らなかった。

ポイントが足りなかったということはない。

2レベル毎に1ポイントが手に入るので、刻止は既に9ポイントを所持していた。

多くはないが、初期スキルであれば十分取れる範囲である。


何せ、讃良の取った『氷魔法』をはじめとする魔法スキルは、初級かつ適性さえあれば1ポイントで取れるのだから。

適性さえあれば、だが。


「うはははは!我輩クンてばモロ魔法使いってステータスなのに、まさかどの属性にも適性がないとはね!困った困った!」


刻止がスキル習得を渋った理由は色々あるが、そのうち一つがコレ。

彼は火、水、風、土、雷、氷、光、闇とこの世界に八種類存在する属性のどれにも適性がなかったのである。

そうと分かった理由は消費ポイントの量だ。


倉庫で見つけた件の本…『スキル入門』によると、中級以上の魔法は適性がないと表示すらされないが、初級の魔法であれば適性に関係なく選択可能なのだとか。

ただし、通常1ポイントで取れるところ、適性無しだと5ポイント必要になる。


刻止はすべての初級属性魔法に必要ポイント5と書かれているのを見てその事を思い出し、己に適性が無いのだという事実を知ったのだ。

さすがにあの時は真顔になったものである。

いくら楽観的な彼とて、伸び代の無いものにポイントを消費する気にはならない。


他のスキルを選ぼうにも、剣術や体術などのいかにも武闘派なものはSTR()VIT(体力)の低さ故か選択肢に表示されず、DEX(器用さ)重視の弓術や暗器術なら取れるようだったが興味がわかなかった。


あとは錬金術だったり裁縫、鍛造といった生産系のもので、面白そうではあるが今すぐ取る必要の無いものばかり。

結果、こうしてらしくもなく悩むハメになっているのだった。


「ま、考えても仕方ないね!うはははは!」

「いやいや、思考を放棄しないでくださいよ…」

「心配せずとも大丈夫だとも!我輩クンには愛する毒があるのだからね!」


そう、この毒を愛し毒に狂った男はまともなスキルが無いことに困りこそすれ、悲観はしていないのである。

それならそれで『毒生成』をメインに据えるだけであり、今彼の頭を悩ませているのは"どのスキルを取るか"ではなく、"どうすれば毒を活かすスタイルを確立出来るか"なのだ。

ただ、そんな刻止を見る讃良の表情は浮かない。


「先輩が毒好きなのは理解してますけど…この世界だと毒はあまり強くない、んですよね?」

「さあ?どうだろうね。いくら我輩クンとて、異世界の毒には明るくないよ」


刻止は白衣についた草を払い、ゆっくりと立ち上がる。

そして、得意気に胸を張った。百点の答案を誇る子供のように。


「それは、逆もしかりさ」

「逆…?」

「うはははは!!とにかく、スキルはもう少し考えるとするよ。どのみち鑑定板は魔力切れで、チャージしないと使えないからね!」


記憶の中のスキルをどうこねくり回しても、当然ながら何も起こらない。

鑑定中に表示されるウィンドウを操作しない限りスキルは習得出来ないのだ。

その事実を知ったとき、刻止は恐ろしい話だと思ったものである。


もし円魔が鑑定の魔法を習得していなかったなら、召喚された面々はオルダスがいなければステータスが確認できない事になる。

それはつまり、スキルの習得もそこでしか行えないわけで…オルダスにスキルを管理されるのと同義。

更に言えば、彼の魔力で行使された鑑定では正希達は文字が読めない。

そうなれば誘導など…容易い話。


「ま、その辺りはプレゼントした本と章本クンがいれば大丈夫か!」

「先輩、さっきから話が飛んでてついていけないんですけど!」

「うはははは!」


刻止はむすくれる讃良をひとしきりからかい、自分は大した休憩もしないままに再び森を歩き始めたのだった。


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